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1999/06/22 読売新聞朝刊
徳島・吉野川堰の住民投票条例案可決 民意反映へ新局面 「密室決着」と批判も
 
 徳島県・吉野川の第十堰(ぜき)可動化計画の是非を住民投票に諮ろうとする二つの条例案は二十一日、結局、徳島市議会で条件付きで公明案に他の三会派が乗る形で可決された。実施されれば公共事業では全国初のケースとなるだけに、霞が関や永田町も推移をじっと見守り、新たな住民合意の形を模索し始めた。国だけでざっと十兆円という巨額の公共事業に対し、〈阿波の地〉が投げかけた波紋は計り知れない。公共事業に民意をどう反映させればいいのか――。この問題が起きた原点を振り返りつつ、検証する。
(徳島支局・吉野川第十堰問題取材班)
■不可解な議会■
 徳島市議会最終日の二十一日朝から夕方にかけ、一枚の“書類”が住民投票賛成議員の手から手へ、会派の控室から控室へと回された。文面には「住民投票の実施期日は、賛成議員の過半数で定める」とあった。住民投票賛成の四会派が水面下で、公明党の住民投票条例案の可決を約束する条件を示した確認書だった。
 議会は午前十時の開会予定が、条例案の取り扱いを巡ってまとまらず、大幅に遅れて開会。しかし、審議されたのは人事案件などの一般議案のみ。わずか三十分で午前の審議を終え、肝心の投票条例案の審議は市民不在の密室政治にまかされることになった。傍聴席は敏感に反応、「市民をばかにするな」と沸騰した。
 四時間たっても開会しないため、市民ネットや共産の議員二人が現れ「公明党との話し合いがつかない」と説明。だが、「私らの知らない所でやっている」と詰め寄られ「違う、違う。討論をやっています」と傍聴席を去る一幕も。
 夕刻、議会の時間延長が決まり、四派が公明案を軸に合意して可決する見込みが伝わってきた。「どうしてもっとわかりやすく決まらないの。市民のパイプ役として当選したんだから、目に見える形で堂々と議会で議論したらいいのに」と傍聴人たちは、次々に不満を打ち上げた。
 新藤宗幸・立教大教授(行政学)は「制定は一つの成果だが、党派間のかけひきと、密室化した不透明な手続きで進めたことに市民は反発している」と、わかりにくい議会内の意思で決められたことに問題を残したと分析する。
◆国、対話ルール模索
■ダム審の反省■
 地元意見を反映させるため、地方建設局の諮問機関として設置されたダム建設事業審議委員会(ダム審)。ダム審は、長良川河口堰問題で非難を浴びた建設省が一九九五年に導入、十三事業で設置された。第十堰を始め苫田ダム(岡山)、川辺川ダム(熊本)、徳山ダム(岐阜)など七事業でゴーサイン。苫田のように三回の審議で妥当としたところもあり、“単なるお墨付き機関”と批判された。
 その結果、第十堰の審議は十四回に及び、期間も最長の二年九か月。公聴会では約五十人の市民が意見を述べ、計画反対の市民団体を招いた討論会も行った。
 ただ、反対意見を出す委員は一人もなかったのが現状。市民団体では「可動堰がベストと公言してはばからない知事が選んだ委員で、公平な議論ができるはずはない」と審議委の客観性に疑問を投げかけた。
 五十嵐敬喜・法政大教授(立法学)は「公共事業に住民合意をどう取り付けるか、建設省が模索しているのは事実。ただ、首長や議会と溝を持つ市民が多くなったことを受け止めるのも必要だ」と指摘する。
■建設省の方針転換■
 東京・霞が関。建設省河川局では先週末、深夜まで吉野川可動堰に対する住民投票の行方に議論が集中。若手官僚の一人は「住民投票は人気取りの一種。安全にかかわる問題を議論できるのか」と強く主張する。
 住民投票をけん制するように、関谷建設相は十六日の参院特別委で「流域住民と住民参加や対話のルールづくりを話し合う懇談会を設置したい」と発言。同省徳島工事事務所も、計画に賛否双方の住民団体代表、市民ら十人程度の予備的懇談会を七月にも設けようと計画、議会閉会後の二十二日にも参加を呼びかける。
 大平一典所長(43)は荒川下流工事事務所(東京都)時代の一九九六年、「あらかわ学会」という行政担当者や学識者も個人で参加する市民の集まりを発足させた経験を持ち、「市民とともに、吉野川の魅力を再発見する共同調査、将来像の展望をしてみたい」と、こじれた第十堰問題にそのノウハウを生かそうとする。
 九七年に改正された新河川法では、環境への配慮とともに公聴会などで民意反映に努めるとしている。さらに一歩踏み込んで、徳島で提案される懇談会は、反対市民らの合意も取り付けようとする狙いがある。
 同省河川局も徳島をモデルケースにしたい意向で、幹部の一人は「とにかく土俵に上がってもらわなければ」と期待を込める。
◆条例化自治体 なお割れる評価
■住民投票「光と影」■
 住民投票条例案を巡る市議会の駆け引きが繰り広げられていた二十一日午前十時、円藤寿穂知事は「住民投票には法的拘束力はないが、その結論には政治家として縛られる」と市議会の推移を気にしながら、見解を述べた。
 自治省などの調べでは、住民投票条例が制定された自治体は全国で十五。原子力発電所、米軍基地問題などの是非を問う形で、うち八自治体で実施された。
 産廃処分場建設を巡り、住民投票を実施した岐阜県御嵩町の柳川喜郎町長は「やって良かった。町民はごみの捨て方など身近な環境問題にも敏感になった」と評価する。反面、買収や悪質な運動が横行したケースもあり、柳川町長は「政争の具とされるのでは全く意味がない」とくぎを刺す。
 投票結果の評価も難しい。ヘリ基地建設を問うた沖縄県名護市の場合、反対と賛成の比率が53%対45%と小差。「総合的な政治判断」と住民投票の結果を受け入れなかった当時の比嘉鉄也市長は辞職し、「熟慮の結果だ。二分された意見のどちらを選ぶかは市長の責任」と今も言葉少なだ。
 首相の諮問機関・地方制度調査会などでは二十年以上前から住民投票のあり方を検討しているが、依然明確な方針は示せていない。
《住民投票条例が制定された自治体》
自治体名 条例の内容 施行日
高知県窪川町 原子力発電所設置の是非 82.7.22
鳥取県米子市 中海淡水化の賛否 88.7.15
宮崎県串間市 原子力発電所設置の是非 93.10.8
三重県南島町 同   上 95.3.24
新潟県巻町 同   上 95.7.19
三重県紀勢町 同   上 95.12.25
高知県日高村 産業廃棄物処理施設設置の是非 96.4.15
沖縄県 日米地位協定見直しと基地整理縮小 96.6.24
岐阜県御嵩町 産業廃棄物処理施設設置の是非 97.1.21
宮崎県小林市 同   上 97.5.2
沖縄県名護市 米軍ヘリポート基地建設の是非 97.10.6
岡山県吉永町 産業廃棄物処理施設設置の是非 98.1.14
宮城県白石市 同   上 98.4.13
千葉県海上町 同   上 98.8.7
長崎県小長井町 採石場の新規及び拡張計画の是非 99.1.5
 
(投票結果はすべて施設建設に反対か縮小)
自治体名 実施日
高知県窪川町 ――
鳥取県米子市 ――
宮崎県串間市 ――
三重県南島町 ――
新潟県巻町 96.8.4
三重県紀勢町 ――
高知県日高村 ――
沖縄県 96.9.8
岐阜県御嵩町 97.6.22
宮崎県小林市 97.11.16
沖縄県名護市 97.12.21
岡山県吉永町 98.2.8
宮城県白石市 98.6.14
千葉県海上町 98.8.30
長崎県小長井町 99.7.4予定
《吉野川・第十堰をめぐる経緯》
1752年 第十堰が築かれる
1982年 「吉野川工事実施基本計画」が改定され、第十堰の改築が盛り込まれる
88年 建設省が実施計画調査に着手
90年 下流域2市6町で「第十堰建設促進期成同盟会」が結成される
95年 地元意見を聞いて計画を再評価する「吉野川第十堰建設事業審議委員会」が設置される
97年 県議会と徳島市議会で可動堰への早期改築を求める意見書を可決
98年7月 審議委が14回目の会合で「可動堰計画は妥当」との結論をまとめる
同年11月 徳島市の市民団体「第十堰住民投票の会」が住民投票条例の制定を求める署名活動を展開
同年12月 藍住町でも住民団体が条例請求の署名活動
99年2月 徳島市と藍住町で臨時議会が開かれ、ともに条例案を否決
同年4月 徳島市議選(定数40)で住民投票に賛成を掲げる22人が当選し、過半数を占める
同年5月 建設省徳島工事事務所が、従来説明してきた「上下開閉式」に加えて二つの代替案を公表
同年6月21日 市議会に賛成会派から二つの住民投票条例案が提案され、公明党案が可決される
 
 
 
 
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