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2002/06/11 毎日新聞朝刊
オピニオン「論」 ダム中止の論理 坪香伸・国交省近畿地方整備局河川部長
◇水需要減なら計画変更
 国土交通省は5月16日、国直轄の多目的ダム「紀伊丹生川ダム」(和歌山県橋本市、九度山町)の建設を中止する方針を明らかにした。大阪府や和歌山市の水需要の減少が主な理由という。方針決定で中心的な役割を担った同省近畿地方整備局の坪香伸・河川部長に詳しい経緯などを聞いた。
【社会部・大島秀利】
 ――今回のダム建設中止の方針について「国土交通省も体質が変わったのか」という声も聞かれますが、実際は。
 ◆今回の決定にそれは関係ありません。
 ――ではなぜ見直しを?
 ◆学識経験者らでつくる諮問機関「紀伊丹生川ダム建設事業審議委員会」が99年9月に「建設は妥当」としていました。ただし、付帯意見に「水需要予測について見直しも含めてさらに綿密な調査・検討を行うべきだ」「(自然環境について)綿密な調査・検討を行い、環境保全に万全を」とありました。この付帯意見を重く受け止め、粛々と検討した結果です。
 まず昨年5月に利水者に水需要計画を確認したところ、和歌山市はいらないと言い、大阪府は1日当たりの給水量が25万トンだったのを13万トンでいいということになりました。それで、翌月から、計画縮小の検討を始めました。
 ――検討の結果は。
 ◆ダムの高さを低くするということでしたが、規模を半分にしても建設費がそのまま半分に圧縮するわけではありません。結局、スケールメリットがなくなり、採算が合わなくなりました。「事業者」としての意識も大切です。
 ――環境面ではどのような配慮を?
 ◆現地には「玉川四十八石」という珍しい岩や、滝、貴重な生物のすむ洞くつなどがあるため、可能な限り水没地から外そうとしました。そのために、計画地点の400メートル上流で00年12月から01年2月にかけて地質調査を実施しました。
 ――結果は?
 ◆透水試験で浸透しやすい地質と分かりました。紀伊丹生川ダムはアーチ式ダムに比べると地質が悪くても造れる「重力式ダム」でしたが、それでも基礎から水が出るという結果だったのです。それで800メートル上流でも調査を実施し、地質は良かったのですが、今度はダムの建設コストがかかるわりには水がたまりにくいことが分かったのです。つまり、水需要の減少と環境面の双方を配慮すると、多くの制約ができ、結果的に事業として成り立たなくなりました。
 ――国交省は、治水という面でも必要なダムと説明してきたはずですが、その点はどうなったのですか。
 ◆利水と治水と両方の機能を備えたダムの予定でしたが、もともと利水のための貯水量の持ち分が大きいダムでした。他のダムと比べても、利水の役割が大きかったのです。治水では紀の川流域委員会で話し合ってもらい、別の形でカバーしなければなりません。具体的には、洪水が起こりやすい場所に対策を施したり、川の狭窄(きょうさく)部(狭い所)の川幅を広げることなどが考えられます。
 ――淀川水系の河川整備計画で住民や研究者らの意見を聞く「淀川水系流域委員会」で今年2月、国交省は「水道事業者からの水需要を集計して、その結果、減少する場合があるならば、ダム計画は見直す」と明言したそうですね。以前は、国が計画したダムは一方的に推し進められるという印象でした。ダム計画に対する姿勢が変化したのですか。
 ◆需要を確認しながら進める方針は以前からあるもので、新しく決まったことではありません。ただ、紀伊丹生川ダムのように利水面で需要がなくなったから、やめるというダムは珍しいはずです。過去に地質の問題でやめになったダムは記憶にありますが。
 ――淀川水系流域委員会では滋賀県北部の丹生ダムや大阪府箕面市の余野川ダムの必要性や環境保全の面で計画中止を求める声も上がっています。流域委員会の声は計画に本当に反映されますか。
 ◆整備計画は今後20年から30年の計画。その中に位置付けられない計画はやらないことになります。流域委員会の声は最大限尊重して、整備計画を定めることになります。
◇[視点]安易な予想今後も注視
 ダムの多くは目的に「治水」を掲げる。流域住民の安全を考えると、軽視はできないが、治水名目で全国の河川にダムが必要となってしまうとの指摘もあった。紀伊丹生川ダム建設中止の方針は「ダムの治水」が絶対的でないことを示した点で私にはとても新鮮だ。水がめが第一で、治水の役割は相対的に低いダムは他にもあるはず。自然を破壊し、住民の経済的負担を増やす安易な水需要予想が放置されていないか今後も注視したい。
(大島)
坪香伸(つぼか しん)
1951年生まれ。京都大大学院工学研究科修了(河川工学専攻)、建設省入り。
奈良県河川課長、近畿地方建設局姫路工事事務所長、淀川工事事務所長などを経て99年から現職。
 
 
 
 
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