2001/11/28 読売新聞朝刊
[論点]「川辺川ダム」再検討必要 原科幸彦(寄稿)
日本の公共事業費が異常に多いという事実は、公共事業の削減を重要課題としている行政改革論議などを通じて、次第に知られるようになってきた。
事実、ダムや道路といった公共事業費に相当する「政府固定資本形成」の国内総生産(GDP)に占める比率が6%前後もあり、欧米の2%前後に比べ極めて高い。この状態は、日本が国民総生産(GNP)世界第二位となった一九六八年以来、実に三十年以上にもわたって続いている。その結果、近年では無駄な上に自然環境も損なう公共事業が目立っている。
しかし今日、上質の自然環境は経済的価値を生む資産と認識されてきている。これを守り育てることが地域活性化の重要な方法である。海や山の素晴らしい自然環境を地域の環境資産として活用し、知識とサービスを軸とした新しい産業を生んで雇用を創出することが可能となってきたのである。経済の構造改革とは、無駄な公共事業を削減し、こうした経済のソフト化を推し進めることのはずである。
だが、日本各地にある貴重な環境資産が無駄な公共事業のために失われようとしている。なかでもダムは山間地に造られ、水をせき止めることによって河川の水質を悪化させるため自然環境への影響が大きい。
熊本県に計画されている川辺川ダムでも、そうした点が懸念されている。川辺川は「尺鮎(あゆ)」と呼ばれる三十センチを超す大型の鮎がすむ日本有数の清流だが、水質悪化による鮎への影響が予想されることなどから、地元の漁業協同組合員や住民、観光関係者からも建設に反対する声が上がっている。ところが先ごろ、ダム建設手続きの最終段階となる漁業補償交渉が、一般の漁協組合員に十分周知されないまま、漁協理事会と国土交通省との間で合意した。
その是非は漁協の総会で諮られるが、計画は透明性の低いやり方で遂行されてきた。
例えば、川辺川ダムは九州最大級の規模で、計画決定から三十年以上も経ているのに、環境影響評価(アセスメント)法の施行以前の計画という理由で同法が適用されていない。
しかし、本体工事の着工前という事情からも法アセスを適用することが適切なはずだ。アセスを求める請願署名も衆参両院に計十五万人が提出し、百六十三の市民団体が連名で「国土交通省の環境調査は不十分だ」としてやり直しを求めている。同省自身が推進を標ぼうするアカウンタビリティー(説明責任)の点からも、アセスを実施すべきではないか。
このダム事業に関連する同省の検討機関は五つ以上あるが、これらの機関の会合は公開が十分とは言えないまま、事業の必要性を確認する役割を果たしてきている。だが、民主主義社会では行政がプロセスの透明性を高め、アカウンタビリティーを果たすことが不可欠である。
そのためには、各種検討機関の審議を公開するとともに、メンバーの選出を行政の都合に合わせて行うのでなく、事業に反対する側の意見も表明できるよう改めるべきである。有明海のノリ不作問題では、第三者再検討機関の委員構成をそのようにした結果、不作の主因とされ、やはり無駄な公共事業と批判の強い諌早湾干拓事業の見直しの方向が打ち出されている。
川辺川ダム計画は、長い間に必要性に変化が生じ、建設目的の治水や農業用利水の両方で疑問が呈されるに至っている。そうした計画を強引に進めることは、地元活性化に役立つ環境資源を損なうばかりでなく、関連事業費を含む総事業費は四千億円を超えるだけに、財政再建にも逆行することになる。
将来世代のためにも、政府や熊本県は透明性の高い再検討機関を早急に組織し、計画を抜本的に見直す必要がある。
原科幸彦(はらしな さちひこ)
1946年生まれ。
東京工業大学教授。国際影響評価学会理事。放送大学客員教授。
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