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5.4 審判開始の申立以外の海難について再発防止に資する調査・分析手法の検討
埋もれたアクシデントを活用した海難の再発防止
(現状)
 我が国の海難調査は、年間に発生した約6,500件の海難から約800件の裁決を行い、原因究明と行政処分を行っている。
 他方、この年間約800件を除く約5,700件の海難についてのデータを保有しているが、海難防止施策に十分に反映されていないのが現状である。
(対策)
 審判開始の申立以外の海難を分析して再発防止策に資する情報を提供する必要がある。
 
 
 海難審判庁の平成10〜14年の5年間平均における海難調査の現状は次のとおりである。
 
 
・理事官は、船員法第19条及び水先法26条による海難報告書、海上保安部からの海難事件発生通知書、警察官、市町村長、領事官等からの報告のほか自らがテレビ、新聞等の報道から海難を認知し、審判法第2条に規定されている海難として6,522件を立件している。
 
・理事官は、事件の事実を直ちに調査して証拠の集取を行うが、海難は軽微なものから重大なものまで多種多様である。
 軽微な事件とは、流木、流氷等が海上又は海中で船体に接触したり、漂流中のロープ、ワイヤ、漁網の一部が推進器に絡まったり、港内等で船底を擦った等により、損傷が軽微で船舶の航行に支障がないものをいう。
 また、海難報告書から認知された事件の中には、船舶保険の請求等の目的もあって、極めて軽微ながら船長が海難報告書を提出していると思われるケースが多く見られる。
 これらを含め、軽微な事件は、4,794件にのぼり、こうした軽微な事件の海難調査は、海難報告書等から明らかに軽微と判断できるが、別途事故発生から結果に至る事実調査を電話による質問、簡単な書類調査などによっても行われる。
 
・残り約1,728件については、理事官が詳細な海難調査を必要とする事件で、例えば海難関係人の面接調査、船体検査、現場検査、帳簿・物件収集等を実施し、必要な証拠を収集する。
 更に理事官は、その中から海難防止の観点から海難審判によって原因を究明する必要があると判断した事件753件について、審判開始の申立を行っている。
 
情報量の少ないアクシデント:軽微な事件(4,794件)
情報量の多いアクシデント:理事官が詳細な調査を行ったが、申立しなかった事件(975件)
 
・なお、上記の軽微な事件4,794件及び理事官が詳細な海難調査を行った事件のうち審判開始申立を行わなかった事件975件の合計5,769件は、審判法施行規則第25条に基づき、審判不要処分を行っている。
 
・審判開始申立された事件753件については、各地方海難審判庁における海難審判を経て、裁決をもって原因が究明されるとともに懲戒等の行政処分が行われている。
 
・裁決された事件は、テーマ毎の海難原因分析や海難レポート等により、再発防止に資する情報として提供されている。
 
 
 海難審判庁では、理事官が海難発生を認知した事件(審判不要処分及び申立した事件を加えたもの。)について、以下によって公表している。
 
(1)「海難の状況」(国土交通大臣に報告)
 (毎年4月)(根拠規定:海難審判庁事務章程33条2項)
・海難の発生状況(件数・隻数)
・船種・事件種類別の発生状況(件数・隻数)
 
(2)「海難審判理事所が認知した海難について(速報)」(毎年1月)
 毎年の国土交通大臣に対する報告に先がけて、前年の地方海難審判理事所で認知した事件の概況を速報値として公表している。
 
(3)「海難レポート」(毎年7月)
 海難審判行政の現状について、海難発生状況、調査及び審判の状況、海難原因を統計的に取りまとめ公表している。
 
(4)「海難統計年報」作成のための電子データの提供(毎年5月)
 国土交通省総合政策局情報管理部で作成される標記について、毎年海難発生データを提供している。
 
(5)港湾内の浮遊物清掃のための情報提供(随時)
 地方整備局環境課に対して浮遊物接触に関する発生地点等の情報を提供している。
 
 
(1)基本的な考え方
・発生した海難の原因を究明し、そこから得た教訓を再発防止策に資することが重要である。しかしながら海難審判を経て出される裁決は有効な情報源となるが、これは数量的には海難全体の1割強にしか過ぎない。
・他方、残り9割に達する審判開始の申立以外の海難については、実際に発生した海難であり、これから得られた情報を調査・分析し、再発防止のため海技従事者等にフィードバックすることは極めて有益である。
・近年、船社等では、海上インシデント情報(事故の予兆)を収集・分析し、その発生因子の改善策を検討しているが、不要処分となった海難の情報を調査・分析することは、実際に発生した海難に照らし、より再発防止に結びつけなければならない重要な情報と考えられる。
・分析を行うに当たり、その目的を明確に意識して作業を行わなければならないことが重要であり、単なる集計作業になると「現象分類学」の域から脱することができず、「この海域は事故が多いので気を付けなさい」というような教育的、精神論的な提言となってくる。
・また、「分析学」と「対策学」とは別物であり、分析プロセスを経て明確になった海難原因に対し、対策学を用いて海難を如何に減少すべきかという「このような整備が必要」といった具体的なフィードバックが不可欠で、海難審判庁においてはカウンタメジャーとして海技従事者等に対して、どのように流していくのかが一番の弱点となっていることに留意する必要がある。
 
(2)取り組むべき課題
 申立以外の海難情報は、かなり大量であり、裁決からの情報あるいは近年のインシデント情報と合わせることにより海難発生の抑制力となる。
 したがって、これら申立以外の海難を調査・分析する手法を早期に開発し、公表する手段も、例えば、地方理事所単位に行うなどを検討の上、実施することを提言する。
 具体的な手法としては、以下のことが考えられる。
○申立以外の海難のデータベース構築
 現在の電子データのほか、今後、分析に不可欠な「事件の概要」、「気象・海象状況」、「発生要因」等を更に詳しく調査し、電子データ化する必要がある。
 
問題点
・浮遊物接触等の軽微な事件4,794件は、個々に原因究明の必要性も薄く、またその情報入力項目には限界がある。
・衝突事件で、一方の相手船側が死亡等により調査が困難な場合、発生要因を摘示することが難しいため限界がある。
・外国船関連事件など、海難関係人に対する面接調査が時間の制約等により出来ない事件の場合には、ヒューマンファクター概念に基づく発生要因の究明は難しいため限界がある。
 
○「情報量の多いアクシデント」の活用
―理事官が詳細な調査を行ったが、申立しなかった事件(975件)―
 
・理事官が面接調査を行ったものについでは、ヒューマンファクター概念を取り入れた分析ができるものと考えられる。
例:「主要海域別の海難発生の分析」、「船種別の海難発生の分析」、「事件種類別の海難発生の分析」から海難の傾向等のほか理事官が海難関係人に対して面接した内容を基にSHELモデル(ソフトウェア、ハードウェア、環境、人間)等を利用して構成要素間の不一致の分析等が考えられる。
・本年6月「改正職員法」の施行に伴い、プレジャーボート関連事故の当事者に対して事故当時の状況報告を求めている。
 審判不要処分となったこれらの事件についても状況報告を基に分析することは可能と思われ、安全に関する情報収集が難しいプレジャーボート関係者等にとって、有効な情報となり得るものと考える。
 
○「情報量の少ないアクシデント」の活用
―軽微な事件(4,794件)―
 
・大量観察ができるもので、発生場所、発生年月日時、被害船種、事件種類、損傷状況などの最小限の情報は得られるので、例えばこの海域はこのような事故が発生しているなどの危険情報として提供することは効果あるものと考える。
 
○調査・分析の充実
 現行の事務を見直して、提言した情報の調査・分析・提供等の充実を図る必要がある。
 そのためには、申立以外のデータの収集、調査、分析を行い、年度計画を立て、海事関係団体等へ公表する必要がある。
 
○ニーズに応じた分析情報のフィードバック
・情報提供媒体等
海難審判庁:
 テーマ毎の分析集、マイアニュースレター(ポイント要約版)、海難審判庁ホームページ
海難審判協会:
 ビデオ作成、判りやすい「パンフレット」、海難審判協会ホームページ、情報誌「海難と審判」
 
・情報提供先:
 海難関係人、関係行政機関、教育・研究機関、各地方整備局(港湾清掃関連)、海事関係団体、漁業関係団体、各船社、その他
 
海難調査の現状と将来の再発防止に
資する情報の提供
(平成10〜14年の5年間平均)
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