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1999/08/12 読売新聞朝刊
熊本・川辺川ダム建設問題 流域の環境変化、必要性再検討を(解説)
 
 子守歌で知られる熊本県・五木村中心部を水没させる川辺川ダム建設問題は、これまで反対してきた漁協の方針転換で新たな段階に移る。
(編集委員(西部)鶴岡憲一 熊本支局 西野浩平)
 計画から三十三年もたつのに、流域住民の合意を得られず、本体着工を始められない同ダム(有効貯水量約一億六百万立方メートル)の建設問題は、全国のダム計画見直しの中でもシンボル的なケースの一つになっている。
 だが、ダム建設に反対してきた球磨川漁協が十日、建設省との協議を始めることを決めたことにより、事態が動きだす可能性が出てきた。
 とはいえ、ダム建設そのものに関する議論や疑問が解消するわけではない。その理由の一つは、同省が各河川ごとに現在進めている治水基準流水量の見直しの結果、ダム建設計画の見直しも必要になってくる可能性があるという事情である。
 この件は、中村敦夫参院議員が今年一月、国会に提出した質問主意書に対する政府の答弁書などで明らかになった。
 算定中の治水基準流水量は、現行の整備計画の基にしている数値と異なる可能性があるが、その際には現在のダム計画の見直しが必要になってくる場合があり得ることを、同省九州地方建設局が認めているのだ。
 また、一九七二年の洪水以降、流域の治水性能が大幅に向上しているという事情もある。
 建設省のデータによれば、七二年の洪水と比べ、九五年に起きた洪水の際の短時間雨量や人吉市でのピーク流水量はほぼ同規模だが、被害は劇的に減っているのである。その原因について同省は「河川改修の効果と、流域の森林が成長して雨水をためる能力が向上したため」と説明する。それほどの治水性能の向上という事実は、「より治水性能をアップさせるのに、どうしても巨大ダムでなければならないのか」という疑問が生まれる要因にもなっている。
 同ダムのもう一つの主要目的である「農業用かんがい」にしても、国のコメ減反政策で水の需要が減ってきたことなどから、地元農家の半数近くがダム建設に反発し訴訟にかかわっている事実は、利水という目的も合理性が希薄化してきていることを示している。
 同省が進めてきた河川整備は、九六年の河川審議会の答申などを経て軌道修正されつつある。その考え方の大きな特徴は、河川に対する価値観の変化に対応し、河川整備を治水や利水といった機能の面だけで進めるのではなく、河川環境をも考慮していくという方向付けだ。
 加えて、国は財政危機を背景に、予算計上から五年を経た公共事業の必要性を見直す“時のアセスメント”を実施。昨年度は三つのダムを含む六十八事業で中止や計画縮小などの見直しが行われ、今年度も九十二事業が見直される。
 川辺川ダム計画も、時代の流れのなかで建設目的が薄まってきた状況にあるだけに、完成までに計二千六百五十億円を投入する意味があるのか、ダム以外の対策でも対応可能なのかを改めて検討する必要がある。
 
《球磨川(川辺川の本流)の水害比較》
  72年 95年
流域平均2日雨量 401ミリ 447ミリ
人吉ピーク流水量 約3900立方m/秒 約3900立方m/秒
死者 2人 0
損壊・流失家屋 64戸 1戸
床上浸水 2447戸 125戸
(建設省資料から)
 
 
 
 
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