日本財団 図書館


これから
串間 美香(国際医療福祉大学保健学部看護学科4年)
 私が国際保健協力フィールドワークフェローシップに参加するきっかけとなったのは、大学の教授が声をかけてくださったという偶然からでした。フェロー参加者を毎年募集しているということだけは知っていましたが、その内容までは全く知らなかったのです。さらに、今年の参加希望学生に、特別英語ができる人材がいなかったという幸運もあり、私が参加することができました。
 私は来年度から助産師の臨床経験を積む地として、私の地元を選択しました。これまで出会った人、出来事を通して「自分のルーツ」について考えたとき、私の生まれ育ったところにもう一度戻って経験を積んで、できることなら私の力を還元していきたいと思ったからです。ツールさえあれば、情報はどの地にいても掴むことが容易にはなったとはいえ、一つの地にいるということは「井の中の蛙」になりがちです。そうならないためにも、自分の視野を広く持つために、フェロー参加という幸運にも与えられたチャンスを生かしたいと強く感じました。また、開発途上国は数十年前の日本と似た状況にあるといえます。医療保健活動の普及・向上により、数十年前の混沌とした日本は現在の日本になることができました。その日本が、現在開発途上国に対してどのような協力を行っているのか、特に母子保健活動の現状と対策はどのようなものであるのかということを、現地でじかに感じ、学びを深めたいというのが私のフェロー参加の動機でした。
 しかし、国内・海外研修に身をおくと、私は研修における私の存在意義がわからなくなりました。「私は何をしにきたのだろう?」―気がつくといつもそう考えていたような気がします。そして上記の動機には到底たどり着けないことがわかりました。というのは、それ以前に「自分との対話」が私には必要だったからです。自分とは何なのか、バルア先生の言葉をお借りすると5つのself identityについて、日々あふれる情報に身を投じることなく流され続け、むしろ逃げ腰であった結果なのでしょうか、私は自分について本当に理解していなかったことに気づきました。それに気づかせてくれたのは、諸先生方の講義であり、専門指導員の二人の先生であり、何よりもフェロー参加者との会話でした。対象者にとっての生命力消耗の原因は何であるか、対象者の立場に身を投じることによってそれを理解しようとすること、それが私の考える「看護」であり、最後になって「看護学生」である「自分」を出すことができたのではないかと思っています。
 
 この研修は、これからの自分にとって大事な要素を与えてくれました。
 「Self identity」−バルア先生
 「自分の物語(存在意義)を作るために人は遅かれ早かれ悩み、そうした姿は何をするにおいても『自分』として滲み出る」−尾身先生
 この研修がなかったら会うことのできない先生方、かけがえのない貴重な経験の中で私が特に心に残った言葉です。
 さらに、
 自分のルーツを知り土台を築くこと
 自分と自分の環境に関心を持ち続けること
 自分にとって「看護とは何か」を追求し続けることを大事に育てていきたいと考えています。
 
 最後に、毎年一年かけて研修内容を吟味し私たちに提供してくださった笹川記念保健協力財団、研修に同行して研修内容をサポートしてくださった泉さん、私が研修に参加するきっかけを与えてくれた国際医療福祉大学の諸先生方、私が研修前に悩んでいたとき話を聞いてくれた友達や家族、研修中に様々な形でかかわって下さった現地の方々、研修中、私たちが道に迷わないように叱咤激励して下さった吉川先生、菅野先生、そして13人のフェロー参加の皆様、全ての方に対し言葉にならないくらいの感謝の気持ちでいっぱいです。言葉にならない部分は、この研修を通して得たことを、これからの私の人生にフィードバックしてはじめて還元できるのではないかと思っています。
 本当にありがとうございました。
 
 
フェローシップに参加して
武山 恭子(大分医科大学4年)
 百聞は一見にしかず、Seeing is Believingということわざがありますが、私にとってはSeeing is Confusingだったように思います。フェローシップの間、外界から入ってくる風景や顔や言葉の嵐に圧倒され続け、内面では動揺の波に飲み込まれていました。しかし、とにかく楽しく、そしていつになく素直な自分がいました。一番の収穫は自分との対話が始まったことだと思います。意外にも結果として、将来の選択肢のひとつとして残しつつも逆に国際保健でなくてもいいかもしれない、と思うようになりました。もうひとつは、心の純度を上げて生きる必要性を再確認したことでした。
 
 今まで私はずっと国際協力に興味を持ち、進路の希望としてそれだけを考えていました。今回のフェローシップ参加の動機も種々の国際機関の現実を見てみたい、という単純なものでしたが、自分にプライマリーヘルスケアの概念や、臨床家として携わる際の設備の違いが頭になかったことなど、次々に問題が与えられました。次々と疑問が生まれ、自分と「なんとなく」抜きで向き合わざるを得なくなりました。「水は沸かして飲みましょう」という教育が必要とされているところに医師免許まで取ってわざわざ行くより、自国で医療に従事したほうが役に立てるのではないか。臨床ではなく、体制から変える行政アプローチのほうが早いのではないか。しかし、自分は臨床を離れてマネージメントをしたいのか。プライマリーヘルスケアの重要性を学んだり、友人と語るうち、国が違い問題が違っても根本的な「やるべきこと」は同じではないかという思いを持ちました。途上国でも日本でも、同じくらい役に立つことはできるでしょう。医療よりもっと広い概念として整えるべきこと(教育や衛生の面など)が根底にあるのではないか。答えのないことをたくさん語る晩が続き本当に睡眠不足になりました。そのほか、国益と人道主義、幸せの主観、自己満足と国際協力の理由についてなど、メンバーとたくさんのことを本音で語ることができました。
 
 今回、自分に対する一番根本的は疑問となったのは、なぜ日本でなく国外なのか?でした。そもそも、私が国際協力をしたいと思ったきっかけも、予防接種1本で助かる命があることが気になってしょうがなくなってしまったからです。もちろん異文化への興味や刺激もありますが、途上国を見て貧富の不公平を知って以来、「原罪」にも似た思いを背負って今まできました。しかし、今回フィリピンを見てみて、自分は目に見えて分かりやすい「モノ」のなさや貧困にばかり目が向いていたような気がしました。確かにフィリピンの貧富の差は目を見張るものがあります。それでも貧困イコール不幸、ではないこともよく知っていたつもりでした。しかし、他ならぬ自分が物質の幸せばかり肯定し、「モノ」に執着していたのではないか?という思いをぬぐえないようになりました。
 ここまで来ると、私たちが皆でとりとめもなく語ったように、議論は「幸せとは何か」という哲学的な内容にまで及んでしまいます。うまく説明できませんが、フィリピンに実際に足を運ばなければここまで内省する機会を得なかっただろうと思いました。結果として、がむしゃらに向かっていたはずの目標がリセットされることとなったのです。別に現実を見て逃げ腰になったのではなく、まずは自分とよく対話して進路を決める大切さに気がついた、ということが大きかったと思います。社会のニーズや自分の適性も合わせつつ、何よりも自分の「好きなこと」と一致できたら良い。焦らなくてもいい。もう少し自分に問いただしてみたい。そのように思ったとき、長い間決めこんでいた進路が振り出しに戻りました。一見、後退のようですが足元を固める良いスタートになったと思います。今回、国際協力を語る際に魚を与えるのではなく魚の捕り方を教えるという例えが繰り返し出てきたのですが、進路を求める私自身にもまさに、それをしてもらったのかもしれません。
 
 もう一つは人間性がいちばん大切、という当たり前のことの再確認でした。私自身この11日間、睡眠不足や英語ストレスで情けないくらい自己中心的な自分と向き合わなければならない旅だったと思います。そしてWHOの尾身先生がおっしゃっていたように、交流の輪の中や一言一動の中にも自ずとその人が現れるのを目の当たりにし、深く考えさせられました。
 一方、素晴らしい方々にも多く出会うことができ、たくさん感動した旅でした。今回の経験を通してマナーひとつにしろ、身のこなしにしろ、相手へのrespectや思いやりから自然に出てくるものであり、それが心にそなわっていればマニュアルなどいらないことを痛感しました。学生主催のレセプションやお世話になった方々の接待など、かなり自主的に考え行動することが要求されるプログラムでしたので、日ごろに自分の社会性などを振り返る良い機会となりました。はじめは受身だった私たちも、かなり鍛えられたと思います。メンバー同士の関係に始まり、途上国の人がどうこう、国同士の付き合いがどうこうという話がよく出ましたが、どこで何をしようとも結局ミクロで見ると自分vs相手、人間vs人間だということは変わりません。出会う一人一人との関係を大事にできる丁寧な人間になろうと心から思った旅でした。まずは自身の人間や価値観をきちんと作り、足下を固めなければどのような仕事もできないでしょう。
 
 今回特に考えたのですが、そもそも愛や誠実さといった根本的な原則は世の中を渡っていくのに要領が悪いように見えたり、「きれいごと」だと思われがちです。しかし、結局それらは絶対に私たちを裏切らない、むしろそれらが原点である、と再確信しました。皆と語りつくした結果煮詰まったのかもしれませんが、出会った方々の姿を通して実感することが大きかったと思います。「良い」仕事をするためには要領や方法といった枝葉ではなく、どこか根底に純粋な思いが流れている状態でいたいと思いました。クオリティの高い働きは「たどりつくべきもの」というより、何歳になっても真摯な気持ちのままでいることの副産物なのかもしれません。特にお世話をしていただいたバルア先生や尾身先生の話などに心打たれ、原点に戻ることができたように思います。寝る時間もなく、ともすると真っ向から語るのは照れるようなことを一緒に語ってくれたメンバーの皆さんに本当に感謝しています。
 
 これからどのように貢献できるか、何をしていくかは柔軟に構えていきたいと思っています。今の気持ちを持ち続け自問しつついきたいです。とりあえずできることとしてはこの体験を独り占めしないことでしょう。密度濃く感情の波大きく睡眠短かった(!)11日間は今もまだ消化できていませんが、もしかしたら思い出をひもとき自分なりに答えを見つけるのはずっと後なのかもしれません。今はただ感謝の気持ちでいっぱいです。
 最後に、企画してくださった方々、笹川記念保健協力財団、引率・同行者の皆さま、出会えた関係者お一人お一人に感謝します。また、特に陰でサポートして下さっていたたくさんのお顔の見えない方々、大学や実家で見守っていてくださった先生、友人、家族に感謝します。どの方が欠けてもこれだけの実りはありえなかったでしょう。ありがとうございました。
 







日本財団図書館は、日本財団が運営しています。

  • 日本財団 THE NIPPON FOUNDATION