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1995/05/23 読売新聞朝刊
[社説]長良川問題になにを学ぶか
 
 巨費を投じた長良川河口堰(ぜき)の運用が本格的に始まることになった。
 はんらんの歴史のある長良川の流域住民や自治体にとって、治水は重要な問題であり、それが運用に踏み切らせたといえる。が、この河川は、流域を超えた国民的な財産でもある。地権者や周辺自治体の同意を得れば、工事が進む時代でもない。
 治水と利水を目的とした河口ダムの構想から三十五年、この間に巨大事業をめぐる社会経済情勢は、すっかり変わってしまった。公共事業、ひいては建設行政のあり方そのものが問われている。
 高度経済成長をベースにした工業用水の需給計画は、見込みが狂って現実とかけ離れてしまった。一方で、自然環境の保全についての関心の高まりがあり、事業の是非をめぐって論議が続いてきた。
 野坂建設大臣が提唱し、この三月から四月にかけて行われた円卓会議は、確かに賛成、反対双方から広く意見を聞くための、一つの手法ではある。
 が、座長に権限を与え、一年をかけて共通の理解を築きあげた成田の円卓会議に比べると、拙速の感が否めない。せっかくの試みも、いったん始めた公共工事を見直すことの難しさを印象づけた。
 建設省によると、全国で約三百のダム建設プロジェクトがあるという。反対運動が起きているところもある。清流を守るために二十年以上も運動を続けている徳島県・木頭村では昨年、「ダム建設阻止条例」をつくって対抗している。
 事業が事実上完成してから、ようやく話し合いの場が持たれるのでは遅すぎる。反対する側の声に耳を傾けるのに、これまでの建設省の態度は硬すぎた。
 公共事業に環境の視点を盛り込んだ同省の「環境政策大綱」は前進といえるが、それには広く意見を聞く姿勢が求められる。長良川で遅まきながら実現した環境調査とその公表、円卓会議方式の考え方をどう定着させていくか、今後の課題だ。
 五十嵐官房長官が建設大臣の時に提案した公共事業のチェック機構の考え方もわかる。もっと必要なのは、事業の計画立案段階からの環境影響評価ではないか。
 法律で広範な環境影響評価が行われている欧米に比べ、閣議決定とはいえ要綱による評価にとどまっているわが国の制度は弱い。環境庁を始め関係省庁は、法制化に向けて積極的に取り組むべきだ。
 利水などに必要でも、地元の実情にあった規模に抑えるきめ細かさが望まれる。ダムをつくって自然や景観を失い、過疎に拍車がかかった所も少なくない。
 仁淀川にダムをつくって、今、苦い思いをかみしめている高知県・吾川村の藤崎富士登村長は「山をしっかり守れば、ダムをつくらないですむケースも多いのではないか」という。水資源対策として、保水力の強い山林の育成も欠かせない。
 長良川では、なお夏場の魚類などへの影響や防災面での調査を要する。推移を注意深く見守って、細心の河口堰の運用が求められることはいうまでもない。
 
 
 
 
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