1999/03/21 読売新聞朝刊
熊本・川辺川ダム 計画33年、来年度本格着工へ 将来像の視点欠く(解説)
◆地域と合意形成が必要
建設計画発表から三十三年たった熊本県・川辺川ダムが来年度本格着工の予定だ。長期化した公共工事の問題点が集約されている。
(熊本支局・西野浩平 編集委員(西部)・勝方信一)
日本三大急流の一つ、球磨川に注ぎ込む川辺川のエメラルドグリーンの川面は、息をのむ美しさだ。建設省は一九六六年、そこにダムを建設する計画を発表した。六三年から三年連続して洪水によって人吉市などが大きな被害を受けたことなどがきっかけだった。
ダムは堤長約三百メートル、堤高百七・五メートルと九州で最大級。ダムができると、「五木の子守唄」で知られる上流の五木村では中心部の五百戸近くが水没する。同村ではすでに、水没する家屋の代替地造成などが進められている。
公共工事見直しによって他の多くの工事が中止や休止に追い込まれるなか、同省は来年度予算に漁業補償費を含む川辺川ダム関連費百五十一億円を組み、本体着工を目指すことを明らかにした。
だが、問題はあまりに多い。海に流れ込んでいた養分がダムでせき止められてヘドロ化し、川が濁ることが懸念されている。地元の住民団体や首都圏の市民ら四千人が昨年、計画に異議申し立てを行い、建設中止を求める声が高まっている。
球磨川漁協も二月の通常総代会で、「絶対反対」の方針を再確認している。同省は漁協の同意取り付けを急いでおり、漁協の出方が注目されている。
完成したダムを水源とする農水省のかんがい事業「国営川辺川総合土地改良事業」でも訴訟が続いている。原告、補助参加者は事業対象農家の半数を超す約二千人にのぼる。減反など農業をめぐる状況の変化が背景にある。
問題の根本は、洪水を防ぐのに巨大なダムが不可欠かどうかという点にある。
反対派は球磨川の河川改修や過去に伐採された森林の回復が進んでいることなどを理由に挙げて、ダムの必要性に疑問を示す。一方、建設省は「河川改修とダム建設は一体で完了する」と主張する。流域の十九市町村は「建設促進協議会」を組織、議会は促進の意見書を採択している。
かつて激しい反対運動を展開した同村の住民は八二年、本体工事を除いて建設に同意した。「下流の住民のために」という苦渋の選択だった。村の将来に展望が持てなくなったことなどから、これまでに約三百六十戸が離村した。
◆「まずダムありき」
残った村民の一人は「まずダムありきだった。そのために技術と用地の専門家はきた。しかし、村をどうするかという総合的な政策はなかった」と振り返る。「もう工事の仕切り直しを考える勇気は私たちにはない」とも言う。
漁協の同意なしに国道や村道の付け替えなどの先行工事が行われてきたこと自体、地域の将来に対する総合的な合意形成が乏しいままに計画が進められてきたことを示す。
超党派の国会議員による「公共事業チェックを実現する議員の会」は、長期にわたる工事計画を中止した場合、同村のように大きな影響を受けた地域に補償する方法がないかどうか、作業部会をつくって検討を始めた。
公共工事の是非は、環境コストなども含め、地域の将来に有益かどうかという観点で判断しなければならない。川辺川ダムの問題は、関係者との交渉についての従来の“各個撃破”方式の問題点と、冷静な論議の条件づくりの必要性を示している。
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