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資料1
MAIB
MARINE ACCIDENT INVESTIGATION BRANCH
海難調査局
 
Safety Digest
(事故防止要録)
海難事故報告から得た教訓
2003年2月号
 
運輸省
 
ケース1
 
高速衝突事故、濃霧のドーバー海峡
 
ストーリー
 
 ドーバー海峡域を横断していた高速船が、同海峡を往来する貨物フェリーと衝突した。その当時の視界は50メートルから最大150メートルであった。高速船は148人、貨物フェリーは102人の乗員乗客を乗せていたが、幸運にもこの衝突事故で負傷者は出なかった。
 
 29ノットで航行中の高速船が、ドーバーを出発後20ノットで航行していた貨物フェリーを先に認知した。しかしながら、視界の悪さを考慮して減速する意図はどちらの船にもなかった。
 
 貨物フェリーは港を出港後すでに予定航路に就いており、高速船のブリッジチームは船内搭載の2台のARPA(自動衝突予防装置)から、自船のレンジが2マイル、CPA(最も近づく点)が右舷に3ケーブルであると判断し、両船が互いに航過可能な状態であると誤った認識を持ってしまった。そのため、高速船は針路と速度を変更することなくそのままの状態を維持した。まもなく貨物フェリーが高速船を発見したが、貨物フェリーのブリッジチームもCPAを3ケーブルと判断し、針路を右に7〜10°変更した。
 
 両船の距離が6〜7ケーブルに縮まったが、CPAには顕著な変化は見られないまま、貨物フェリー船長は衝突を避けようとして針路を右にさらに20°変えるよう命じた。
 
 レンジが4〜5ケーブルに縮まると、高速船のレーダー画面では貨物フェリーのエコーが360°の弧を描きだした。船長はこれにより、右舷側に危機が迫っていると確信し、針路を左に変えた。まもなく高速船は貨物フェリーの左舷中央部のやや船尾よりの部分に衝突した。高速船の船首に続いて右舷ウェーブピアサー(波浪貫通)が貨物フェリーにぶつかった。幸運にも、両船とも互いに向きを反らして走行していたため、垂直方向ではなく、外側にカーブしながらの衝突となった。
 
 高速船の損傷は激しかったが、何とか自力航行でドーバーまで戻ることができた。貨物フェリーは損傷が軽かったため、引き続き航行を続けた。
 
教訓
 
1. 両船とも、Collision Regulations(衝突防止規定)の規定6を遵守し、安全速度を保って航行するべきであった。特に高速船では何をもって安全な速度かという基準がまだはっきりしていないのは確かだが、ドーバー海峡のような船舶交通量の多い海域では、海上の状況や視界、船の停止距離を考慮して速度を調節するのが賢明なアプローチであるといえよう。両船が接近中という状況で、双方に大幅な減速が必要であることは明らかである。
 
2. 高速船のブリッジチームが航過可能だと誤って判断したことが、CPAが小さいにもかかわらず納得してしまったことにつながってくる。だが、それ以上に重要なのは、高速船が高速船以外の船舶の航路には入らないという、通常船舶と高速船舶の間の「暗黙の了解」である。このため、船長は貨物フェリーに針路変更はないと思い込んでしまった。
 しかしながら、船長はCollision Regulationsの規定19に従い、右に針路を変えるか、または減速をするべきであった。どちらの行動であっても衝突は避けられたであろう。こうした「暗黙の了解」に頼ることは軽率であり、この事故ではかろうじて避けられたものの、大惨事を招く可能性があった。
 
3. 貨物フェリーもCollision Regulationsの規定19に従うべきであった。わずか7〜10°の変更は、針路を保つには十分であった。ここでも「暗黙の了解」が適用されたと思われる。船長は高速船の接近はないと思っていたため、接近に気づいて初めて衝突回避の行動を取ることを決断したのだ。
 残念ながら右に20度の針路変更をとったのは遅すぎて、衝突を回避することはできなかった。
 
4. 高速船のブリッジチームは、特に他船との距離が至近である場合において、レーダー画面上にサイドローブ現象が現れることを想定するべきであった。サイドローブ現象はよくある現象である。
 
ケース2
 
突然の目覚め
 
ストーリー
 
 漁船が漁場への8時間の航路を航行中、同船の4人の乗組員が交代で航海当直にあたっていた。
 
 船は漁場に到着し、漁を開始した。2回目の引き網後、右舷のギアが外れたので、船でギアの探索を始めた。捜索中乗組員全員は睡眠をとらず、12時間後にギアが見つかった。
 
 乗組員はギアの引き上げと装着にデッキでさらに5時間を費やした。漁船はその後港に向けて引き返す針路を取った。
 
 最後の当直を務めることになっていた乗組員は、行程が残り5マイルになった時点で、船長に連絡を入れることになっていた。スケジュールでは、その乗組員は当直前に下甲板で数時間休む時間をもつことができたのだが、休むまでもないと考え、寝台に戻らないという選択をした。
 
 港から20マイルの地点で、その乗組員に当直が回ってきたが、その時点で彼は24時間睡眠をとっていなかった。その時、まだあたりは暗く、その中を船は航路に沿って順調に航行していた。天気も良かった。その乗組員は操舵室の椅子に座り、そのまま眠りに落ちてしまった。
 
 GPSが港までの行程が残り12マイルを示したことを確認したのを最後に、当直の記憶は途絶える。船はやがて12ノットの速度で座礁し、当直は目を覚ました。船長も目を覚まして操舵室に急ぐと、警報機が鳴ったままになっていた。船は順流に乗って再び浮き上がったが、船体のめっき部分が激しく損傷した。
 
教訓
 
1. ここでも疲労が海上事故の主な原因になっている。この当直はギアを探し装着するという厳しい作業にデッキで17時間を費やした。その前は漁場に向かう8時間の間に4時間の睡眠をとったに過ぎなかった。
 
 予測不可能な事態により、漁師が長時間労働を余儀なくされ、まとまった睡眠がとれないという状況はMAIBでも把握しているが、(漁船の)船長と船舶所有者は、航行当直を安全に行うために、確実に当直係に十分な休息を取らせるべきであったし、それに応じて作業内容も調節するべきであった。
 
 当直も職務を行う上で体調を万全にしておくという責任を遂行しなければならなかったし、睡眠不足を解消するためにはいかなる機会をも利用すべきであった。この事故で当直は自分の順番までに何時間か仮眠を取ることができたにもかかわらず、眠らないという選択をした。写真からは、この不運な決断の結末が生々しく伝わってくる。
 
2. 警報機の取り付けは強制ではないものの、効果的な安全対策といえる。だが、漁船の所有者または船長は、その警報機が自船に適したものかどうか、当直を起こすのに十分な音量があるかどうか、当直が何らかの理由で警報機に反応しなかった場合に他の乗組員にも警報が伝わるよう、二次的なバックアップシステムに接続されているかどうかを確認することが望ましい。







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