2003/05/18 読売新聞朝刊
[社説]川辺川ダム 「無理」がたたった行政の敗訴
国の公共事業の進め方に対する警鐘である。
国が熊本県の川辺川に計画しているダム建設に絡む利水訴訟で、福岡高裁は原告農家側逆転勝訴の判決を下した。
川辺川ダムは、多目的ダムだが、司法が利水目的の正当性を否定したことで、ダム本体の工事に大きな影響が出ることも考えられる。
訴訟は、川辺川ダムから下流の農地に水を引く利水事業や農地の区画整理、造成をする農水省の土地改良事業に対し、農家側が事業は不要として起こした。
今回の判決は、土地改良事業そのものの必要性や意義については判断していない。だが、事業を進める前提となる対象農家の同意が、土地改良法が定める三分の二に達していないと認定した。
農水省側が集めた同意書名簿には、署名が他人の筆跡で、しかも印影も違ったりしたものや、中には死んだ人の署名まで見つかった。手続きを急ぐあまり、国がずさんな同意書集めを進めていたことは否定しがたい。
農水省には、「国の予算で事業をやってやる。地元が従うのは当然」といったおごりがあったのではないか。違法な手続きをとったことについて、同省は深く反省しなければならない。
ダム計画は、この地方を度々襲った水害を防ごうと、約四十年前、当時の建設省(現国交省)によって始められた。
ダム湖に沈む住宅の移転や仮排水路など、関連工事は進んだ。しかし、ダム本体の工事は、川辺川と本流の球磨川の漁業権を持つ漁民が同意していないため、未着工のままである。
国は、熊本県に対し漁業権の収用手続きを申請しているが、これも今回の判決で遅れる可能性が大きくなった。
国交省は、ダム建設を、治水上の必要性と緊急性を踏まえた事業と主張し、続けていく姿勢を崩していない。
一方で、治水という点では、ダムによらず、堤防のかさ上げなどで対応可能、との意見もある。現在の技術で可能なやり方は何か、経済性はどうか、なお検討の余地は残されているのではないか。
今回の利水訴訟で、農家が事業は不要と言い出したのは、高齢化に後継者不足が加わり、これ以上農業に余分な投資をしたくない人が増えたことなども背景にある。時の経過が、そうした状況の変化をもたらしたといっていい。
近年、いわゆる「時のアセス」で、中止された公共事業も少なくない。川辺川ダムの建設問題でも、国は改めて、地元自治体や住民と話し合う必要があるのかもしれない。
※ この記事は、著者と発行元の許諾を得て転載したものです。著者と発行元に無断で複製、翻案、送信、頒布するなど、著者と発行元の著作権を侵害する一切の行為は禁止されています。
「読売新聞社の著作物について」
|