IV ケースでみる母親面談
以下は、母親の言うことを聞かないA君のケースについて、相談者の自宅で行う面談例である。
1 好ましくない面談の1例
母親(以下、母):最近2歳になったAが、ちっとも言うことを聞かないんです。どうしたらいいんですか?
アドバイザー(以下、ア):2歳のA君が言うことを聞かないんですね。よくわかりました。今日は、お母様の悩みにお答えしていきましょう。
母:食事のときに手を洗うようしつけているのに、知らん顔してやらないんです。しなくてはいけないことを知っているのにワザと知らん顔をしてやらない。それがわかるのでイライラするんです。
ア:A君は2歳でしたね。お母さんは人間の2歳児の特徴をご存知ないので、イライラしているのだと思います。2歳のA君の脳はまだネットワークができあがっていないので、お母さんがわかっていると思っていても、わかっていない場合があります。そこのところを理解してくださらないと・・・。
母:でも、嫌がらせをしているんじゃないかと思えるほど、ダメなことをするんです。たとえば、おもちゃを友達にぶつけたり、「片付けなさい」と言っても片付けなかったり、テレビを付けっぱなしにして、「消しなさい」と言っても聞かなかったり・・・イライラばっかりしてしまうのです。
ア:A君は、今やっと自分の足で自由に動けるようになった喜びを表しているんです。しかも、いくら口で言っても2歳の子どもの気の移りは早いものですよ。「精神的に一過性」と言われているくらいなんです。今これをやったかと思うと、すぐ飽きてしまう。そういう特徴をよくわかってあげないと・・・。お母さんがイライラばっかりしていたのではダメですね。困りましたね。
母:主人に叱ってもらおうと思っても、夜中にしか帰ってきませんし、最近は土曜日も日曜日も「仕事が忙しい」と言って出掛けてしまうんです。
ア:あららー。これはまたまたダブルパンチという感じで、いけませんね。お母さんもそんな弱気になっていてはダメですよ、もっと強くなって。しつけはお父さんにも責任があるんですから、「あなたもしっかり協力してよ」と強くおっしゃっていただかないとね。お母さん1人で悩んでいるのはよくないですね。
母:Aは友達はいるんですが、最近は遊んでいるとケンカになってしまうんです。乱暴な子だと思われて嫌われると困るので、Aのためを思ってきつく叱ったりします。でも、その後、自分で落ち込んでしまうのです。
ア:お母さんが落ち込んではダメですよね。2歳児のケンカというのはそんなものですよ。先ほども言いましたように、ネットワークのできていない脳なので言葉がうまく使えずに、つい体で反応する。つまり、手が出る、足が出る、かみつく・・・そんなことがあるんです。そういうことを放任していていいわけがありません。人間は、動物とはチョット違うんですから。でもお母さん、落ち込んでいてはダメですね。
母:はい・・・。(元気なく)がんばってみます。
ア:がんばってください。
2 好ましい面談の1例
母:最近2歳になったAのことですが、言うことを聞かないで困っているんです。
ア:そうですか。A君は2歳児ですか?
母:はい。
ア:言うことを聞かないで困っていらっしゃるんですね。たとえばどんなことがありますか?
母:たとえば、食事のときには手を洗うように言っているのですが、知らん顔をしているんです。手を洗うということはわかっているんですが、ワザとやらない。それを見ているとイライラしてつい、大声をあげてしまうのです。
ア:なるほど。お食事の前にね。お母様は家の中もきれいにしていらっしゃって・・・。そういえば、A君の声が聞こえてきませんね。
母:今日はアドバイザーの方のお話をしっかり聞こうと思って預けました。
ア:そうですか、それで静かなんですね。お家の中もきれいに片付けていらっしゃって・・・清潔好きのお母様なのですね。A君がわかっているのに手を洗わなかったらイライラしてしまいますよね、よくわかります。
母:そうなんです。あれもこれも私に嫌がらせをしているんだと思うくらい、「ダメ」と言うことばかりするんです。ちゃんとできる子なんですけど・・・おもちゃをぶつけたり、片付けをしなかったり、テレビを付けっ放しにしているので「消しなさい」と言っても、言うことを聞かないんです。
ア:お母様と話をしていましたら、私の子育て中のことを思い出しました。長男のときにはおもちゃの片付けにイライラした覚えがあります。よその家にうかがったら、おもちゃの棚があって、きれいにおもちゃが並んでいたんです。さらに、そのお宅のお母さんを見ていましたら、「さあ、片付けようね」と、お母さん自身が楽しそうに片付け始めたんです。私は「おもちゃ箱」に入れていたんですが、そのやり方だと、自分がイライラしているときには、ついパッパッと入れてしまうんですよね。それを思い出して反省しました。そんなことを思い出しましたよ。
母:先生もそんなことを経験されたんですか?
ア:お恥ずかしいのですが、私もダメママをやっていましてね。ダメママだけではいけないと、そういうお母さんの刺激を受けたりして・・・。
母:自分は叱らないようにして、主人に叱ってもらおうと思うのですが、いつも夜中にしか帰ってきませんし、最近は土・日も仕事が忙しいと出掛けてしまうんです。
ア:それじゃあ、お母さんとしてはたまらない気持ちですね。元気のいいA君に1日中付き合ってイライラがたまって、ホッとしたいと思う頃にご主人様が疲れてお帰りになる。でも、その姿を見ると、自分のモヤモヤをぶつけられない。お母様は、すごーく優しい方なんですね。ご主人様のことも思いやって。きっとご主人様はお帰りになるとホッとなさって、次の日また元気にお出掛けになれるんでしょうね。
母:そんな風に言われると、ちょっと恥ずかしいんですけれど・・・。Aには友達がいるのですが、最近は遊んでいてもよくケンカしています。乱暴な子になっちゃって友達に嫌われると困るので、そういうときはきつく叱ってしまうんですけれど・・・。その後、私自身がすごく落ち込んでしまうんですよね。
ア:これもまた、私のことで恥ずかしいんですが、夜、子どもの寝顔を見ると、「昼間どうしてあんなにガミガミ言ったのかな? この子は、あのガミガミ言われたことを今、どんな夢で見ているのかな?」と思います。そう思うとたまらない気持ちになりまして、主人が帰ってきて「かわいい顔で寝ているね」なんて言いますと、ますます落ち込むような気分になりました。でも次の朝、子どもが元気に「ママ、おはよう」と起きて来るのを見ると、「今日こそは心を落ちつけて、1日この子と付き合おうかな」なんて勇気が湧いてきたものです。お母様もそうじゃないですか?
母:今の話を聞いて、私もそういうのを真似してやってみようかなーと、ちょっぴり思いました。
ア:そうですか。今度は、できればA君とご一緒にお会いしませんか? A君と遊びながら、お母さんとA君のことを考えてみたいと思いますが、どうでしょうか?
母:はい。どうもありがとうございました。
V 到達目標
(1)母親の大変さを理解し受容する
(2)母親の立場(家族関係)を推測する能力をつける
父親面談
日本経済が急激に発展した高度成長期頃から、「家庭に職場のことを持ち込まない」といった風潮が強まり、家庭と職場を分離するようになった。その上、給与の銀行振り込みが父親の権威を失墜させる一要因となり、父親はますます家庭に戻りにくくなった。これらのことが家族と父親が親密になることを妨げ、父親の育児機能が落ちてきた理由の1つであると考える。
I 目的
子育てにおける父親の不在が家庭に及ぼす影響は大きい。しかし、バブルがはじけて父親が家庭に戻ろうとしたときには、父親自身どのように子どもに接してよいのかがわからない状況になってしまっていた。また、急激な離婚率の上昇により、片親としての父親に対する援助の必要性も高まっている。この章では、そのような父親に子育てアドバイザーがどう援助するかを学ぶ。
II 注意事項
まず、アドバイザーは忙しい仕事の中、面談の時間を都合してくれたことに感謝する気持ちを持って接する。言葉にして「お忙しいところ、よくお時間がとれましたね。お子さん思いですね」などと言うと効果的な場合もある。ただし、相手の人間関係や気心がわからない場合には気候などの話題で相手の出方を見てから、「どのようなお話でしょうか?」と比較的早めに本題に入るほうが無難である。さらに、父親にとっては、中立的に話を聴くというアドバイザーの態度そのものが肯定的な働きかけになることも多い。
父親との面談で大切なことは、子どものことを思って相談しようとしている心暖かな人という良いイメージで面談することである。
また、アドバイザーが男性か女性かで対応するときの心がけが異なる。
1 女性の場合
一般的に、相談する立場の人は緊張しているため、一見不満そうな態度に見えることがある。特に父親を面談するアドバイザーが女性の場合には、父親は自分の母や妻のイメージをアドバイザーに重ねがちである。そして、そのことが面談に影響を及ぼし、理由もなく冷たい態度をとられたりすることもある。
父親の攻撃的な態度がアドバイザーに向けられたものかどうかを知るためには、感情的にならずに中立的な態度で話を聴いていくことが大切である。それにより、父親が緊張しすぎたために攻撃的に見えただけであったとわかることもある。それとは逆に、女性への攻撃的な感情の表れだとわかった場合には、攻撃したくなる父親の気持ちを受容しながら面談するとよい。そういったアドバイザーの態度によって女性全体への偏見が減少し、攻撃性も和らいで、面談がスムーズに運ぶことも多い。要は、アドバイザーは「自分のせいで相手が気分を害しているのではないか」と思いすぎないことが大切である。
女性アドバイザーが父親と面談する場合には、可能な限り落ち着いた感じの地味な服装を心がけ、父親が服装や化粧に気を奪われてしまうような事態は避ける。あくまでも、アドバイザーは父親が問題を解決するのを助ける存在である。そのことを常に念頭に置く。
アドバイザー自身の身を守ることにも注意を払う必要がある。そのため面談場所に関しては、相手の家は避けたほうが無難である。こちらの指定する面談場所に来てもらったり、静かな喫茶店で話すなど、他の人が近くにいて、しかも邪魔にならないような状況を設定するのがよい。また、依頼を受けたときに家族構成や話題の焦点を聞いておくのもよい。それらのやり取りにおける父親の言葉遣いや話し方などから、ある程度、どのような人かを予測できることもある。それによって危険の予知が可能となり、身を守ることにつながる場合がある。
2 男性の場合
男同士なら、自分のことをわかってくれる人といった感じでホッとした雰囲気の面談になる場合がほとんどであるが、稀に自分の父親や上司のイメージと重ねてしまい、心を開いてくれないこともある。悪感情を有しているとわかった場合には、アドバイザーは「嫌な上司に似ている人に会ったときは自分でもそうしてしまうかもしれない」という気持ちで話を聴くとよい。アドバイザーの受容的な態度によって上司と違うという感じを父親が受け、心を許して話してくれる場合もある。つまり、父親が持っている悪感情や冷たい態度に巻き込まれないことが重要なのである。
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