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2003/12/10 読売新聞朝刊
「脱ダム」答申 独立性と透明性保った「淀川流域委」(解説)
◆社会的合意形成のモデルケースに
 国土交通省近畿地方整備局の諮問機関「淀川水系流域委員会」(淀川委)が九日、同局の河川整備計画に対する最終意見書を答申した。
(大阪本社社会部 高田浩之)
 意見書は、同水系で国などが計画中の五つのダムについて、「中止を含めた抜本的な見直し」を求めたほか、「利水目的の新たな水資源開発の中止」なども要請、開発行政にとって非常に厳しい内容となった。全国的にダムの見直しが進んでいるが、建設側が設けた組織が中止を求めるのは異例だ。
 そもそも淀川委が注目を集めたのは、議論の質、量ともに従来の有識者会議の「常識」を破った点にある。建設賛成、反対を含め五十人を超える委員が参加、二〇〇一年二月の設置以来、会合は三百回にのぼる。会合、議事録、資料も公開した。
 通常の諮問機関は、行政が用意した素案にお墨付きを与える“御用機関”と揶揄(やゆ)されることも多かったが、淀川委は白紙状態から細かな合意を積み上げ、今年一月には「ダムは原則建設しない」などとする提言を公表。これを受け、五ダムの本体工事は凍結され、その考え方も、九月に提示された河川整備計画原案に大きく反映された。
 「川が川をつくる」ことを手伝う――。原案の基本理念は、川への畏敬(いけい)の念にあふれる提言を受け入れたものだ。河川行政のタブーともいえる堤防決壊の危険性にも触れ、「水需要の抑制」など河川管理者の権限外の問題にも踏み込んだ。
 「環境保護」「住民意見の反映」が盛り込まれた河川法改正(一九九七年)によって、行政側の対応に変化が生まれたこともあるが、流域に約千七百万人の住民を抱える淀川水系では、「官の発想だけでは問題に対処できない」(同局幹部)と率直に認めたことが大きい。
 それでも、積み残された大きな課題がある。国側が結論を保留している五ダムだ。
 巨額の負担を予定していた大阪府などが、国側に事実上の撤退を申し入れているが、中止も含めた計画変更には関係自治体の同意が必要で、建設地の滋賀県は「約束違反」と反発している。現行法は、計画変更のための手続きを想定しておらず、自治体間の利害が対立した場合は全く用をなさない。
 仮に中止の場合、重大な影響を受ける地元への活性化策など、何らかの〈補償〉が必要となるだろうが、国の予算措置を可能とする法的根拠もない。
 答申を終えれば“お役ご免”のはずだった淀川委は、国側の意向もあり、五ダムに対する最終判断や河川整備計画に基づく施策の再評価など恒常的な機関に発展する。もちろん、ダム建設からの「撤退のプロセス」は重要な検討課題だ。
 全国で計画中のダムは百八十九か所。多くは高度経済成長期の水需要などを基に立案されたが、近年の水余りと自治体の財政難で、九六年以降、清津川(新潟県)、紀伊丹生川(和歌山県)など八十九か所で建設中止が決定し、八日には埼玉県が、事業中の戸倉ダム(群馬県)からの撤退を表明した。今後も、「脱ダム論議」は続くだろう。
 淀川委は当初、互いの不信感から会合が空転し、答申が十か月ほどずれ込んだという。それだけに、透明性と独立性を保ち、激論の末に意見を取りまとめたことは、賛否相半ばする巨大公共工事に対し、一定の社会的合意を見いだすためのモデルケースの役割を果たしたと言える。行政側は、意見書に込められた民意を最大限尊重すべきだ。
 
 
 
 
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