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1997/06/15 読売新聞朝刊
細川内ダム建設計画撤回 公共事業見直しで住民の意思反映(解説)
 
 地元の反対で暗礁に乗り上げている徳島県木頭村の細川内ダム建設について、亀井建設相はこのほど計画を白紙に戻し、現地工事事務所を廃止すると表明した。大規模公共事業の見直しの第一歩として注目される。
(地方部・石原健治 小山守生)
 細川内ダムは総貯水量約七千万立方メートル。那賀川の洪水対策や都市用水確保などのため一九六〇年代後半に構想が浮上し、七二年、事業に着手した。
 しかし、村の反対は根強く、村議会による反対決議は十回を数え、九四年には全国初の「ダム建設阻止条例」が制定されたほど。これまで総額五十四億円を投じながら事業は事実上、ストップしており、ダムや堰(せき)建設を巡る反対運動のシンボル的存在と言われる。
 その白紙撤回で注目されたのが、建設相の「地元の方々の治水、利水を総合的にどうするかという意思を優先すべきだ。村長が『待った』と言っている以上、尊重しなくては」という言葉だった。
 長年掲げた「建設推進」の旗を降ろす理由として、「地元の意思」を明言したからだ。
◆ブレーキなき事業
 「公共事業にはブレーキがない。いったん決めたら、何が何でも進めてきた」と法政大の五十嵐敬喜教授(行政学)が批判するように従来のダム建設などは強引だった。
 例えば、六〇年代初めの熊本県では、下筌(しもうけ)ダム建設に反対する住民の土地が強制収用された。八〇年代には、苫田ダム建設に反対する地元・岡山県奥津町が道路事業などの補助金を削られ、二人の町長が「死刑囚といえども処刑までは食事を与えてくれる」などの言葉を残して相次いで辞任したことさえあった。
 こうした手法が地元の強い反発を招いたことは否めない。群馬県の八ッ場ダム、大分県の矢田ダムなどの大規模計画が、二十年以上たっても本体工事に入れないのも同じ背景があるからだ。
◆河口堰問題転機に
 だが、全国的な論議を呼んだ長良川河口堰問題を機に、公共工事の在り方が変わり始めた。
 環境破壊に対する強い懸念や、巨費に見合う事業効果がないという税金の無駄遣い批判の中で、建設省は、主要なダム・堰計画について見直す「ダム等事業審議委員会」を設置。その答申を踏まえて昨年、青森県・小川原湖淡水化計画を「需要が見込めない」として撤回、栃木県・渡良瀬遊水池の貯水池計画も水質問題を理由に凍結した。
 そして、今国会で先月二十八日に成立した改正河川法では、治水と利水だけだった河川管理の目的に環境保全が加わり、計画決定手続きに住民参加の道を開いた。賛否はあるが、河川行政は確実に変わりつつある。
◆住民に情報公開を
 こうした状況の中で、細川内ダムが地元の意思で計画撤回に結び付いた意味はとくに大きい。
 「住民の声をずっと無視してきた。当然のこと」と藤田恵・木頭村長。五十嵐教授は「他の公共事業にかなりの影響を及ぼすと思う。将棋倒しのように(他の事業にも)一気にメスが入る前触れになるかもしれない」と指摘する。
 住民参加は今や時代の要請でもある。その上で「計画段階でもっと情報公開し、データをもとに議論すべきだ」と河川審議会委員を務めた芝浦工大の高橋裕教授(河川工学)は強調する。
 国民にとって何が本当に必要な事業なのか。住民に情報を公開し、同じ土俵で話し合う姿勢が求められている。
 
 
 
 
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