(4)K君のスケジュールについて
父:Kが、お袋の考えで進学塾に週に3回行き、さらに他の塾にも行っているので、「友達と遊ぶ暇がない」と言っています。父親としてはあまり塾には行かせたくないと思っているんですが、そのことを生活や子育て全般の世話になっている両親、特にお袋にはなかなか言い出せないんです。
ア:参考のため、K君の1週間のスケジュールを書き出してください。
[月曜日]学校8:30〜15:30/A進学塾17:00〜19:00
[火曜日]学校8:30〜15:30
[水曜日]学校8:30〜15:30/スイミング16:00〜17:00
[木曜日]学校8:30〜15:30/A進学塾17:00〜19:00
[金曜日]学校8:30〜15:30/A進学塾17:00〜19:00
[土曜日]学校8:30〜12:30/英会話(隔週)16:00〜19:00
[日曜日]B進学会10:00〜11:30
|
|
ア:このスケジュールを見てお父さんはどう思われますか?
父:改めて見ると小学校2年の子には酷のような気がします。そういえば疲れてしまうと熟睡してしまって起こしてもなかなか起きません。夜に私が起こしてトイレに連れて行ったことも朝は覚えていません。ずいぶん疲れていたんでしょう。ちゃんとお袋に自分の考えを言ったほうが良いかもしれません。
(5)父親と亡き母親との子育て方針
ア:お父さんと、亡くなった奥様との間で、子育ての方針はどうなっていましたか?
父:基本的には妻に任せていました。妻の家庭は下町で商売をやっていて、手に職をつけて気に入った仕事をするのがいいという考えでしたから、小さい頃から子どもたちにも勉強を強いることもなく、とにかく外で遊ばせたり、お祭りや下町の行事にも必ず連れて行って楽しませていました。私の家系は公務員や会社員が多く、子どもはしっかり教育を受けさせて一流の企業に入ることが幸せだという感じでした。妻の死後は私の家系の子育てになって、しつけも厳しくなったし、塾も始まって、子どもたちにとっては大きな変化がありました。
ア:そうですか。お子さんは楽しそうにしているときはありますか?
父:夏休みに妻の実家に行ったときです。
ア:奥様のご実家に行かれたときのお子さんたちの様子はどうですか?
父:正直言って、のびのびしています。そんなに今の家がプレッシャーになっているのかな、と思ってしまうほどです。
ア:お父さん自身はお子さんをどう育てて、将来どの方向に進んでもらいたいと思いますか?
父:私は妻の願ったとおりに、楽しく自分の好きな道を進んでもらいたいと思っています。
ア:そのためには、お父さんはどうかかわってあげたいと思われますか?
父:やっぱり、生活のことや社会のこと、世の中のことなどを少しずつ話してやりたいと思います。
ア:それはいいですね。
父:「好きなこと」と言っても、世の中で生きていくためには専門的な能力や学力も必要ですから、そのためには勉強も大事だということを少しずつ話してやります。Kが大学に行きたいとか資格を身につけたいと言ったときは後押ししてやりますし、Yが大学や専門学校に行きたい、場合によっては就職したいと言ったら、その時点で一緒に考えてやろうと思います。私がお袋にそれを言うのがちょっとしんどいですが。
(6)祖父母と父親との子育てについて
ア:お祖父さんとお祖母さんの子育てに対して、お父さんはどうお考えですか?
父:Kには自分と同じプレッシャーは与えないでもっと大らかに、Yには甘すぎるのでもっときつく言ってもいいと思っていますが、なかなか言いにくいんです。私の兄は優秀で両親の自慢の長男であったのに比べて、私はいつも兄と比較されて両親から一人前扱いされないでいました。妻が死んでからは、ますますお袋が子どもたちの前で私を子ども扱いをするので、ちょっと私の立場がなくなってしまうようなことがあります。両親とのトラブルは避けたいので子どもたちの前では顔に出さないようにしていますが、正直言ってストレスになっています。
ア:お祖父さんはどうですか?
父:親父は私の顔を立ててくれます。お袋はKを私の兄のように育てたいと燃えてしまっているんです。親に対して主導権を握るにはどうしたらよいでしょうか?
ア:そうですね。もしお祖母さんに言いたいことを言うとどういうことになりますか?
父:たぶん機嫌を悪くして、「じゃあ勝手にしなさい!」と怒るでしょう。
ア:お祖母さんを怒らせないように、こちらの要望を伝えるにはどうしたらいいでしょうか?
父:ああ、今までお袋には心では思っていても、感謝の気持ちを直接に伝えるということはなかったかも知れません。私が思ったことを言わなければ、KやYのためにもかわいそうです。お袋にはまず苦労をかけていることを詫びて、私の感謝の気持ちを言った上で自分の考えを伝えてみます。祖父にもその場に立ち会ってもらいます。
ア:ずいぶん積極的なお気持ちが出てきましたね。
父:ええ。今までこんな形できちっと話し合いをしたことがなかったんです。
お袋もよく考えるとそんなにガチガチに子育てにこだわってはいないかもしれません。言ってみます。
(7)兄と妹の仲
ア:K君とYちゃんの仲はどうですか?
父:仲はいいです。KはYを可愛がるし、面倒もよく見ます。YもKを慕っていて、学校から帰ってくるのを心待ちにしているようです。時々もめることもありますが。
ア:どんなときにもめていますか?
父:お袋がいるときにはYがどうしてもわがままになって、Kはちょっと遠慮しているようです。時々不公平な祖母に反抗しようとしても「何よ、その目は」と言われると黙ってしまいます。
ア:いつもそう言うのですか?
父:はい、もめるときは祖母がYに肩入れする。Kはおもしろくない態度をとる。Kが一方的に悪い感じになってしまうパターンですね。
ア:そんなとき、お祖父さんはどう対応されますか?
父:私も親父も黙っています。あまりお袋が責めるようなときは、私が「お前にも言い分があるんだよな。思ったことを言ってごらん」とKに助け舟を出すんですが、なかなか言えないようです。
ア:もし、お父さんがK君だったら、そんな時はお父さんにどうしてもらいたいと思うでしょうか?
父:お祖母さんにはっきりと「もう責めるな」と言ってかばってほしいかもしれませんね。ケンカの理由も父親にちゃんと公平に聞いてもらいたいです。
ア:ああ、そうですね。あとは何か望むでしょうか?
父:これからケンカをしないようにするにはどうしたらいいかの話し合いもやってほしいですね。
ア:なるほどね。
父:Kはきっとそうしてもらいたかったんでしょう。これから私がその場で2人にかかわっていくことにします。このことはYにとってもプラスになるような気がします。兄妹が話し合うのも大事ですからね。
ア:そうですね。本当に良いところに気づかれましたね。あとは何かご相談されたいことはありますか?
父:最後にお聞きしたいのは、子どもたちと私との関係です。
ア:と言いますと?
父:男の子と女の子への対処の仕方なんです。前にも話が出ましたが、いいですか?
ア:もちろんいいですよ。どうぞ。
父:Kには長男としてしっかりしてもらいたいので強く言い、Yには小さいし不憫なので甘くなってしまうんです。このままでいいんでしょうか?
ア:お父さんとK君、2人の心が通い合って、親と息子だなと感じたときはありましたか?
父:はい。寝るときに私が「お父さんも本当はお母さんがいなくて寂しいし、つらいけど、お前たちがいるからがんばれるんだぞ、男同士がんばろうな」と言ったときに、「うん」と言って涙ぐんでいました。私も思わずじーんとして、あいつの肩を抱いてやりました。
ア:お父さんはちゃんとお子さんに暖かい声をかけておられるんですね。すばらしいですね。男同士の話というのは男の子にとってうれしいものです。そのような会話はぜひ時々するようにしてください。叱咤激励ではなく、互いにしみじみとするととてもいいですね。そのときK君と目を合わせると、いっそう効果的ですよ。
父:はいわかりました。
ア:それから、K君には、「いつでもお父さんがいるから、何でも言ってきなさい」と言うのはどうでしょう。子どもの居場所や逃げ場所、頼る場所になってあげてください。
父:はい。そうします。Yに対してはどうしたらいいでしょう?
ア:Yちゃんについての細かいことはお祖母さんに任せて、「お祖母さんとお父さんは同じ意見だよ」と、お祖母さんと連携すると良いでしょう。ただ、お父さんがYちゃんを見ていて、気持ちを発散する必要や何か悩みがありそうだと感じたら、いつでも話を聴いてあげる用意をされたらいかがでしょう? それにYちゃんの幼稚園の先生にもお会いになって、園での様子などの情報を集めておくのもいいと思います。
父:ああなるほどね。わかりました。
ア:今日お目にかかってお話をうかがいましたが、何かお役に立てたでしょうか?
父:はい、とてもたすかりました。実は私の子育てに対して叱責されたり、責任を追及されたり、責められたりはしないかとちょっと来にくかったんです。でも、実際に話をしていて、そう肩肘張らなくてもいいような気がしてきました。父親として、子どもたちのことに関して自分で責任を持つ気持ちが大事なんだと思いました。お袋に対して言うべきことも、子どもたちのために言おうと思えるようになりました。
ア:ああ、それはよかったですね。
父:それに、子どもへの愛おしさが強くなったような気がします。お袋が私に「今日はこうだった、ああだった」と言うのを、子どもに対する愚痴と、その世話の大変さについて私を責めているように感じていました。しかし、そうではない。お袋もよくやってくれているんだという、当たり前のことにも気がつきました。子どもの話もお袋の話ももっとよく聴いて、しっかり舵取りをしようと思います。ありがとうございました。
ア:こちらこそ。いくらかでもお役に立てる話し合いができてよかったですよ。また、お会いしましょう。お待ちしています。
5 考察
(1)当初の主訴である夜尿症と指しゃぶりからは一見それているような面談だが、その背景にある母親の死後の家庭における様子が影響していると思われたため、そこに焦点を絞ったものになった。
(2)母親を失った父親や子どもには深い悲しみがあり、それに対応することは大事である、喪の儀式を行い、家族が亡き母親のことを語ることによって、心の悲しみの発散と再構築をするようにする。ただし、喪の儀式は2年以上たってから行うのがよい。それまではそばに寄り添っていてあげることが大事である。
(3)子どものスケジュールを書き出すことによって、その忙しさが明確化され、理解しやすくなる。
(4)家族全員の努力を認めてねぎらい、特に祖母が悪者にならないように祖母の努力も肯定的にとるとともに、父親の子どもへの接し方の希薄さを責めないようにすることが大事である。責められると人はやる気をそがれてしまうものである。
(5)父親の面談では、父親が子育てで責められたという感じを与えないようにする。
VIII 到達目標
父親の男としてのプライドに配慮して面談すること。社会的な背景も考慮して面接することの大切さを学ぶ。
|