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IV ケースで見る両親面談
1 14の瞳
 肺炎で入退院を繰り返す1歳の男の子がいた。
 入院中に母親が家族の不満を主治医に訴えたため家族相談を勧めたところ、両親でアドバイザーのところへ来ることになった。「今日はどういうことでいらっしゃいましたか?」と尋ねると、「肺炎を繰り返すので相談に来ました」という答えであった。
 アドバイザーは、主治医からは「家族に不満があるらしいから話を聞いてほしい」という要請だったため、「肺炎を繰り返すので・・・」と言われてとまどった。「それなら家族相談より、転地療養のほうが良いのではないですか?」とアドバイスすると、母親は次のように訴えた。
 「先生、それができないんですよ。家には私たち夫婦のほかに父方の曾祖父、祖父母、伯父夫婦が同居していて、この子が初めての男の子なので、みんなの取り合いになってしまうんです。転地療養なんて言ったらそれこそ大騒ぎになってしまいます。本当は私が自分で子どもを育てたいんですが、家が自営業なので、その手伝いをするように言われているんです。ですから昼間は曾祖父がこの子の面倒をみています。夜は夜で祖母がこの子の面倒をみたがって、私にはみさせてくれません。夫に『私が面倒みられるように言ってほしい』っていくら頼んでも、自分の母親に逆らえないので何も言いません。私はそれが不満でいつもイライラしているんです」
 この話を聞いて、「子どもの入院は、母親が子どもの面倒をみることができる唯一の機会である」とわかったので、「肺炎でお子さんが入院を繰り返さないように、お母さんが面倒をみること」と処方箋に書いて両親に渡した。そして、家中の人が集まったときに、父親が処方箋を読んで聞かせてからみんなの見えるところへ貼っておくように、という課題を出した。
 次回の面談で母親は、「夫が課題をしてくれなかったので自分が代行した」と報告した。そして、結婚してからずっと望んでいた台所の改築もできたとのことであった。その後の面談で母親は以前夫婦の危機があったこと、そのときの夫の態度が非常に不満であったこと、などを夫のいる前で話すことができた。それ以後、母親はイライラすることが少なくなり子どもが肺炎で入院することもなくなった。
[解説]
 このケースにおいて、アドバイザーが「処方箋を父親が家族全員の前で読むように」と指示したのは、父親と父方祖母との母子密着を切るという意味が含まれていたのだが、その意図は達成できなかった。しかし、それを母親が代行したことによって、次のようなシステムの変化をもたらした。
 父親は、積極的には自分の両親に働きかけをしなかったが、「妻がすることに反対しない」という消極的な支援をしたわけであり、それは父親の母子密着を緩やかなものにした。また、父親に出した課題を母親(妻)が代行したことは母親の権威を高め、子どもの養育責任者としての地位を確立することにつながった。そして結果的には、母親がこの家族の中で生活しやすくなったわけである。
 また、今まで不満に思っていた夫婦の危機があったときの夫(父親)の対応への不満を夫自身に聞いてもらえたため、母親の胸のつかえもおりたようであった。その後、子どもが肺炎で入院することはなくなった。それは、母親がイライラしなくなり、子どもへのストレスが減ったため、子どもの免疫力が高まったからではないかと考えている。
 家族療法の良い点は、このケースのように家人だけで話をした場合には相手がどこかへ逃げてしまうとか、ケンカになってしまうようなことでも、面談者がいるため安心して話し合えることである。
 
2 トイレマップ
 小学校2年の男児が頻尿のために困っているというので父母と面談した。登校途中にトイレに行きたくなり、授業中もトイレが近く、それが心配で登校渋りをしているという。父母はトイレをがまんするようにと言っているが、こらえ性がないためか、言えば言うほどトイレヘ行くような気がするという。「もっと神経の太い子にするにはどうしたらよいでしょうか?」との相談であった。
 そこで、アドバイザーが「お父さんやお母さんが頻尿を直そうとしてがまんするように言えば言うほどトイレが近くなってしまったのですね。良い点に気づきましたね。では、今度は逆の方法をやってみましょう」と言うと、2人とも身を乗り出して「逆の方法って?」と真剣な顔つき。
 「まず、家から学校までの間にあるトイレを探して地図に書き込みます。そうしておくと、オシッコが出たくなってもトイレの場所がわかっているので安心して登校できますよね。それと、授業中のトイレに関しては、ご両親が担任の先生に会って、彼の席を一番後ろのドア側に移して、ドアを人1人通れるくらい開け、トイレヘ行きたくなったらいつでも許可なく行けるように頼んでください」
 続けて、「それからちょっとお聞きするのですが、彼を褒めるのと叱るのとではどちらが多いですか?」と尋ねたところ、「トイレが近くて、ときにはちびってしまうこともあるのに、言うことが生意気なんですよ。で、ついつい叱ってしまって・・・褒めることはないですねえ」と父親。母親は、「勤めから帰って忙しく夕飯の支度をしている耳元で学校でのことをグチャグチャ言われると、つい怒鳴ってしまいます」とのことであった。
 そこで、「お父さんが叱ってしまう気持ちも、お母さんが怒鳴りたくなる気持ちもよくわかります。お2人ともお子さん思いだから、よい子であって欲しいと思って叱ってしまうのですね。ただ、頻尿というのは、緊張するとよけいにひどくなるものなのです。叱られるより褒められるほうが、緊張が減るのです。生意気なのは大人になろうとしてるからだ、などと考え直して褒めるようにしてください。お母さんのほうも、耳元で色々言われたらイライラしますよねえ。そこで、ちょっと手を休めて大まかなところだけ聴いて、『詳しい話はご飯のときに聴くわ』って言ってみてください」と話して面談を終了した。
 その後まもなく、これらのことが功を奏して頻尿は良くなったと、母親から連絡があった。
[解説]
 これは「もっとやりなさい(Do more)」を使った方法である。トイレマップを作るということは、「頻尿という症状をもっともっと出してもいいんだよ」というサインなのである。さらに、両親から子どもへ肯定的な言葉がけ(子どもを褒める)を多くしてもらって、膀胱の心理的な容積を大きくしたわけである。膀胱はある一定の大きさを持って尿を溜めている(解剖的な膀胱容積)が、大人でも大勢の前で話をするなど、緊張したときは何度もトイレに行きたくなることがある。これを「心理的に膀胱容積が狭くなった(心理的膀胱容積の縮小)」という。
 なお、頻尿の治療には薬が効くこともあるので、治りが悪ければ一度医師に相談したほうが良い。
 
3 手を握ったままの女の子
 「娘が手を握ったまま開かない」と母親が相談に来た。話を聞くと、離婚問題が起きていて、夫は愛人のところへ行ったきり家に戻ってこないとのことであった。そして、たまたま両親と子どもの3人で食事をするという約束の日に父親が来なかった。その日から、子どもの手が開かなくなった。
 アドバイザーが「2人のお子さんのことなので一度会って話をしたい」旨を母親経由で父親に伝えて、両親面談が可能となった。会ったときの雰囲気から、アドバイザーは「この2人は元に戻れない」と感じた。母親は未練たっぷりであったが、父親のほうは古い生活を1日も早く切り上げて新しい生活にどっぷり浸かりたいという感じが全身からあふれていた。面談にも、愛人のところから直行してきたという状況であった。そこで「子どもとの約束は守る。できもしないことは安易に約束をしない」という、子どもに関しての合意に達しただけで話し合いを終えた。
 母親が結婚の継続をあきらめた頃から、娘の手は自然と開いた。その後、数回子どものことで母親とは会ったが、そのときの話では、協議離婚が成立したとのことであった。
[解説]
 母親は結婚を続けたい、父親は離婚したいという2人の意見が真っ向から対立した面談であった。こういう場合は特にアドバイザーの中立性が必要である。たとえば、「この婚姻関係はもう終わりだ」という自分の判断は重要だが、それを口に出すのは差し控えたほうが無難である。
 これについての意見を母親から求められたときは、「ご主人の態度から見ると結婚生活の継続は難しいかもしれませんね。でも、今日初めてお会いしたわけですから、よくはわかりませんが・・・」くらいにとどめておく。特にその後も面談が続きそうならば、「今日初めてお会いしたばかりですから・・・」と濁し、アドバイザーの意見は言わないほうが賢明である。アドバイザーは離婚の調停官ではないため、自分のできる範囲とできない範囲をよく把握しておくことが重要である。
 このケースは裁判所が入って離婚調停をしていたので、子どもの問題だけに専念できた。離婚調停が必要なケースは家庭裁判所を紹介する必要も出てくるため、アドバイザーは様々な機関の情報を知っておく必要がある。
 
4 チックの男の子
 両親が口うるさいのでチックがひどくなっていた男の子(6歳)がいた。
 父親は洗面や片づけについて細かくしつけていた。母親は食事のときの座り方、箸の持ち方、姿勢などを口うるさく指導していた。そこで、アドバイザーは父親には偶数日に、母親には奇数日にしつけをするように指示した。その後の面談時に、母親は「父親はほとんど家にいなかったし、たまに家にいる日も子どもには注意していなかった。だから父親は宿題をしなかった」と言う。そして、父親のしつけ担当日にはチックが消失し、母親担当日もチックが激減したとのことであった。母親は「私1人にしつけをさせている父親はずるい」と訴えた。
 アドバイザーは「お母さんにとってお父さんがしつけをしないように感じられたかもしれませんが、お父さんは『しつけをしない』というしつけをした、というようにも考えられますね」と肯定的に言い換えた。それから、以下のような会話が続いた。
父親:この前話をしていて、自分の小さかったときのことを思い出したんですよ。私はいたずら坊主でしたが、両親は何も言わなかったんですよ。それでのびのび育ったような気がして・・・。少し黙ってみようかなって思って。
母親:お父さんは何もしないでいい子ちゃんやってさ。私が1人がんばって、チック出ちゃって損した。でもまあ、チック減ったしね。言わないほうがいいんですか?
アドバイザー:もしこのまま危険なことや、どうしても言わなくちゃいけないしつけだけを言うようにしたらどうなると思いますか?
母親:お父さんが言わなくなったからだらしなくなるかと思ってたんですけど、そうでもなかったんですよ。結構今まで私たちが口うるさく言ってたことを自分からするようになっているみたいで・・・やっぱり私も黙ったほうがいいのかなあ。口うるさく注意するのをやめて、必要最低限にしてみよう。
 それ以後、チックは緊張したとき以外はまったく出なくなったという。うるさく言わなくなったら、子どものほうから色々と話をするようになり、家の中が明るくなったという。
[解説]
 これはミラノ派のパラツオーリ(女性の家族療法家)による奇数日・偶数日の処方というやり方である。この処方が守られると、1日に叱られる量が半減すること、子どもを叱ろうとしたときに「今日は何日か? 偶数日? 奇数日?」と考えている間に怒りのエネルギーが和らぐことで子どものストレスが減り、チックも減ると考えられる。
 
V 到達目標
(1)両親面談をする場合に父親や母親の心の動きや行動パターンを知って、家族が困っていることをなるべく早く解決するような方法を学ぶ。
(2)面談を通して、父親の考え方や行動パターン、母親の考え方や行動パターンを知り、わからないところは教えていただくといった謙虚な気持ちで面談することを学ぶ。
(3)両親面談では、話している相手を見ること、同時に話していない人の行動にも注意を向けることが大切である。たとえば母親が話し始めた途端に父親が下を向いたり、あくびをしたりしたら、母親の言うことを聴きたくないというメッセージかもしれない。そういう仮説をたくさん考えて、それを検証しながら面談する。また、考えていることと口に出して言うこととは別であることも会得する。
(4)両親面談では特に、アドバイザーと異なる性の人へ働きかける場合には細やかな配慮が必要であることを学ぶ。







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