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呉−竹原地区小型船安全協会の船出と会員増強について
呉−竹原地区小型船安全協会会長 庭田雄二
(社団法人 瀬戸内海小型船安全協会副会長)
 
§ 呉−竹原地区小型船安全協会の船出
 本年6月23日の呉小型船安全協会の総会において、「呉地区小型船安全協会」は「呉−竹原地区小型船安全協会」に改称する事が承認されました。
 名称を変更して、新しく船出することになったのは、次の理由によります。
 (社)瀬戸内海小型船安全協会全体として会員数の減少が懸念されている現状から、呉地区としても本年は何とか会員増に転ずる努力する所存であり、その一環として地区名の改称を行ったものです。
 当協会のエリアは呉海上保安部の管轄区域と同じで、西は呉市と坂町の境界と江田島の屋形石を結ぶ線から、東は竹原市と三原市との境界と愛媛県大三島の北端鳥取岬を結ぶ線の間で、直線で約45km、海岸線で約70kmと東西に長い範囲です。従って呉地区と称したのでは呉保安部管内と言うだけで、東の拠点である竹原市を無視した形になり全く実態を表していない事になります。
 現に、呉保安部、呉税関支所、呉・広・江田島・音戸・竹原各警察署等が推進していますD・G・S・S(銃砲・薬物・密航者水際阻止ネットワーク)では設立の時から「呉−竹原地区D・G・S・S」との名称でスタートしています。
 東の拠点として竹原市を重視する理由は勿論会員増強にあります。竹原地区には2〜3のマリーナも有りますし、多数の遊漁船もいます。そしてそれらの遊漁船が昭和50年代から独自に「竹原地区小型船舶連合会」と称する団体をつくられ、約250名以上の会員により組織化されています。呉地区小型船安全協会としましては呉保安部と共に従来から竹原で安全講習会を開くなど色々と協力させてもらっていましたが、竹原地区は何分距離もありますので、今後は竹原地区独自の事業も推進していただきながら、協力して組織の強化を図りたいと考えています。
§ 呉地区における会員増強について
 全国海難事故件数でプレジャーボートが漁船を抜いてワースト1になって久しくなりますが中々改善の兆しが見えない中で、本年6月1日から新しい小型船舶の免許がスタートし、小型船舶操縦者の遵守すべき事項が新たに詳しく規定されました。制度面の強化で海難事故防止を図ろうとするもので、それはそれなりに必要なことでしょうが、本来安全の確保と言うものは自分自身が認識してより安全な方法を実行すべきものではないでしょうか。その意味でも、より多くの小型船操縦者が小型船安全協会のメンバーとなり、皆で自分自身の「安全の自己規制」を実践する事が本来最も望ましい姿だと思います。
 しかしながら、小型船安全協会の会員数は、理想的姿とは裏腹に年々減少の一途をたどっています。先般開催されました平成15年度の(社)瀬戸内海小型船安全協会の総会で問題になりましたように、個人会員数は平成9年の6,972人を境に年々減少しており、現在では4,983人でピーク時より約2,000人も減少しています。この会員の減少の傾向は、傘下10地区小型船安全協会全てに言えることです。
 理由は色々有ってのことでしょうが、この急速な会員減少傾向を早急に食い止めなければ組織の存亡に関わる重大な問題になりかねません。そして更に、会員増に転換しなければ小型船安全協会の将来は無いと考えなければなりません。
 呉地区につきましては、平成9年のピークの252人から現在227人と28人の減少(11%減)と他地区に比べて最小の減少率でした。しかし、呉地区の個人会員数200人台は他地区に比べ少なすぎます。10地区小型船安全協会で一番個人会員の多いのは山口県内海地区の1,223人、2位が香川県地区の961人、3位が広島地区の665人、呉地区は10地区中8番目です。
 呉地区小型船安全協会のエリアは東西に海岸線70Kmと申しましたが、更にその沖合、大三島の西岸から大崎上島・下島、上・下蒲刈島、倉橋島を含み、江田島、東の能美島の東岸から広島湾小柱島東端の線で広島保安部管内と接し、南は安芸灘安居島を境に松山保安部管内と接する広大なエリアです。それらの海岸線の長さを合計しますと、優に六管本部随一を誇る海岸線を有するエリアとなります。又、呉市は本年4月下蒲刈島町と合併しましたが、平成17年度までに周辺の川尻町、島嶼部の豊町、豊浜町、蒲刈町、音戸町、倉橋町とも合併して、全国で二番目に長い海岸線を持つ都市となるとのことです(一番は佐世保市)。
 それだけ長い海岸線を持つ呉地区としましては300人はおろか4〜500人程度の会員はいても決しておかしくないと考えます。これは飽くまでも努力目標ですが目標は高く持って努力したいと思っています。
 とは申せ、会員増強はそんなに簡単にできるものではありません。今までに何度トライしたことでしょうか・・・?会の内容を説明して入会をお願いすると、決まって返ってくる言葉は“入会しても何のメリットも無いではないですか・・・”です。“小型船安全協会に入会して皆で安全の自己規制をし、事故の無い楽しい海を実現するために・・・”等とお題目を述べてもほとんど耳を貸してもらえないのが実情です。
 先般、8月14日の宮島花火大会は、広島海上保安部の事前のPRや当日の厳戒態勢など並々ならぬご努力により、本年は無事故で終了した事は真に喜ばしい限りですが、それほどまでに指導や規制を受けないと昨年までのような事故が起こるのでは寂しい限りです。小型船操縦者のマナーの悪さ、安全意識の欠如については、もっともっと啓蒙する必要があると思います。
 ボート・ヨットの安全意識で思い出しますのは、今から3年前、2000年のニュージーランドでのアメリカズカップレース観戦のときのことです。
 3,000隻とも4,000隻とも言われるほどの観戦目的のヨット・モーターボートやフェリーがレース海面に散らばる中で、それらを規制しているのはたった十数隻の24〜25ft足らずのRNCF(Royal New Zealand Coastguard Federation)のパトロールボートだけでした。このRNCFと言うのはニュージーランド全域で57箇所の基地を持ち24時間体制で警備救難に当っているボランティア団体との事にて先ず日本との違いに驚いたのですが、それよりも、広いレース海面に散らばる数千隻の観覧船が潮に流されて規制のブイの線から出るのを、それらの数少ないパトロールボートが、まるで羊の群れを牧羊犬が追うように見事に規制線の内側に追い込む手順でした。日本の巡視船艇のようにスピーカーで規制することなく、パトロールボートが黙って近づくと観覧船側はそそくさとエンジンをかけて内側に入ると言った光景には全く感心させられました。
 私どもが初日に観覧に沖に出たレースは、結局風が無くてノーレースとなり、終日海面をフラフラしただけでオークランドのハーバーへ引き上げましたが、それからが大変な見ものでした。朝、レース海面に赴くのは各自ばらばらですが、レースが中止と決まった途端にそれら数千隻の観覧船艇が一斉にオークランド周辺のヨットハーバー、マリーナに向けて走りだすのですからそれは見事なものでした。丁度広島と呉の沿線と江田島よりまだ狭いくらいの狭水道、レース海面からの距離も広島・呉間程度のところを先を争って走るのですから、海面は引き波で泡立ち真っ白に見える位でした。これは凄い事になるかもしれないと固唾をのんで見ていましたが、何の事は無い、するすると各自のハーバーに納まり全く拍子抜けの感でした。
 そこで考えたのは、“これは海に関わる歴史と伝統そして文化の違いかな?”と言う事でした。日本はせいぜい親の代からボートに親しんだ位(それも数少ない人のみ)なのが、この国ではお祖父さんの時代いやもっと前の時代から海に親しんでいるに違いないと思いました。
 先ほどのボランティアによるレスキューの件ですが、その元祖は英国のRNLI(Royal National Lifeboat Institution 英国王立ライフボート協会)だそうです。180年前に設立された民間のボランティア団体で、現在、英国とアイルランドの沿岸に229箇所の救命ボート基地を持ち、要請があればどんな荒れた海況でも救助活動をする団体だそうです。このRNLIのすばらしいところは、政府から補助金も干渉も一切受けていないと言う事です。2002年の年間予算は、1億300万ポンド(206億円)、救助費用は一切無料で、活動資金は全て寄付金と今までの蓄えられた基金によって賄われているとのことです(日本セーリング連盟機関紙J-Sailing No22 2002より)。
 日本でも水難救済会という組織は明治時代からありましたが、専ら漁船の海難のみに目が向けられていたものが、時代の推移と共に新たに脱皮して「水救会レスキューステーション」が組織され、活動が開始された事は喜ばしい限りです。
 海では、安全は自分自身で守る事が大前提であると同時に、まさかの場合は仲間同士が協力して救難に当たるという原則がシーマンとしての努めであることを忘れてはなりません。
 そこで結論になりますが、日本は海洋国とは言いながら海洋レジャーに目覚めたのは戦後しばらく経ってからに過ぎません。それまでは漁業国日本、海運国日本、造船王国日本という言葉はあっても、本当に国民全体が海に関心を持ち出してからの歴史は欧米の先進国に比べれば遅いと言えましょう。国民全体は海洋民族でなく海浜民族の域を出ていなかったような気がします。ですから、海洋レジャーに関する認識もせいぜい3〜40年の歴史しかないと考えるべきと思います。
 でも、だから海洋レジャーでのマナーの悪さや、安全に対する認識の甘さがあっても仕方が無いと言う訳には行きません。何とか努力して海洋先進国のレベルに追いつくように努力する必要があると思います。
 今後、益々小型船安全協会の使命が重要になることを再認識しながら、この稿を終わります。
 
 呉−竹原地区小型船安全協会では、7月16日付けで新しく7名の方の海上安全指導員の指定と3隻のパトロール艇の指定を受け、7月22日呉海上保安部長室で交付式が行われました。(事務局)
 
海上安全指導員手帳等交付式後の記念写真
[前列左から庭田会長、田中部長、竹川副会長、
江島次長 後列は新海上安全指導員の皆さん]
 
岡山県西部地区小型船安全協会 橋本典治
 
はじめに
 瀬戸小安協事務局から15年度の海洋教室について、岡山県西部地区小型船に打診があったのは昨年の暑い時期だったと記憶しています。折角の事業であり、お引き受けすることとしましたが、まだまだ先のことと思っていました。
 それが、あっという間に一年が過ぎ、今回の海洋教室の開始となりました。
 過去にもこのような海洋教室を実施した記憶はありますが何から手をつけていったらいいものか、海上保安部の担当官とも相談しながら企画を練っていくこととなりました。各役員、海上安全指導員方々の協力もいただける事となり、いよいよ準備に取り掛かる事にしましたが、岡山県西部地区の管内には子供たちを自由に遊ばぜる海域というものがなかなか見当たりません。まずは開催時期と開催場所探しから始めることになりました。
計画
 開催時期は子供が参加しやすいことを考慮して、夏休み時期に、場所は混雑する場所を避けて、施設がある程度整っている笠岡市にある私設のキャンプ場ではどうかとの案がでて検討することとしました。開催時期についてはすぐ決まったものの、開催場所のキャンプ場については、海上パトロールと併せて下見に行ったところ、海浜としては最高なのですが、安全パトロール艇を着桟させる桟橋もなく、また、陸上アクセスも不便であり子供を集めるには不適との結論に至り、あらためて検討しなおす事になってしまいました。
 そうこうしているうちに瞬く間に時間が過ぎ、少しあわてていたところ寄島町教育委員会でも、海洋教室を開催しているとの話を聞き、担当者と連絡を取ってみたところ、夏休み時期の体験教室は既に計画されており小安協の希望するスケジュールと合うものはありませんでしたが、こちらが計画している海洋教室の趣旨に賛同をしていただき、協力していただける事となり、山間部にある美星小学校の児童が体験学習に来ることから、海洋教室にさせてはどうかとの話がありました。
 まさに海洋教室の目的である。海事思想の普及にはもってこいということで、話しを進めることになったのです。
 今回の海洋教室には山間部の子供が集まることから、水島海上保安部の全面的な協力をいただき、消防船「すいりゅう」の放水展示訓練も見せていただくことになりました。
 安全パトロール艇の着桟桟橋は、寄島町漁業協同組合の桟橋を貸していただく事となり、海洋教室の内容を知った組合長さんから、漁業協同組合の事務所横にある魚市場を当日開けておくから使ってもいいということまで言っていただきました。
 また、消防船の展示放水訓練が見られると聞いた美星小学校の父兄の参加が増え、当初は5隻の海上安全パトロール艇に分乗する予定でしたが、急遽もう1隻増やして計6隻の安全パトロール艇の参加となりました。
 計画の概要は、美星小学校の児童と地元寄島小学校の児童、父兄約70名、海上安全指導員や海上保安部の職員等を含めると総員102名が参加し、7月27日(日)午前9時30分から12時30分の間、寄島町東部グランドと沖合い海域を使って、「体験クルージングと消防船すいりゅう放水展示訓練の見学」「消火、救助資機材取扱い」「蘇生法」「結索法」等を行うこととしました。
 
海上保安官による事前説明
 
本番
 7月27日は、梅雨が長引き開催当日まで雨が降り続くのではないかと思われたものの、ようやく梅雨も明け本格的な夏が訪れ、今度は暑さ対策を心配しなければならないようになりましたが、美星小学校の児童、父兄は約1時間余りかけて自家用車に分乗して午前9時ごろには集合場所に集まり、いかに楽しみにして来たかがよくわかりました。
 海上安全指導員の皆さんも、早々に集合し、9時30分の開始予定を少し早めて海洋教室を開催することとなり、まず、主催者である岡山県西部地区小型船安全協会を代表して、私が挨拶させていただきました。
 海洋教室は、まず安全パトロール艇による体験クルージングと消防船すいりゅうによる放水展示訓練の見学です。先に児童と父兄を班編成しておいた順番に、安全パトロール艇に乗船し、寄島漁港を出港しましたが、中には初めてモーターボートに乗った児童もおり、そのスピードと海原を走り抜ける快適さを充分に堪能したと思います。一通りクルージングを楽しんだ後、消防船すいりゅうの放水展示訓練を見学させていただきましたが、約15分のあいだ、いろいろな形を変えて放水するすいりゅうの姿は、良い想い出になったと思います。
 体験クルージング終了後は、実技訓練に移り、すいりゅう乗組員指導による「消防、救助資機材取扱い」、「結索法」を、日本赤十字岡山県支部蘇生法指導員による「蘇生法」を順番に実施していきました。
 「消防、救助資機材取扱い」、「結索法」は、実際に火災があったときは真っ先に出動される海上保安官の指導により、消火服を着用したり、空気呼吸器を被って体験する等真剣に受講しているのがとても印象的でした。
 「蘇生法」では、大人のダミーのほか、幼児用のダミーもあり、人口呼吸法を実際に体験しました。
 その後、すいりゅう乗組員の「近距離もやい銃」発射訓練を見学しましたが、発射音とロケット噴射により飛び出していくもやい銃の威力に2度びっくりさせられ、一呼吸おいて大歓声と拍手が沸き起こりました。
 引続き、海上安全指導員の「信号紅炎」発射訓練を見学し、実技訓練を終了しました。そして最後に、海上保安部担当官の安全講話をクイズ式で行い、夏らしくなった楽しい海洋教室を終了することが出来ました。
 
結索法訓練
 
終わりに
 今回の海洋教室においては、当初は、寄島町東部グランドを使用しての実技訓練を考えておりましたが、漁業協同組合市場の軒先を借りて実施できたことは、早朝より参加した美星小学校の児童や父兄たちの疲労軽減に役立ったものと思います。また、安全パトロール艇6隻プラス海上保安部の小型艇を一同に係留できる施設を確保できたのも寄島町漁業協同組合の協力なしでは考えられませんでした。
 海洋教室参加者の確保や、開催場所、係留場所の提供など、寄島町教育委員会や寄島町漁業協同組合の全面的な協力を得て実施することができましたが、普段からいろいろなところと意見交換し、つながりを持っておくことの重要性を再認識しました。
 待ちこがれていたであろう海洋教室、早朝からの多種の行事、児童、父兄の体験クルージング等海上への進出があったにもかかわらず、真剣な態度、新鮮な澄んだ目の輝き、子供達にとっても、又我々主催者側にとっても、忘れられない日となりました。事故もなく、楽しい海洋教室を終了する事が出来ましたことは、参加者、関係者、特に水島海上保安部の全面的な御協力があったからこそ無事に終えることが出来ました。心より皆様に深く感謝と、お礼を申し上げます。
 
消防・救助資機材の取扱い







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