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2001/02/25 読売新聞朝刊
[社説]脱ダム宣言 理念先行をどう克服できるか
 
 長野県の田中康夫知事が、ダムに頼らないで治水や利水を進める「脱ダム宣言」を表明し、波紋を広げている。
 知事は「コンクリートのダムは看過しえぬ負荷を地球環境に与える。国からの手厚い補助が保証されているという安易な理由でダム建設を選択すべきでない」と主張する。
 県民にかかわりが深い事業について、県政のトップである知事が自らの考えを率直に表明し、広く議論を提起する姿勢は、大いに歓迎できる。
 その理念にはうなずける点もあるが、一方で具体性を欠いている点も見逃せない。治水などの代替案はほとんど示さず「ダムは造るべきではない」という理念だけが先行している印象が強い。
 河川のはんらんなどに苦しむ地域住民が最も知りたいのは、「ダムが建設されない場合は、どのような対策が取られるのか」という点だ。
 事業見直しで県民が受ける不利益、それを補う対策について丁寧かつ十分な説明がなければ、知事が胸を張る宣言は宙に浮きかねない。基本となるのは幅広い県民との徹底した対話である。
 それでも、今回の宣言はダム建設を中心に据えてきた河川行政のあり方に大きな一石を投じることになるだろう。
 ダム建設は計画段階から完成まで長い時間がかかり、その間に社会経済情勢も大きく変化する。当初の建設目的が薄れるケースも出てくるが、これまでは代替案が真剣に検討されることも少なく、継続される事業が多かった。
 田中知事が指摘するように、環境への影響も無視できない。
 計画段階で環境対策がないがしろにされたダム事業の中には、現在、立ち往生しているケースもある。近年のダム建設計画では、環境問題への十分な対応が避けて通れなくなっている。
 ただ、「環境への負荷」を強調する知事の基本姿勢には、整合性を欠く点も残っている。
 長野県は、前知事時代からリニア中央新幹線の早期建設を国などに働きかけているが、田中知事は二十二日開会の県議会で「引き続き早期建設を求めていく」との立場を表明した。
 ダム事業に劣らず、自然破壊などで環境への負荷が大きい事業を推進するというなら、知事の理念と矛盾する。
 田中知事は宣言を「長野モデルとして全国に発信したい」と語る。国の政策に密接にかかわる行政について、地方がメッセージを送ることには大賛成だ。
 しかし、その「長野モデル」の全体の姿は、まだ見えてこない。
 
 
 
 
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