日本財団 図書館


VI ケースで見る父親面談(1)
 不登校でチックの中学生(T君)のことで母親面接を数回してから、父親が面接の時間をとれたので面談した。T君は父、母、兄、妹の5人家族である。
 父親の語るところによると、小さいときから母親が家を支配しており、T君を子ども扱いして、中学生になっても口うるさく干渉しているとのことであった。
 T君はそんな母親に反発したいようである。しかし、静かで優しい子であり、また母親の一生懸命さがわかるゆえによけいにがまんしている様子であった。父親は、男の子をあまり押しつけたような育て方をしてはいけないと思うので母親に注意したいが、どういう反応が返ってくるかが心配で何も言えないとのことであった。
 T君の日常を聞くと、部屋に閉じこもっていてご飯も家族とは一緒に食べない。食堂のテーブルの上に置いておくと、夜中に部屋から出てきて食べているようであるが、1日1食なのが気になる。ただ、家人が留守にしたときは、冷蔵庫から適当に出して食べているらしいとのことであった。父親が一番心配しているのは、T君が食事を3食とらないことであった。
 そこで、次のように言って面談を終了した。
 「今日、お父さんにおいでいただいて、お母さんとは異なる視点からのお家の状況を知ることができました。ありがとうございました。お父さんがお子さんの状況をどうにかしたいというお気持ちもひしひしと伝わってきました。そこでこれから私がお話するようにしてみてはどうでしょうか? まず、お父さん自身がT君に手紙またはメモを書いてください。内容は、『閉じこもってご飯を食べていないようなのでとても心配している。朝食と昼食は時間になったら部屋の前に置いておくから食べるように。そのときお母さんに“ご飯を置いておくよ”と言ってもらうように頼んでおくが、それ以外のことは言わないようにと言っておいた。夕飯は今までどおり食堂のテーブルの上に置いてあるから自由に食べるように』と書いてください。今日決めたことは奥さんにも伝えてください。そうして、そのときの様子を次回にお知らせください」
 次の面談日には父親は多忙で参加できなかったが、母親から聞いた話によると、こちらの言うとおりに実行してくれたようであった。父親のメモを読んだT君は、しばらくの間は部屋で朝食と昼食を食べていたが、いつからともなく時間になると食堂に降りてきて、みんなと一緒に食事をするようになった。黙々と食べているが、母親も黙って見守るようにしているとのこと。あまり何も喋らないところは父親に似たのだろうと思っている。母親が言うには、「でも、夜中なんかは父親とぼそぼそ話していることがあるようです。肝心なときに面談に行ってくれたお父さんには感謝しています。次の面談には来たいといっていたのでよろしくお願いします」とのことであった。
[解説]
 乳幼児期から学童期にかけて、母親はしっかり子育てをしてきた。しかし思春期の男子にどうかかかわれば良いかがわからず、今までどおりの過保護的なやり方をしてしまった。それがT君には合わなかったと思われる。
 今回、父親が直接かかわることで家における父親の地位が向上し、T君が男として将来に希望が持てたのではないだろうか。これからも変遷があるであろうが、T君は将来の進むべき道を父親との話し合いの中で見出していくことであろう。思春期のT君にとって、父親が1人の人生の先輩となって自分を支えてくれる人となり、2人の間に安定した関係が打ち立てられつつあると見るのは早すぎるであろうか?
 
VII ケースで見る父親面談(2)
1 家族構成
 父親(32歳)、兄8歳(K: 小学年2年生)、妹6歳(Y: 幼稚園年長)。父親の両親(祖父67歳、祖母65歳)と同居の5人家族である。母親は2年前に28歳で1年間の闘病生活の末に病死。子どもは主として祖母が面倒をみている。
 
2 主訴
 兄Kは夜尿症と、勉強に集中力がないことと、家では元気でいるのに友達と積極的に遊ばない等引っ込み思案の性格を直したい。妹Yは指しゃぶりとわがままで言うことを聞かないことを相談したい。
 
3 経過
 2年前の3月、K6歳、Y4歳のときに母親が1年間の闘病生活の末に死亡。原因は脳腫瘍であった。その後は、子ども2人を父親の祖母が世話している。Yは母の死亡後しばらく休んでからがんばって登園を始めた。小2になり、半年前から祖母の勧めで私立大付属中学受験のために進学塾に行き始めた。それからしばらくして夜尿が始まった。
 妹のYは、父親が会社に行っている間は祖父母に幼稚園の送り迎えなど面倒をみてもらっている。わがままを言っても、不憫なので祖父母はあまり強く言わないようにしているが、最近はそのわがままもひどくなり、祖母がもてあまし気味になっている。指しゃぶりもひどくなった。幼稚園では友達とあまり遊ばずに、女の先生にベタベタしているとのことであった。
 
4 父親面談
(1)母親が亡くなったときの子どもや家族の心理について
アドバイザー(以下、ア):お母さんが亡くなってからのご家族の様子を教えてください。K君はどうですか?
父親(以下、父):Kは今まで大泣きしたりわがままを言ったりはしない子でした。母親の死後はやはりショックのようで、しばらくは放心状態のようでした。1週間ほど休ませてから登園させました。Kはもともと水泳やサッカーのチームに入っていましたが、その後もがんばってやっていました。元気も出てきたようでしたが、時々ふっと寂しそうな表情することがありました。
:そうですか。夜尿症はいつごろから始まりましたか?
:母親の死後半年あたりから始まりました。
:そのきっかけとして何か思いあたることがありますか?
:はい。小2から教育熱心なお袋(祖母)の勧めで私立大付属の中学受験の塾に行かせました。私はちょっとかわいそうじゃないかと思いましたが、お袋が私の姉も行っていたところだからと言うのでとりあえず行かせています。授業は週に3回、2時間たっぷりあって、復習も大変なようです。疲れているときは熟睡してしまって起こしてもなかなか起きません。寝るときは私と寝ています。
:そうですか。ずいぶんがんばっていたんですね。Yちゃんはどうでしたか?
:妻が亡くなったときは4歳で、その後ずっとお袋が面倒を見てきました。思ったよりケロッとして元気に見えましたが、最近、幼稚園の先生にいつも甘えてベタベタしているようです。家に帰ると食べ物やテレビのことでわがままを言い、寝るときは一緒に寝ているお袋がちょっとでも部屋に行くのが遅くなると、手に負えないような泣き方をします。そんなときはかなり指をしゃぶります。
:そうですか。お祖母さんはどうでしたか?
:母親の代わりは自分がするしかないと燃えているようです。家事、炊事、掃除、洗濯、子どもの世話をよくやってくれています。何事にもきちっとした人なので、のんびりと育った子どもたちには厳しいなと思うこともありますが、助かっているのであまり不満は言えません。
:よくやっておられますね。お祖父さんはいかがですか?
:親父はマイペースです。子どもたちと時々食事をしたり、母と遊園地に連れていってくれたりします。家族のことをよく考えてくれています。
:良いお父様(祖父)ですね。お父さん自身はいかがですか?
:私は、家のことは両親に任せっきりでした。子どものことも昔は妻に任せ、今はお袋に任せています。
:そうですか。お子さんとはどうですか?
:以前よりずっと子どものことを考えています。なるべく亡くなった母親のことを考えないようにして、暇なときにはできるだけ子どもたちとあちこち出歩きました。できるだけ早く会社から帰って子どもたちといる時間を持とうと思ってやっています。妻が元気なときにもっと家族一緒の時間を持てばよかったと思っています。
:わかりました。家族皆さんがそれぞれによくやってこられましたね。お父さんはもちろん、きっと他人には言えないがんばりをしてこられたのでしょうね。お疲れさまでした。お子さんたちも、お母さんが亡くなったことを今までの時の中で受け入れているように私には思えます。よくやってきましたね。お母様(祖母)も本当に大変だったと思います。息子のため、孫のためだからできるのでしょうね。母親でなければできるものではないと思います。あまりご無理なさらないようにお伝えください。お父様(祖父)も一家を引き受ける決断をなさったわけで、立派だと思います。よいご両親でよかったですね。
:ありがとうございます。
:亡くなった奥様もきっと安心なさっているのではないでしょうか。子どもには柔軟性がありますし、適応性もあります。一時的なショックは大きかったでしょうが、時間とともに新たな人生を歩き出していると思います。あまりお子さんのことを心配しすぎないでもいいのではないでしょうか。「親はなくとも子は育つ」と言いますが、お宅には立派な父親と、母親代わりがいらっしゃるんですから自信を持ってください。
:ああ。先生に今までの家族のことをねぎらわれて正直嬉しかったです。それに、子どもは柔軟性と適応性があるんだと聞いてとても安心しました。子どもたちも今までがまんしてきたんでしょうね。亡くなった妻が安心しているとおっしゃいましたが、それを聞いて、妻に子どもたちのこと任せっきりにしていて申し訳なかったと思いました。やっぱり家族みんなの心がぽっかり空いていたんですね。ただ。母親のいないことが子どもたちにどう影響していくのか心配です。
 
(2)母親不在の問題点について
:お父さんは、お母さんがいないことの問題点を何かお感じになっておられるのですか?
:はい。母親がいなくてお袋にみてもらっていることはやむを得ないことですが、子どもにとって実の母親がいないことがどう影響するのか、どんな風に育てていいのかわからないんです。子どもたちはどのくらい母親のことを気にしているんでしょうか?
:どんなときにそうお感じになりますか?
:お袋の話では、Yは幼稚園で、お母さんが送り迎えにくる他の子どもたちを黙って見ているけど、うらやましそうにしているそうです。そんなときは、家に帰ると特にわがままを言って、母親のいないさみしさをお袋にぶつけているようです。
:せつないですね。K君はどうですか?
:Kはお袋にも気を遣っているため、発散する場所がないようです。人一倍母親っ子だったので、さみしさをがまんしているのでは、と思うとかわいそうですし、先が心配です。
:そうですか。お父さんは、お子さんのことを本当によく考えていらっしゃいますね。でも、あまり心配しすぎなくてもいいのではないでしょうか。母親がいなくても、世の中では立派に育った子がたくさんいます。子どもたちは、「決断し、鍛える父なるものの存在」と「包容し、受け入れてくれる母なるものの存在」があれば育っていきます。母親を亡くした方々の中では、まだまだ恵まれているところもあるのではないでしょうか。
:母親がいなくても立派に育っている子も多いといわれてホッとしました。正直言って、私自身は「何でこんな目にあわなければならないのか」と自分を悲劇の主人公のように考えていました。もっとつらい状況になっている人もいるわけですよね。
:そうですよ。
:周りの人に支援してもらったり助けてもらっていることに、もっと感謝しなければという気持ちになりました。
 
(3)母親の死の家族への影響について
:その後、お母さんの亡くなったことについて皆さんで話されましたか?
:いえ、むしろ母親のことについて触れるのはタブーにしていました。そのため母親の写真やビデオはあまり見せないようにしていました。Kは闘病中から母親に「お兄ちゃんだから、妹の面倒を見てね。がんばってね」と言われていたので、いつもいい子でがんばっていたようです。祖父母からも「お前は後継ぎだからしっかりしろ」などと言われて、ちょっと無理してないかなと私は思っていました。妹もお袋には母親のことは言わないようです。
:ご家族皆さんがそれぞれ悲しみをがまんされてきたんですね。そろそろ皆さんでお母さんのアルバムやビデオを見ながら、思いを分かち合ってみてはいかがでしょう。皆さんでお母さんのことを話して涙するのも立派な供養になりますよ。
:ああ、そうなんですか。
:ご家族が亡くなった場合には、急激な悲しみの感情の嵐の後に、かなり長いうつ状態がきます。このときに家族で亡き人のことを語ったり、思い出話をしながら涙したりすることによって心の「喪の儀式」をすることになるのです。お互いに家族の悲しみが再現することを気遣って、みんなでがまんをなさっていたのではないでしょうか。そろそろ家族の再生の準備としてお考えになってみてもいいと思いますよ。
:わかりました。
:お母さんが今ここにいらっしゃったら、皆さんに何て言うでしょうか?
:妻のことですから、きっと「いつまでも私のことで悲しまないでちょうだい。みんなで楽しくやっていってね」と言うでしょう(涙ぐむ)。
:ああ、そう思われますか。
:はい。妻のことをみんなが気を遣って言わないことが、家族全体の重荷になっていたと思います。これからはもっとオープンにしてみます。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION