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第1章
相談現場のワークショップ
 日本では、ワークショップ自体あまり知られていないが、欧米では、カウンセリング手法を必要とするサービスには講義とともに不可欠な研修方法になっている。ワークショップについての依頼をいただき、受講プログラムの計画を考えていたときに最初に浮かんだのが、英国のクライシス・リスナー・プログラムであった。
 クライシス・リスナーは、直訳すると「危機に直面している人の話を聴いてあげる人」である。英国には各地区で地区のボランティア組織もしくは教会などで運営しているクライシス・リスニング・センターがある。そこでは、誰かに相談したい人や誰かに話をしたい人が気軽に立ち寄って、研修を受けたクライシス・リスナーに話をすることができる。そしてクライシス・リスナーは、話の内容に基づいて他の機関につなげる作業をする。
 センターに立ち寄る人は、人種も職業も、そして相談の内容も多様である。引越しをして友達がいないため誰かと話をしたい人、自分がエイズだということがわかり誰かに相談したい人、夫と息子の不仲が苦になって離婚を考えている女性、強制送還の日時が迫り送り返されてからどう生きていったらよいのかがわからない女性、これから自殺をすると決意して最後に誰かと話をしたかったという男性、リストラされて家族にどう打ち明ければいいのかわからない男性、児童虐待を繰り返し自分で自分の感情をコントロールできなくなった母親、アルコール依存症で何とかアルコールをやめたいが相談に行く場所がわからない男性・・・と、訪れる人の悩みの内容は相談を受ける側から見ると軽いものから深刻な内容のものまで様々である。
 それらの相談に対応するために受ける研修の内容も、聴く手法やカウンセリング手法、自殺、アルコール依存症、薬物中毒、ラベリング(差別)、虐待、異文化に関することなど多岐にわたる。さらにリスナー自身のサポートとして、健やかなリスナーでいられるための心得の研修も受ける。研修自体がかなり厳しい内容であり、すべての授業が講義とワークショップで構成されている。さらに、修了試験は主にカウンセリング手法と、「健やかなリスナー」つまり自分自身を受容できるかどうかがチェック項目となる。
 クライシス・リスナーは、相談の内容や話題が子育てに関することに限定されていない点で、子育てアドバイザーとは異なるかもしれないが、人を援助するために要求される技能は子育てアドバイザーと同じである。
 
I 目的
 ワークショップは体験プログラムであり、講義はほとんどない。そのため、受講生の参考になるよう、現場ですぐに使えるテクニックとその理由について説明する。
 
II 注意事項
 ワークショップなどでは多くの場合、「○○だ」と言い切らずに「○○だと思う」という言葉を用いる。心理自体が「良い・悪い」や「白黒」では判断できない分野であること、当事者以外の人間が当事者の思考を推測することはできないという理由からである。
 そして、相談者を深く理解するために、ケースを挙げてアドバイザーが提案できるガイドラインを示してある。アドバイザーがどうしたらいいのか迷ったときにこのガイドラインをひもとき、その中の1つでも利用できればよいと考えている。また、悩みは人の数だけある。そして、このガイドラインが常に最上の方法であるとは限らない。これら以外にも援助の方法はあること、そしてアドバイスには「最適な」アドバイス、つまり「最適」というもの自体がないことを理解しておく必要がある。
 
III 人の話を聴く前に
 アドバイザーが話を聴くときには、相談者が安心して話ができる状況と枠組みが必要である。
 
1 話を聴く環境
 相談者が話しやすい環境がよい。そのためには話が無理なくできる静けさで、快適に話ができる温度に保たれており、プライバシーが守られているため人の目や耳を気にしなくてよく、体を楽にして話せる空間が理想的である。なにより、安全であることは欠くことのできない条件といえる。
 BGMや花、絵などに関しては、様々な状況にある相談者がいるため、1人ひとりに合わせるのは難しい。たとえば、クラシック音楽は気持ちが落ち着くといわれるためBGMに最適だと考える人もいるだろうが、ピアノがとても好きだったお嬢さんを亡くした相談者が来たような場合には、BGMとして使っているクラシック音楽を聞くことにより、より深い悲しみを体験することになってしまうかもしれない。花や絵や部屋の色も同じである。たとえば「姑は花が好きなので、私は花が好きだと思ったことは一度もありません」という相談者や、「私はピンク色が大嫌いです。主人が不倫をしていたとき、相手がよくピンクのセーターを着ていたからです」という相談者もいるのである。
 最初から相談者自身が「自分は何が嫌なのか」をわかっている場合にはまだよいのだが、多くの場合ははっきりと意識してはいない。そのため、相談者自身は「なんとなく嫌」と感じ、さらにはその「なんとなく嫌」が相談者にどういった影響を与えるのかについては不明なことが多い。よって、面接する部屋はできるだけシンプルにするのが無難である。
 
2 共感する
 「相手の気持ちに共感すること」は面談の核である。たとえば相手が辛い話をしているときにアドバイザーが微笑んでいたならば、相談者は心を閉ざしてしまって本心を話さなくなる可能性が高い。また、怒っているときに微笑んでいるのも、相談者の感情を逆撫でしかねない。耳だけでなく、五感を含めた体全体で聴くことがとても大事なのである。
 言葉については常に中立であるように努力し、断定的な言葉を使わないよう注意する。さらに、「お気持ちはわかります」などという言葉も安易に使わないようにする。
 
3 秘密を守る
 守秘義務は、子育てアドバイザーと相談者との間に成立する義務である。これは、相談者が話したことを第三者(スーパーバイザーは除く)には話さないという規定である。仕事として第三者の話を聴く場合でも、あるいはプライベートな関係であっても、相手のプライバシーを守るのは信頼関係を培うために非常に大事な要素である。
 
4 人を尊重する
 相談者を尊重することはとても重要である。そして同様に、アドバイザーも尊重されることが大切である。相談者もアドバイザーも、人として互いに尊重し合うところから面談は始まる。そして、そのことはお互いの違いを認め、信頼し合うことにつながる。面談をしていく過程において、すべての人同士が相手の違いを認めながら尊重し合うという関係がうち立てられていくことが理想である。
 
5 固定観念にとらわれない
 人が相手を変えることは難しいが、こちら(アドバイザー)が変わることによって相手(相談者)が変わったり、付き合いやすくなったりするものである。逆に、アドバイザーが固定観念にとらわれてしまうと事態は変化しにくくなる。一見、変わらないように見えることが長い期間で見ると変わっていくこともある。固定観念にとらわれない柔軟な考えや態度が必要であるということを常に念頭に置く。
 
6 批判しないで聴く
 相談者の話を批判せずに聴くことは重要である。アドバイザーと相談者の意見や考えが違っても、そのことにこだわらないように心がける。心的・環境的・経済的に異なる両者の考え方が違うのは当然のことだからである。
 
7 面談時の態度や言葉
 面談時の態度については、アドバイザー自身がリラックスしていれば、自然に自分らしく、にこやかに対応することができるだろう。さらに、不快な態度がどのような態度であるのかを知っていれば、面談時に不快な態度をとることは避けられる。
 問題なのは、自分自身の態度を見ることができないアドバイザーが、相手に不快な思いをさせていることに気づかない場合である。そういう事態を避けるためには、自分の話し方を友達や他のアドバイザーにチェックしてもらうのも1つの方法である。
 
8 時間を守る
 「時間を守れる」ということも、アドバイザーにとっては非常に大事な要素である。中には、相談者の要求するままに時間制限をしないことが親切なように思う人もいるかもしれないが、実際に時間制限がないと「きり」がない。きりがないと、とりとめがなくなる。いつ終わるのかがわからないと集中しにくくなるし、相談者の不安も増すようである。また、肉体的にも非常に疲れる。
 
9 実務的な注意
 当たり前のことではあるが、大切な注意事項が以下の3つである。
(1)相談者と肉体的な接触をしない
(2)相談者と個人的な接触をしない
(3)話の内容を要約しておく
 話の内容を要約して文章で残しておくことは、次回の面談や経過を知るために必要である。万が一、相談者との間に行き違いが生じた場合には、その記述が証拠となり、アドバイザーの身を守ることにもつながる







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