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2 ヒューマンファクター概念に基づく事故調査
2.1 ヒューマンファクターの定義
ヒューマンファクターとは、「機械やシステムを、安全に、しかも有効に機能させるために必要とされる、人間の能力や限界、特性などに関する知識の集合体」
 一見、人間の不注意とか過失とかエラーと認められるような現象を、なぜそのような不注意とかエラーが起こったのか、その背後にある要因を科学的に冷静に分析すると、表面的には見えないものが実はいろいろと系統立って見えてくるので、それを裏返すことによって事故の防止ができるのである。
 すなわち、再発防止は、人を罰することではなく、システムを変えるとか、機器の改善をするとか、あるいは、手順を変えるとか、組織を組み替えることによって、できるものである。
 ところで、ヒューマンファクターという言葉は、時代とともに、質的に変化してきている。それは、人間が便利なようにいろいろと機械を作ったが、結局は機械を作るのも人間である。その際、人間の特性を知らないまま機械を作り、それを補うために人間にいろいろな仕事をさせ、機械を安全に操作するために、教育訓練を行っている。ところが現実には、事故は減らない。そこで、事故が起きないような機械、環境、マニュアルを作ったら良いのではないかというように大きく変わってきており、現在では、ヒューマンファクターとは、「人間が作ったシステムがうまく動くようにすることに対する人間の努力や能力を示す。」のような定義になりつつある。
 以上のことを、本事業での「ヒューマンファクター概念」の定義とする。
 
 ヒューマンファクター概念に基づく海難・危険情報の調査に当たっては、我が国の安全文化に関する意識がかかわってくるため、安全文化の重要性及びリスクマネジメント(リスク管理と危機管理)について検討した。
 
 「安全」という言葉を、我々は非常に美しい響きをもって使用しているように感じる。
 しかし、「安全」というのは、組織や企業が達成しようとしている目的ではない。例えば、航空機の安全ということを組織内で検討するとき、一番すばらしい航空機の安全は、「飛ばせない」ことなのである。飛行機は、飛ぶから落ちるのであるが、飛ぶということを達成しようとして、その達成をするための方法論は種々あるが、その何処にウェートを置くかという最も重要な方法の中の一つに「安全」というものが位置付けられる。
 したがって、「安全」とは、目的ではなく、その目的を達成するためにとられる手段の価値である。
 この手段は、個人、チーム、組織、システム、社会、行政、国際的対応など、探索された要因だけではなく広い視点からの調査、又は同業者にもかかわらず長期にわたり事故を発生させていない組織の調査研究や諸外国における実施状況の調査が必要となる。その手段としての対策には即時に実施可能な短期的対策や関連システム、行政、関係団体との調整や協力を得なければならない長期的対策もあるであろう。
 このような情勢の中、そのリスクがいかなる重大な社会的影響を与える可能性があるか、どのような対策が必要なのか、その効果はどのように反映されるのかなど、科学的にしかも定量的に分析して示す必要があり、その手段を採用するか否かはその組織、社会の価値判断、安全文化によるものである。
 
 リスクマネジメントの定義はいろいろなされているが、ここでは、事故発生より後を「危機管理」といい、海難審判の対象となっているもので事故発生後に海難調査して対策を講じていくことである。これは、事故に至る前の管理を「リスク管理」と別個に定義しているが、これらをまとめてリスクマネジメントという言葉を使っている。
 従来の日本における安全とは、どちらかというと「危機管理(墓石型安全)」を指し、法体系上も責任追及となっている。これは古い「一罰百戒」の発想に基づくもので、最も大事な「リスク管理」に相当する「予防安全」へと回帰してこないところに問題がある。しかし、現代の社会が求めているのは、同種海難の恒久的な再発防止策であって、責任の認定によって一件落着とする思考ではない。この点において社会の考える安全と、技術集団の考える安全との間に大きなかい離が生じており、安全に関する大きな発想の転換が求められているところである。
 事故の原因やインシデントを背後要因にさかのぼって調査すると、たった一つの理由で事故が発生することはほとんどなく、必ずその背後にいろいろな条件が重なり事故につながっている。その要因としては、手順であったり、ソフトウエア、ハードウエア、環境、それから人間の問題であったり、マネジメントであったりと様々である。
 すなわち、ハインリッヒの法則にも述べられているように、1件の大事故の背後には29件の中規模な事故があり、更にその背後には300件のヒヤリハットが存在する。しかも事故とヒヤリハットの差異は結果事象の差異でだけであって、それに至る経緯は全く同じである。
 このようなものを駆使して、そして正確に把握、分析して事故の発生を減少させていくことがリスクマネジメント(予防安全)の重要な役割である。
 
リスク管理と危機管理
 
(1)航空・宇宙分野
 
(1)ボーイング747で採用されている一針高度計
 約60年前に米国空軍で心理学者が提案したアナログ計とデジタル計を併用した高度計が今もなお使用されているが、目の機能の特性をうまく使ってデザインした良例である。
 これは、700人にも及ぶパイロットに対するインタビューから、高度に対する認識と知覚の間にギャップがあることが突き止められ、それまでの針3つの高度計を現在のようなデジタルとの併用に改められたものである。
 この場合の学ぶべき点は、以下のとおりとされた。
 
米空軍一針高度計研究の今日的意義
1. 事故の再発防止を重視
−ミスをしたパイロットを責めない−
2. 学際的視点の先見性
−心理学と航空機事故とのギャップ−
3. 知覚と認識のギャップに焦点
−タスク分析、H.Iデザインの先駆−
4. 人間工学方法論の先駆
(1)直接観察 (2)科学的測定 (3)現場意見重視
 
(2)NASA(米国国家航空宇宙局)におけるチャレンジャー事故の教訓
 この事故の教訓として「作業者が特有のスキル、生き甲斐を感じている仕事は自動化しない。」ということが重要であることが分かった。
 なお、自動化の是非について次のように述べている。
 
自動化の原則(NASA.1988)
してはならないこと(Should not)
1. 作業者が特有のスキル、生き甲斐を感じている仕事を自動化しない。
2. 非常に複雑であるとか、理解困難な仕事を自動化しない。
3. 作業現場での覚醒水準が低下するような自動化をしない。
4. 自動化が不具合のとき、作業者が解決不可能な自動化をしない。
 
すべきこと(Should)
1. 作業者の作業環境が豊かになる自動化をせよ。
2. 作業現場の覚醒度が上昇する自動化をせよ。
3. 作業者のスキルを補足し、完全なものにする自動化をせよ。
4. 自動化の選択、デザインの出発時点から現場作業者を含めて検討せよ。
 
(3)航空機における事故が減らない理由は、各種航空機事故を見るとヒューマンエラーをどう克服するかの問題が依然として残されていることが分かった。
 
 
(1)過積載のタンクローリーの横転事故
 過積載ができるタンク部分の過剰な傾斜を不可能とするような構造の検討、エンジニアリングが必要である。更には過積載をしなければならない要因の検討が必要である。
(2)自動車を作る際には人間工学が応用されているが、交通システムの分野での導入は遅れている。
(3)交通事故を全て犯罪視していることの問題
 運転手がかかわっているのは事実であり、何らかの関与をしていることは間違いないが、それが全てという考え方の処理は間違いである。
(4)特定の無信号交差点における事故多発事例
 現場の莫大なビデオ資料をもとに信号機を設置すると事故が減少したという実例がある。
(5)信号機のある交差点での衝突事故の原因
 信号機の環境側にも改善すべきことがあり、例えば灯火が背後の太陽によるグレア現象で見えないことがあることを明らかにした実例がある。
(6)高速道路の標識の問題
 「知覚と認識のギャップに焦点」を当て、ドライバーの描いているメンタルモデルとリアリティーにずれがあると、大体そこで事故の遠因が作られる。
 ギャップをなくすようにやれば、安全管理は合格である。
 ギャップのあるところに、原因が潜んでいる場合が多い。
(7)英国におけるロータリー交差点の道路標識
 ヒューマンエラーを予測して標識中の円表示の一部を切って成功した例がある。
 
 
(1)新幹線
 新幹線の乗客の人身事故は、過去38年間に「三島駅において、乗客がドアに手を挟まれ1人死亡した事故」のみである。
 新幹線における安全性、信頼性の確立は、最初からヒューマンファクターズを中心に捉えたシステムを設計し、導入した努力の成果である。
(2)信楽高原鉄道事故
 システムエラー、ヒューマンエラーの観点から調査し、その結果、原因はシステムエラーにあることを突き止めた事例である。







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