日本財団 図書館


V 事例研究(ケーススタディー)
[相談事例1]
 いま一番心配なのは、娘のことです。うつ状態になっていて学校も休みがちだし、私の言うことも聞いてくれません。仕事で忙しい夫に相談しても、「おまえに任せてあるのに」と言われてしまい、もう、どうすれば良いのかわかりません。こういう状態になったきっかけは、娘が夫の携帯に触って、「どうもパパには、お付き合いしている人がいるようだ」と私に言ったことだったように思います。私はそのことを知っていますが、男性は皆そういうことがあるので気にはしていません。娘には、「お仕事の人よ」と言ってその場を流しました。娘に元のように明るくなってほしいのですが、どうしたらよいでしょう?
[解説]
 子育てアドバイスの場合には、事例のように問題を起こしている当事者でなく、その親近者が相談を求めることが多いため、問題がより複雑になっていることが多い。当事者が相談に来ている場合には、直接理由や気持ちを尋ねることができるが、相談者が当事者でない場合には、まず問題が相談者の問題であることを認識させることから始める必要がある。
[整理する上で有効な介入]
(1)「お嬢さんが元のように明るくなってほしいとおっしゃいましたが、○○さんご自身はどうなりたいのでしょうね?」
<解説>
 娘がうつ状態であることは、娘自身の問題である。しかし、その娘と当事者がどう関わりたいのかを知ることにより、当事者の人との関わり方の行動パターンがわかることが多い。整理する上で大事なのは、当事者にとって問題が何であるかを当事者自身が気づくことである。また、当事者に問題を絞ってもらうことにより、問題の優先順位がつけられ、不必要に問題の1つひとつを引き出すことが避けられる。
<イメージ>
 部屋が散らかっているが、片付けをする時間がないときに、押入れの片付けから始めるよりもまず、目につく所から片付けていったほうが効率がよい
(2)「ご家族の一員に困ったことが起きた場合、そのことでご家族の方がお困りになることが多いのですが、それについてはどうお感じになりますか? たとえば朝、いつまでも寝ていることが気になるとか・・・」
<解説>
 家族の心理的なシステムを説明することにより、少し当事者の観点を変え、客観的な見方をする機会を与える。また、一般論であることを述べることにより、この意見がアドバイザーの主観ではないことが明確になる。そのため、「アドバイザーに批判された」と当事者が感じるリスクを軽減することができる。
 
※上記のように事例を研究し、参加者の様々な意見を話し合うのがスーパーヴィジョンである。スーパーヴィジョンやグループ・セラピーは、アドバイザーのためのサポートである。アドバイザーが1人で考えたり、1人で悩んだりするよりも、これらサポート・システムを利用することをお勧めする。
 
VI 到達目標
(1)1対1での面談方法を学ぶ
(2)面談に際しての注意事項を身につける(これは社会生活でも必要なことである)
(3)面談の方法では、共感と受容を自分のものとする
 
母親面談
 子どもたちは、母親に愛情深く育てられることを望んでいる。母親も優しい理想的な親でありたいと願っている。しかし現実の母親は1人で悩み、不安を胸に秘めて育児をしている。
 
 現代は母親の3人に1人が子育てに悩みを持っていると言われている。理想の子育てを目指して本を読めば読むほど自分が落ち込んでいき、誰かに聞いてもらいたい、慰めてもらいたいと思っている。夫の帰りを待ちわびるが帰りは遅く、しかも疲れ果てている。せめて8時間労働で帰ってきてほしい。夫は「がんばれよ」と言ってくれるが、ますます自信がなくなる。メール友達とのメールのやりとりで少しは慰められる。こんな私でもやはり認めてもらいたい。
 話を聞いてくれる人や場所があれば解消できるように思う。話すことは直ることのような気がする。情報と理想は氾濫しているけれども、1人で子育てしている主婦にとっての受け皿は少ない。保育園をもっと作って欲しいし、保育園のようなところに1日子どもを預けて夫婦で出掛けられたら、1ヶ月くらいは元気に子育てができそうな気がする・・・とはある若い母の告白である。
 
 このように、今を生きる母親は子育てのすべてを1人で背負っており、子育ての素晴らしさを感じるゆとりはなく、「たいへん感」に圧倒されている。歴史的に見ても、子育てが母親だけに任された時代はなかったのではないか。このような時代だからこそ子育てアドバイザーが必要であり、その子育てアドバイザーが母親をどう支えるかがその重要な使命ともいえる。
 
I 目的
 初級・中級講座において、受講生は子育てに必要な知識や子どもへの理解を深めたであろう。上級講座ではこれまで学んできたことを基礎にして、子育てに悩んでいる母親をどう支えるか、どう適切にアドバイスするか実践実技を通して体験的に学ぶ。
 
II 注意事項
 アドバイザーにとって一番大事なことは、相手に信頼されることである。相談者である母親に不快な感じを与えず、「この人なら相談してみよう」という気持ちになるような態度、言葉遣い、また服装にも配慮することが大切である。
 さらに、以下の4点にも注意をする。
(1)面談前に守秘義務の説明をする。「ここで話されたことで秘密にしなくてはいけないことは他人には話さない」ということを伝える。
(2)服装は面談する母親がホッとするような感じのものがよい。高価でなくてよいが、品のあるものを選ぶ。母親がアドバイザーの服装に気をとられてしまうようなもの(派手・奇抜)は避けたほうが無難である。
(3)言葉遣いは母親の話し方に合わせるが、母親より少し改まっていたほうがよい。母親の話し方がわかるまでは丁寧に話す。
(4)どういう母親かを考えながら面談する。母親の立場(家族関係)や性格、経済的な状況などについては直接聞くのではなく、話の流れの中から感じ取ることのできる感性とその心がけとが必要である。
 
III 面談
 あいさつと自己紹介を忘れないこと。ここでつまずくと、面談はスムーズに運ばない。また面談に際しては、受容することが重要である。受容する(傾聴・共感などを含む)とは、母親を批判しないで丸ごと受け入れることである。以下に、傾聴・共感も含みアドバイザーが母親に接する方法について述べる。
 
1 傾聴する(心を込めて聴く)
 「傾聴」と一言でいっても、実践するのは難しい。
 相談者がアドバイザーの好きなタイプの母親だった場合には、傾聴は比較的容易である。しかし、嫌いなタイプの場合には、好きになるように努力しながら面談することが大切である。相手を好きになるためには、「この母親は、アドバイザーに新しいことを教えてくれるカウンセリングの先生である」と思うのがよいだろう。
 
2 母親の感情に共感する
 うれしい話にはアドバイザーも共に喜ぶ。悲しい話には声のトーンを落とし、話し方のペースをゆっくりにする。相談者が泣き出してしまったような場合には、さりげなくティッシュペーパーやハンカチを差し出せるように、あらかじめ用意しておくとよい。
 相談者が怒っている場合には、「○○のようなことがあれば、あなたが怒るのはもっともなことですね」と言ってと母親の気持ちに共感はするが、一緒になって怒るのは避けたほうが無難である。ときには、アドバイザーがオーバーに怒ったことで、「そんなに怒るほどのことでもないですよ」と逆に母親が冷静になることもあるが、そのようなケースは稀である。中立を保ち、心情的に共感するに止めるのがよい。
 中には喜怒哀楽を表現しない母親や、感情とは逆の表現をする母親もいる。喜怒哀楽を表現しない母親にはアドバイザーが微かに喜怒哀楽を表現したほうが良い場合が多い。また、逆の感情を表現している場合、たとえば悲しい話を笑ってしている場合などには、アドバイザーは中立的な態度を保ち、「悲しい」という気持ちに焦点を当てて聴くように心がける。話がどちらに向かうかわからない場合には中立的な態度が良い。
 また、「息子はダメな子なんです」と口では言いながら、実は誇りに思っているという母親もいるので、言葉に惑わされないことが重要である。感情表現のパターンがわかるまでは中立的な態度でいるか、どちらにでも修正できるよう微かな感情表現にしておくとリスクが少ない。
 
3 母親を教育しようとしない
 困っていることを一緒に解決しようというスタンスが大切である。
 
4 持論に引き込まない
 「こういう場合はどうしたらよいのでしょうか?」と聞かれると、アドバイザーは素直に答えてしまいがちである。しかし、母親自身が解決策を考えている場合もあるため、「何か良い方法があると良いですね」とワンクッション置いてみよう。すると「○○しようと思っているのですが・・・」と、解決策を話すことがある。
 アドバイザーの「何か良い方法があると良いですね」という言葉にひどく困ったような様子を見せた場合には、「一緒に考えてみましょうか?」などと言いながら、ソフトに自分の経験などを話したり、例を挙げたりすると良い。アドバイザーの話を聴いたり実際の例を知ったりすることによって、それを実践することも可能であり、また実情に合わなければ実践しないということも可能となる。すなわち決定権が母親に任されるため、自主性を尊重することになるのである。
 
5 実践的な知識を教える
 実践的なことや実務的なことを尋ねられたときは、自分が知っていればその情報を教える。質問されたことに答えられない場合は、「その答えを知るには○○へ行くといいですよ」と手段について教えたり、調べてわかったら知らせたりする。実践的・実務的な知識を教える際にも、「ご存知かもしれませんが・・・」と一言前置きをしたり、教えた後に「もっと良い方法があるかもしれませんから、この方法を参考にして工夫してみてください」などと言葉を足したりすると当たりが柔らかくなるし、他の方法を考える間に母親の自主性も育つ。
 なお、いくつかの答えを用意して、その中から選んでもらうという方法もある。その場合にも「もっと良い方法があるかもしれないので、今までのことを参考に、別の方法がないか考えてみてください」などといった言葉を添えたほうが良いことが多い。
 
6 実際にやってみせる
 子育てに関して口で言っただけではわかりにくい場合には、実際にやってみせるのがよい。
[例]乳児にゲップを出させる方法
 「母親の肩(右でも左でもよい)に赤ちゃんのお腹がぴったり当たるように片手で抱き、空いている手で赤ちゃんの背中を下から上へ向かって叩く」と説明するよりは、実際にやって見せたほうが理解しやすい。たまたまそのとき赤ちゃんがいなければ、人形でやって見せてもよい。つまり、状況に合わせて対応する柔らかな発想も大切なのである。
 
7 個人差があることを知らせる
 子どもの成長発育や知恵のつき方、しつけへの反応には個人差があることを教えることも大切である。しかし、判断が難しい場合にはアドバイザーが答えずに、「乳児健診や風邪でなどで病院へ行った際に相談してはいかがですか」など、判断の方法について教えるのがよい。







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION