日本財団 図書館


IV ワーク
 ワークに積極的に参加するように心がける。参加しないと身に付かないし、気づきもない。
 
1 ワークA
(1)2人1組になり、向かい合って座る。話し手と聞き手を決める。
(2)話し手の人が2分間、特に話題を決めないで一方的に話す。
(3)聞き手の人は黙って表情も変えずに聞き、うなずくこともしない。ただ目だけは動かすことができる。
(4)2分が過ぎたら、今聞き手だった人が話し手になり、話し手は聞き手になる。役割を交換して2分間話す。
[ワークから学ぶ受容]
 このワークでは聞き手にうなずくということを禁止して、無表情でいるように指示したが、そういう状態の人に話をするのはとても辛い体験である。話を聴く際には話の内容に合った表情や言葉の調子が大切である。
 
2 ワークB
 2人1組になり、ワークAで最初に聞き手だった人が話し手になって、話し手だった人が聞き手になる。今度はワークAとは異なり、フィードバック(話し手の言動に聴き手がどういう風に感じたかを言葉や態度で伝えること)をしながら3分間聴く。それが終わったら役割を交代して、3分間フィードバックしながら聴く。
 このワークで、たとえば話し手が「風邪をひいたのよ」と言ったときに、「私も風邪をひいたのよ」というのは受容ではない。「いかが、熱は?」などと、相手の言ったことをきちっと受け止めてあげるのが受容の始めであり、受容力という。そして話す人と受容する人の二役を同時に1人ですることはできないため、相手が必要になる。
 家庭では、「疲れたよー」と帰ってきた夫に対して、「私のほうがよっぽど疲れているわよ」と言ったら受容にはならない。その代わりに「ああ、お疲れさまですね」と言えば、夫は受け入れられたと感じてリラックスできるのである。
 人の話を聴くときにはそこにいる人の立場になって、そこにいる人のもろもろの思いをわかるように話の道筋に沿っていこうと心がけることである。評価や批判は一切いらない。ただ、分析力を自分の中に蓄えることは重要であり、それを少し脇のほうへ置いておく。
 実際の面談では「そうなの」「そうなの」と言って、聞き手のほうに話し手を受け入れる言葉がたくさんあると、話し手はますます話しやすくなり、次々と言葉が出てくる。そして気持ちの発散ができるのである。発散ができると、聞き手の人(わかってくれた人)が話すときにその言葉がスーッと入ってくる。話し手が充分に話して発散した後では、深呼吸するときに息を充分はいた後にはたくさんの空気が入ってくるように、聞き手の言葉もスーッと心の中に入ってくるのである。
 
 ワークBとワークAとを比較してみると、聞き手は話し手のことをワークAのときより深く理解できたのではないだろうか。話し手が発散(話を発すること)ができた、ということは「言いたい事柄、言いたい環境、言いたい状態」という3つのことを指す。それに対して聞き手がうなずくことは話し手へ「同意した」、もしくは「理解」ということを態度で伝えることである。そのように動作で受容したことを伝える方法もある。すなわち受容は言葉だけでなく、顔つきや動作などでも表現できるのである。
 次のような話で浄化作用について理解を深めよう。
 子どもを一生懸命育てていた母親がいた。彼女は父親(夫)がマザコンで毎晩のように祖母(夫の母)のところへ行くのが許せなかった。母親は子どもを目に入れても痛くないほど可愛がっていた。子どもが母親によりつかなくなるのではと不安になっており、子どもが祖母のところに行きたいと言うと「どうしてあそこへ行きたがるのよ」と子どもを叱った。そして、祖母には「あなたが私の子どもをとってしまう」と言って怒りをぶつけた。
 ある日、「どうしてお祖母さんのところへ行くのっ!」と子どもに怒りをぶつけている自分に気づいた。そのとき初めて母親は「息子を嫁にとられてどんなに辛かっただろうか」と、祖母の気持ちがわかった。夫は非常に優しい人であり、自分が今感じているような悲しい思いを自分の母にさせてはいけないと考えて毎晩のように通っていたのではないかと思った。
 このように洞察が深められ、夫への怒りは急速に減っていった。そして、洞察に至った過程を話すこと自体が母親の心を浄化したと考えられる。それには母親の気持ちを充分に聴くことが不可欠である。話を充分聴いてもらえた母親は自らの心を洞察することが可能となり、次のステップヘ進めたのではないだろうか。
 すなわち、人間は話すことによって自己洞察が可能となり、浄化作用が生じる。聞き手が話し手の言葉をキチッと受け止めてくれると、そこからまた洞察が深まるのである。自分を知ることは相手を知ることにつながる。社会生活の中で中心となるのは自分であるから、自分を知ることによって中心が定まり、相手を知ることにつながる。
 人間関係とは、字が示しているように「人と人の間」「自分と人の間」、「それらの間の関係」という言葉である。人と人の関係には家族があり、社会があり、社会に守られて生活している。そして小さな自分が人々から受容されて初めて落ち着いていられるわけだが、それは社会を知ることができるかどうか、階段を上がれるかどうかに関係している。家族の安定がないと外の仕事もしにくい。家族が不安定で、外で酒などを飲んで発散しているのでは、本当の安定にはつながらない。そこで家族を育てるということが非常に重要になる。
 家族を育てるときに、「おまえはここが悪いよ」という言い方では人は育たない。人を育てるにはどうしたらよいかを教える必要がある。人に注意や忠告をするときに重要なのは、良いところも悪いところも全部を認められた上で注意されると忠告を聞き入れることができるということである。逆に受容されないで注意だけされると、その言葉を受け入れるのは難しい。
 赤ちゃんは言葉を言えるようになるとすぐに「いや」という言葉での反抗を始める。人の成長は反抗の歴史といえるかもしれない。いつも「いや」としか言わない人の相談を受けていると、そういう態度がいかに幼稚であるかをアドバイザーは面談の中で教えられ、習っていく。面談の中での教えや体験によってアドバイザー自身が成長していくことも人を援助する上で肝腎である。
 
 次に人を援助する上で有用な方法を列挙する。
(1)フィードバック
 自分のことが相手にどう見えているかを言ってもらったり、逆に相手のことが自分にどう見えているかを言ってあげることを「フィードバックする」と言う。
 それを聞いて行動を変えるかどうかはその人に任される。
 また、フィードバックには現状を維持するように働くマイナスのフィードバックと現状を変化させるようなプラスのフィードバックとがある。ただし、変化させることだけが良いとは限らない。現状をそのままでよいと肯定してあげると逆に動けるようになる場合も多い。
(2)洞察
 カウンセリングなどの場で今まで気づいていなかった自分の考え、欲求、感情、記憶、態度などの内容を再発見することである。知的に理解し直すことを知的洞察という。そして、抑圧が緩和されて「ああ、そうだったのか」というある種の感動をもって体験される洞察を情動的洞察という。このように無意識のレベルにある心の動きが見通されるような洞察は心のそこに変化をもたらし、人柄を変えたりする。情動的洞察のほうが重要であると言われるゆえんである。
 
V 事例
 アドバイザーは事例から教えられることが多い。
事例:家出を決意した父親
 家庭内暴力がひどいA君と、その父親の話である。
 父親は以前からアドバイザー(B)にA君の暴力について相談していた。
 ある日、父親はアドバイザーに、「あまりにAの暴力がひどいから、実は明日家出をします」と言う。「家にいると僕にぶつかってくる。ぶつかってこられると僕はどうしたらよいかわからない。息子に対して『コンチクショー!』と思う気持ちが湧いてきて、息子を殺してしまいそうになる。もし息子が刃物を持ったり、ビール瓶を叩き割ってその尖った刃先をこちらへ向けてきたりしたら、僕はやっぱり反射的に物を投げてしまいますよね。戦いですよね。息子を殺したくないから、明日家を出ます」と言う。
 続けて、「僕が家を出ると、きっと母親がこぼしにくると思います。辛そうでしたら、母親の気持ちを聞いてやってください」と言ってから、次のような話を始めた。
 「僕は本当に後悔があるんですよ。子どもが幼稚園に入ったときに幼稚園の先生が『お父さん、A君は今日初めて幼稚園に来て、そしてうれしい思いで帰って行きます。そしたら、“よかったねー。幼稚園に上がれて、大きくなってよかったねー”って言って抱きしめてあげてください』と言ったんです。次に母親のほうを向いて、『お母さんもまず抱きしめてあげてください。そうして悪いことをしたときにも“こういうことをしちゃダメよ”って言いながら抱きしめてあげてください』。そして再び私のほうを向いて、『お父さん、今日はまず一度ぎゅっと抱いて、その後でもう1回抱いてください。それも“父親の力はこういうものなんだっ!”というように絶対離さないで痛いほど抱きしめてやってください。その後も会えるときだけでいいから抱きしめてください』という風に言ったんです。で、“ふーん、そうかあー”と思って帰って、ギュッと抱きしめたら子どもはすごく喜んで『今日の幼稚園、明日から通うのいいねえ』って喜んだんです。その次の日もギュッと力いっぱい抱いたら、子どもが『お父さん殺す気かよー、苦しいよー』って逃げて言っていったんです。僕は“逃げていくんだったらいいか”と思ってそのまま抱きしめることはやめて過ごしてしまったんです。ずーっとそのまま過ごして、今考えてみると、あの後子どもが成長していく間に父親の力をどこで子どもに示したかなあって思ったら、その後は一度も抱いてなかったし、父親としても何もしてなかったって気づいたんです。だから子どもと心がつながらないのは無理もないですよ。だから明日家出します。だけど、もし家内が悩んで相談に来たら、Bさん受け止めてやってください」
 そうあいさつされたときに、Bは思わず「お父さん、その話を息子さんにしてから出て行って」と言ってしまった。「家出するのは止めないけれど、息子さんに今の話をしてください」と頼んだのである。父親は「いやー、あいつ僕が何を言っても聞かないですよ。私が何かを言うとすぐ『うっせーなー』って言うだけだから」と言って帰って行った。
 その翌日に父親から電話があった。
 「実は昨日帰ったら冷蔵庫の前で息子が何か一生懸命探していた。前を向いてると怖いので後ろから『僕は明日出てくから母さんを大事にしてくれよな』って言ったら聞こえないふりして冷蔵庫の中に首をつっこんでいたので、『おまえが幼稚園に入ったとき幼稚園の先生から“男の力で抱いてあげなさい”って言われて、おまえを抱いたのを覚えているか?』って。『そうしたらおまえは“殺す気かよ”って言って逃げたんだよ。あのとき抱いたのが最後だったよな。あれからお父さんずーっと忙しくて全然抱けなかった。で、明日出ていくからお前家でノビノビしてくれよ。学校へ行く、行かないはおまえの責任だ。だけどお母さんは女なんだから、かわいそうだから、ちょっと優しくしてやってくれ』と言ってから、『本当にあのとき抱いといたらなあ。もうちょっと抱いた感触を持ったまんま家出できたらよかったんだけどなあ』と言って『でも、それを実行できないほど忙しくてごめん・・・ごめんな』って2度言ったんです。するとAが『出て行かなくていーじゃん』って言ったんです」
 父親は「初めて自分の気持ちを素直に息子に言おうという気持ちになった」と言っていた。今までは本音で話していなかったが、今回は本音で話せたというのである。父親のこうしたかった、でもできなかったという仕事の大変さと、「ごめんな」という言葉・・・その本音の言葉にA君の心が動いたのだということがわかった。その後はA君の暴力はなくなったという。
 相談の仕事をしていてこれが良いというものや正解はない。真剣に聴く力を持ち合わせていると相手の良いところがわかり、それを活用することで役に立てることを実感した事例である。この世の中にいる人の悩みを聴いて「ああ、そうだな」と理解して受容する、それを学んで実行する。これが面談相談なのだと思っている。
 
VI 到達目標
 「受容して相手の心を聴く」という一言に尽きるが、実行しようとするとなかなかに大変である。アドバイザーにとって好きなタイプの人を受容するのは比較的たやすいが、難しいのは嫌いなタイプの人をどう受容するかである。1つの方法は、とりあえずアドバイザーの嫌だと思う気持ちを脇に置いて相談者の話に耳を傾けることである。事情がわかってくると、相談者がどうしてそういう行動をとるのかや、どうしてそういう顔つきをせざるを得ないかということがわかってくる。
 つまり、人間理解が深まると嫌なタイプと相談者との違いがわかり、それがまた嫌いなタイプを減らしていく原動力ともなる。自分の幅を広げて良きアドバイザーとなることを目標としてがんばって欲しい。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION