2003/12/18 読売新聞朝刊
戸倉ダム中止 地方の変化が国動かす 「治水」もはや免罪符にならず(解説)
建設中の国直轄ダムとしては初めて、群馬県の戸倉ダムの建設中止が決まった。大型公共事業見直しの象徴といえる。
(さいたま支局 池松洋)
戸倉ダムは、埼玉県が先陣を切って事業撤退を決め、東京都や千葉県なども相次いで撤退を表明した。中止に伴い、周辺の調査や道路整備などに投じられた国費や利水自治体などの負担金計二百七十一億円が失われる。損失は、ダム事業では過去最大規模となるが、石原国土交通相は「見直すべきものは見直すべきだ」との考えを示している。
国土交通省は昨年春ごろから、利水自治体に二〇一五年度までの水需要見直しを要請。最大の利水者である埼玉県は、少子高齢化に伴って人口の伸びが止まることから、需要予想を一割程度引き下げた。この結果、九月に「事業参画の必要はない」との方針を固め、十一月には国交省と利水四自治体で事業撤退に基本合意したとされる。
大型事業の受け皿となる自治体の姿勢の変化を受け、国交省も水資源政策の全面的な見直しに着手した。利根川や荒川など主要七水系のダム事業の根拠となる水資源開発基本計画(フルプラン)について、新規計画の作成を断念し、新たなダム建設を含めた広域的、長期的な水資源開発事業から撤退する。
現在は二〇一二年度を目標年次とする現計画の全面見直しを進めているが、国交省では、「新入生(新規ダム)のいない中で、今いる学生(進行中の事業)をどうしようかという厳しい選択」としており、進行中の約二十事業を継続するかどうかが焦点となっている。
全国市民オンブズマン公共事業部会代表の広田次男弁護士は、「地方からの動きで国の大型ダム建設が中止となることは、水需要の過大予測が正常化するきっかけになるのでは」と歓迎する。
一方で国交省は十一月、八ッ場ダム(群馬県)の建設費が従来の予想額から倍増し、過去最高の四千六百億円になるとの見通しを発表した。これに対し、建設費を分担する埼玉県は「顧客に突然、建設費倍増を通告するなど民間の常識では考えられない。負担金減額の要求も考える」(上田清司知事)と反発し、独自に建設費倍増の妥当性を調査することにしている。自治体が国の事業を洗い直すのは極めて異例だ。八月に事業費の四割増を示した徳山ダム(岐阜県)では、やはり地元自治体などが反発し、水資源機構が先月、事業費削減の方針を示した。
法政大の五十嵐敬喜教授(公共事業論)は「国は情報公開を徹底し、増額の責任の所在を明確にすべきだ。建設費は精査すればもっと下がるはずだ」と主張する。
かつては「一度始めた事業は見直さない」とかたくなな姿勢を続けてきた国交省も自治体も、財政難で、無駄な公共事業を継続するのはほぼ限界にきている。ダム建設に代表される河川事業は、洪水時や異常渇水時の生命の安全に直結し、単純に経済原則だけで議論できないのは確かだが、もはや「治水」が免罪符になり得ないことも事実だ。
大型公共事業について、国が一九九〇年代後半から取り組み始めた見直し路線が、新規利水ダムの分野で全面撤退にまで進んだ今こそ、国や自治体、そして利益を享受する国民があらゆる面から冷静に議論し、そのあり方を考えるべき時期に来ている。
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