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V 参考事例
 ここでは、相談の中で実際に役に立ったアドバイスと事例を簡単に紹介する。
 相談に要した時間はまちまちであるが、どのケースも問題解決に至ったものである。アドバイスの効果を見るために、相談前と相談後の家族の関係を図に描いてみる。
 
 
1 チック症状のケース
 C子は12歳で小学校6年生であった。小学校5年生頃からはっきりした理由もなく身体が震えたり手を上げたりするようになった。6年生の春からは肩が上がるというチック症状が現れ、それが次第にひどくなり、ときどき目もうつろな放心状態が見られるようになった。
 家族は父方祖父80歳、祖母75歳で横隣りに暮らしている。壁1枚のしきりなのでドアで自由に行き来できる。父は45歳の会社員であった。母は41歳の専業主婦であったが、祖父母の世話をすることはなかった。それは、祖父母が高齢とはいっても家事はそれなりにできるのと、母と祖父母の仲があまり良くなかったからである。
 C子がピアノの練習を始めると祖父は音がうるさいと言い、テレビの音量を大きくしたり、ドアを思いきり大きな音を立てて閉めるなどのいやがらせをすることが多い。
[アドバイス]
(1)ピアノの練習は時間を決めて行う。
(2)祖父母もある程度ピアノ音をがまんしているのではないか、また、まともに相手にされずに寂しがっているのかもしれないなど、祖父母の気持ちを推測してみる。
 
 
2 食べ吐きで不登校のケース
 D子は16歳で高校1年生であった。中学校卒業の時期にダイエットを始め、高校1年の5月には体重が50kgから35kgに減り、不登校が始まった。始めは体重が減って喜んでいたが、しだいに気分が不安となり学校を休むことが増えた。登校をめざして2学期に転校する。それをきっかけに、拒食から一気に過食に転じ秋に入院した。
 祖母(父方)90歳と同居している。祖母は痴呆ではないが、物忘れが多くわがままが目立ってきており、母(嫁)に依存しきった生活をしている。父53歳が自宅の1階で理髪店を経営しており、母50歳は店の手伝いをしているが、最近、仕事と家事と介護が重なって疲れを訴えている。D子は母がわがままな祖母に非常に気を遣い、奴隷のような生活をしているように見えて腹が立ってイライラする。
 D子はなにかにつけて祖母とケンカをするので母親に叱られることが多い。父が母に介護を任せきりなのも納得がいかない。また、祖母はときどきD子とほかの孫を比較して彼女をけなすが、それも腹立たしく思っている。
[アドバイス]
(1)父親は母親に協力して祖母の世話を少しするようにする。
(2)祖母はD子を叱るのが生きがいになっているように見えるため、D子は叱られることを大事な仕事として引き受けたらどうだろう。
 
 
3 ストレスによる不登校のケース
 ストレスから緘黙になり不登校に至ったケースである。E子は11歳で小学校4年生であった。幼稚園のころから不登園が始まり、現在まで不登園・不登校を繰り返している。
 家族は父37歳会社員と38歳で専業主婦の母、小学校1年生(7歳)と幼稚園に通う(5歳)の妹がいる。E子が5歳になるまでは父方の祖父母と同居していた。そのため以前のように祖父母の家に戻り、その近くの学校に転校すれば、E子の声が出ない症状は消えると期待していた。
 母親は祖父母と同居していた頃、気がねが強くあって我が子なのにE子を叱ることができなかった。その頃、E子は母から叱られもせず、祖父母からはちやほやされて暮らしていた。しかし、別居後は姉妹中で一番叱られるようになってしまった。
 父親は自分が長男なので祖父母と同居をするのは当り前と思っており、E子の症状をきっかけにそうしようかと迷っている。しかし、母親は気がすすまない。
[アドバイス]
(1)E子は夏休みに祖父母の家で実際に何日か生活してみる。
(2)父親が考えているような形(生活すべてが一緒)の同居をした場合に、起こりやすいトラブルについて思いつく限り書き出してみる。
(3)同居の形については両親(父母)と祖父母で話し合ってみる。
 
 
4 拒食と不登校
 このケースはちょっとした担任の先生の言葉からやせようと決心してダイエットを始め、止まらなくなくなってしまった男子生徒のものである。
 F男は相談に来た当時、11歳で小学校5年生であった。4年生の3学期に栄養の話を聞いたのがきっかけとなり、自分で食事制限を始める。体重は60kgから激減し、6年生5月に入院体重36kgで入院となる。
 家族は父方祖母82歳と同居で、祖母の経営するアパートに住んでいる。父49歳はリストラにあい、転職したが安定せず、次々に仕事を変えている。母は46歳で週に1回パートで仕事をしている。兄は12歳で中学1年生であるが、喘息がひどい時期に1年留年しているため友達より学年は下である。弟は小学校2年生で家族に甘えている(7歳)。兄と弟はケンカもするが仲も良い。
 F男は兄弟とあまり遊ばない。祖母は父とは仲が良いが、母とは仲が悪い。両親はあまり仲が良くない。祖母と父は相談し合うことが多く、母は家族に対する愚痴をF男によく聞いてもらっていた。なお祖母は、母親を除き父親と孫に多額の小遣いをあげていた。
[アドバイス]
(1)母親は子どもの前で祖母と父親の不満や悪口を言わないようにする。
(2)特別なもの以外は、子どもの小遣いは親が与えるようにする。たとえ祖母からもらうにしても両親が預かり、適切な時期に渡すようにする。
 
 
5 解説
 以上の4事例には次のような傾向が見られた。
相談前には
(1)祖母と父親(息子)、母親と長男のように、2代にわたる母子の密着が見られる
(2)幼い子どもには理解できないような本音と建前の使い分けが目立つ
(3)祖父母世代が親世代より経済的に豊かであり、孫についてはお金も出すが口も出す
問題解決後には
(1)祖父母と両親の役割が明確になる
(2)極端に偏った関係が減り、祖父母、両親ともに夫婦の仲が良くなる
(3)兄弟親子などの関係も以前よりよくなった
 
 なお高齢者に接するときのアドバイスはごく常識的なものが効果的であった。その理由として以下のようなものが挙げられる。
(1)相談者と祖父母を含めた家族全体と信頼関係ができていた。どちらか片方の味方になるのではなく、中立的でありながらそれぞれの悩みに共感している。
(2)実は家族も気がついてはいたが、行動に移すのに気が進まなかった。しかし専門家のアドバイスなのでとりあえずやってみようと思った。
(3)逆に、高齢者と暮らしたことがなかったため、常識的なことも気がつかなかった。
(4)高齢者は信頼関係ができると抵抗なくアドバイスを聴く傾向がある(信頼しているあなたが言うならやってみよう)。
 
VI 到達目標
(1)高齢者の相談を受けるとき、あるいは単なる話し相手の場合でもまず気をつけることは、人生の先輩として尊重する気持ちを持つことである。高齢者は見かけによらず精神的に豊かな感性を持っていることが多いのである。世界中どこでも若さと美しさが価値のセットになっていることは多いが、外見の美しさと中身にはズレが付きものである。高齢期には、容姿や運動能力は衰えても人間的な中身は充実に向かうことも多い。運動能力が目立って低下していても、精神の一部の能力は若い人に勝っていることさえある。このように、高齢者の能力の低下は個人の中でもばらつきがあることを知っておくべきである。見かけの能力に合わせて子ども扱いをするなどは厳禁である。
(2)高齢者は複雑さを兼ね備えていることも事実である。そのため、未熟な者には理解し難いこともある。その1つに、頻繁な本音と建て前の使い分けがある。これは相手を傷つけたくないという思いやりと、自分が傷つきたくないという思いの両方がある。高齢者から相談された場合は、本当の主訴がわかるまではあわててアドバイスをしないほうがよい。
(3)高齢者が家族の悪口や不満を訴えている場合は、特に注意しなければならない。それは、相談者に解決してほしいと思っているのではないということである。うっかり間に入って仲直りをさせようなどと動いて、かえって関係を複雑にしてしまい恨まれることも多い。本音は愚痴を聞いて辛さを分かってもらいたいだけなのである。分かってもらえさえすれば、また家族と一緒にやっていけるのである。解決に力を注いで話し合いを進めたばかりに、考えてもいなかった老人ホームヘ入ることになったケースもある。高齢者は十分話を聴いてもらえると気持ちが落ちつき、やがては自分の慣れ親しんだ方法で解答を見つけていくことが多い。
(4)相談窓口や医療関係者に心を傷つけられたという話はよく聞くところである。援助しようと意図しながら、傷つけたり不安に落し入れたりしないためには、高齢者の特徴をよく理解するとともに、暖かく接することを学んでほしい。結局は、信頼関係を成立させることがアドバイザーの重要な仕事になる。







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