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2000/11/17 読売新聞朝刊
[論点]「開発」から「国土保全」へ 大西隆(寄稿)
 
 やや時間がたった話で恐縮だが、今年八月、国土庁の職員と一緒に日本海側のある県を訪れた。近接県の計画担当職員にも参加してもらい、国土審議会が六月にまとめた「21世紀の国土計画のあり方」と題する報告書の審議経過を説明し、意見交換を行うためだった。
 国土計画のことは、新全国総合開発計画(新全総)などがつくられた一九六〇、七〇年代には話題となったが、最近はあまり聞かないな、と感じる読者も多いかもしれない。しかし、第二回の計画である新全総(六九年)以降、約三十年間にわたって、その後もほぼ十年に一度のペースで、全国総合開発計画という名の国土全域を対象とした計画がつくられてきた。最新の計画は九八年にできた第五次の計画である。
 しかし、先の地方訪問の目的は、その内容説明ではない。実は、第五回の計画を機に、国土計画のあり方自体を考え直そうという意見が強まり、根拠法の国土総合開発法や関連する国土利用計画法の改正を示唆した見直し宣言ともいうべき「21世紀の――」ができたので、説明会が企画されたのである。
 なぜ、いま、国土計画の見直しなのか。そもそも国土総合開発法は五〇年にできた法律で、戦後復興期や高度成長期の国土開発には効果を発揮したものの、半世紀を経過した今日では現状に合わなくなった。
 そのことは、「開発」という言葉の持つ意味に表れている。人口が増加し、経済成長が著しい時代には、都市を拡大したり、海を埋め立てたり、交通路を整備することを意味する開発が、キーワードだった。振り返れば、開発の一方では、公害が各地で発生するなど苦い経験も忘れられないが、確かに六〇年代、七〇年代は、多くの人が開発を必要とし、期待していたという意味で、「開発の時代」と呼べる時期であった。
 しかし、今われわれが直面するのは全く異なる時代だ。高齢化の進展や出生率の低下傾向から見て、数年後、日本がかなり急速な人口減少社会に突入するのは確実である。
 地方都市だけでなく大都市でも、都市が縮小する「逆都市化」にどう備えるかが課題になる。道路や鉄道についても、新たにつくっても利用者が増えないから、利用の裏付けのある整備が問われ、新規の事業は大幅に減っていくだろう。
 この夏、与党三党が行った公共事業の中止勧告は、公共事業を集票に利用してきた政権党ですら、いまや見直しに取り組まざるを得なくなった事実を示すものであり、開発縮小に向けた大きな変化の小さな始まりと見るべきである。
 従来の流れから見れば、この変化は開発縮小を意味するが、国土全体のあり方を考える観点に立てば、開発されない土地を保全したり、開発された土地を手入れして有効に活用する必要性が増すことである。
 例えば、もはや耕作放棄地や休耕田を都市用地の予備軍と見なすことはできないから、これらを営農意欲のある人に使ってもらうことを考えなければならない。都市内農地も、貴重なオープンスペースとして保全していくことになるだろう。森林、河川、干潟なども伐採、ダム建設、埋め立てではなく、そのまま維持していくことが優先される。
 つまり、既に開発されているところをできるだけ「再利用」し、現在自然な環境で維持されているところは「保全」することが、開発以上に重要になる。公共事業についても、昨年より今年の事業量を増やすという発想ではなく、必要性を厳しく評価して、逆に、事業量を減らしていく時代がすぐに始まるだろう。
 土地を住宅地や工業用地として売るのが目標だった開発と違って、保全の場合は市場経済の原理が働きにくい。このため、「国土保全の時代」に必要なことは、環境保全のための事業への市民参加である。
 農地が余っても、それを使って新たに農業をやろうという人はそれほど多いとは思えないから、市民農園をつくって趣味的な農作業を促すとともに、営農意欲のある人にできるだけ安く、まとまった農地を提供できるような仕組みを作る必要がある。自然保護に取り組む人たちが自発的に森林、干潟や湿地の監視や管理に当たるような保全のメカニズムを育てていくことも不可欠だ。
 このように、国土の環境保全の重要性を自覚し、ボランティアを買って出る市民が増えることによって、新しい国土計画の姿が見えてくるのではないだろうか。
大西隆(おおにし たかし)
1948年生まれ。
東京大学先端科学技術研究センター教授。国土審議会特別委員。専門は都市環境システム。
 
 
 
 
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