せとかぜ 発行 平成15年9月5日 第49号
就任挨拶
第六管区海上保安本部長 本田隆文
本年7月18日付で第六管区海上保安本部長に就任いたしました。本田でございます。
社団法人瀬戸内海小型船安全協会の会員の皆様には、この広報誌「せとかぜ」で、初めてお目にかかることになりますがよろしくお願いします。
また、日頃から瀬戸内海・宇和海の各地域において、プレジャーボート等小型船舶の安全確保と秩序あるマリンレジャーの普及・発展のため、多大のご尽力をされていることに対し敬意を表しますとともに、深く感謝致します。
我が国のマリンレジャーは、欧米とは異なった労働習慣及び余暇に対する国民性の違いもあって、長期の休暇を得ることが難しい社会であったことや、海についても、主として生活、産業活動の場として利用されてきたことから、その普及は先進諸国の中でも特に遅れておりました。
しかし、近年、我が国も、国際化の波や若年層を中心とした労働・生活等に対する意識や価値観の変化とともに、余暇活動に対する多様なニーズが増大して、マリンレジャーの需要も急速に高まってまいりました。私ども、第六管区海上保安本部の管轄しております瀬戸内海及び宇和海は、気候温暖で静穏な海域、更に島々が織りなす美しい景観を有しており、マリンレジャーの活動の場として大変恵まれた環境にあります。
一方、この地域は優れた漁業資源を有する豊かな漁場であり、古くから様々な漁業が行われており、また、各種交通手段の発達した今日においても、我が国の海上輸送の大動脈として多くの船舶が航行しております。これらプレジャーボート等を含む船舶の海域利用の形態が複雑で過密なことから、海難発生の危険性が高い海域でもあります。
プレジャーボート等の海難に限り今年上半期の状況を見ますと、91隻であり、昨年同時期(75隻)に比べ大幅に増加しており、当本部としては、「海難ゼロ」を目指して、安全指導等の海難防止活動に更に力を入れて参りたいと考えています。
本年7月に当管内でプレジャーボート等6隻の転覆海難が相次いで発生し、6隻の乗船者29名全員が海中に投げ出され、うち28名は、付近航行中の小型船舶や救助に駆けつけた船舶によって幸いにも救助されましたが、1名が行方不明となり、後日遺体で発見されました。海難発生当時は、梅雨前線が活発に活動し、大雨洪水警報及び雷注意報が発令中でありました。梅雨前線による天候の急変や降雨による視界不良等が考えられたことから出港を厳に慎むことは勿論、気象・海象に十分注意し、天候悪化の際には早期避難に心掛けなければならないことは安全運航の基本であります。また、遭難者の救助・生還という観点からはライフジャケットの着用が不可欠であることは言うまでもありません。今回の海難では、乗船者29名のうち28名がライフジャケットを着用しておらず、統計上、ライフジャケットを着用していない海中転落者の約8割が死亡・行方不明者となっていることに鑑みれば、救助が少しでも遅れれば大惨事になっているところでした。
海上保安庁では、同種事故の防止のため、マリンレジャーにおける自己救命策として、「ライフジャケットの常時着用」「携帯電話の携行」及び「118番の有効活用」について指導を行い、一人でも多くの人を救助できるよう努力しています。
しかしながら、当管内には約8万隻にも及ぶプレジャーボートが在籍し、これらの利用者すべてに対する安全指導を、私どもの力だけで行うことはとても難しいことです。このため、287名の海上安全指導員の方を含めた5,000名を超える会員と226隻の安全パトロール艇を擁する貴協会及び各会員の皆様方に対しまして、海難防止活動への一層のご尽力をお願い申し上げる次第です。
最後に皆様方のご繁栄とマリンレジャーを安全に楽しまれますよう祈念して就任の挨拶と致します。
―航路に車線を引こう!―
大島商船高等専門学校 教授 辻 啓介
1 はじめに
前々回に「運転免許証も海技免許も常に携帯されていますか。」で始まって、前回「運転の心構えは、船の操縦も自動車の運転も同じです。」で終わりました。ぜひ、続きをということで、今回は「航路に車線を引こう!」とします。
まず、自動車を運転中に、中央線のある道路では右に出ないように運転しますね。道路の電柱は路側帯を示す白線の外側にありますよね。海には電柱はありませんが、厄介な暗礁という見えない障害物が存在します。皆さんは航路の中央や路側帯を示す白線が見えますか?「さて、ありもしない白線が見えるはずがないよ。」とは、言わないで下さい。船の操縦でも白線が見えないといけないのです。
前回も話ましたが、海上は自由航行が原則です。しかし、同じハーバーから目的地が同じ船は、同じところを航行することになります。距離的に最も短い経路を選んでいるはずです。皆さんもそうしていますよね。これが航路となります。特に狭い水道は各地のハーバーを出た船が集まってくるところで、多数の船が集中します。ここには、交通整理が必要で車線と同じように白線が欲しいですね。でも、実際に海の車線は引けません。引くことが出来ればノーベル賞ものかも知れませんよ!挑戦してみて下さい。
海上の白線について研究は進められています。現実味を帯びた研究もあります。しかし、現状では設備費が高くなるもののようです。直接ではありませんが、GPSを利用して海図に現在位置を示す方法もありますが、計算機の画面上であって海の上に線を引くわけではありません。
廿日市ポートハーバー
写真は、浮標を並べてハーバーの出口まで線を引いています。海の上の白線がイメージできますね。これが、現在の一般的な方法です。ハーバーではその管理者が引きます。瀬戸内海航路では、海上保安庁が中央浮標を並べて道だけを示しています。これらは、何らかの形で皆さんが設備費用を出している訳です。見えない電柱も灯台を設置することで、見えるようにしています。でも、これは大きな電柱だけです。これにも建設費や整備費がかかっているのです。では、皆さんが無料で海上の白線を引く方法はあるのでしょうか?頭の中で白線をイメージすることができますか?見えない白線をイメージする方法について、お話しましょう。
2 危険物に対して
針路前方に見えない障害物(例えば暗礁)があるとしましょう。さて、その障害物に乗り揚げないようにするために、皆さんはどうしますか?回答としては、「船位測定を行い、自船と障害物関係を確認する」が正解です。でも、実際には操縦に忙しいし、モーターボートのような小型船舶には、海図は積んでいても海図上で船位測定をするのは困難なことが多いはずです。では、どうすれば良いのでしょうか?
このような場合には、路側帯を示す白線をイメージしましょう。ここでは、最も簡単な3つの方法を示します。
(1)船首目標を持ちましょう。
真っ直ぐに船を進めようとする操船方法は、自動車で走行車線内を走らせると同じ行動です。自動車の場合は白線を気にしながら走っているでしょう。船の場合には、あの山に向かってとか、灯台に向かってとか言うように、進行方向に目標を設けてハンドルを握っておられますよね。これが船首目標です。
目標が船首方向になった時にちょっと操縦席前のコンパスを見て下さい。常に同じ度数を示していれば、真っ直ぐに航行している事になります。その時に、決めた船首方位よりも小さな度数を示している場合には、車線を示す白線よりも右側に出ていることになります。すなわち、右に暗礁等の障害物がある場合には、船首目標に向いたときの度数が目標の度数よりも小さくならないように操船することで、その暗礁に対しては安全であることになります。
暗礁の間を航行しようとするときには、図1のように、船首目標から両側の暗礁の方位角を海図から求めておき、船首目標が両方位角の間に来るように航行すればよいことになります。これが、自動車で言うところの車線内を安全航行する原理です。まさしく、車線をイメージした操船と言えるでしょう。
図1
(2)重視線を見つけましょう。
重視線とは、2つの目標が重なって見えることを意味しています。2つの目標が重なって見えるのは1つの直線上にいることになります。
(1)の方法では、いちいちコンパスを見るのが面倒ですよね。だったら、目標の方向に適当な重視線を探しましょう。航行計画を考えるときに、海図を見て下さい。進行方向に、適当に離れた目標が2つ以上あればできます。
図2の場合は、船首目標である島頂(島の頂上)の手前に、運良く灯台があります。このような場合には、重視線が最適です。島頂と灯台が重なって見えるように走れば真っ直ぐ航行していることになります。
島頂よりも灯台が左に見える場合は、この直線よりも右を走っており、右側の暗礁に近づいていることが察知できるのです。逆に灯台が右に見えれば、左に出ていることになります。
図2
(3)目標の方位線を使いましょう。
進行方向に(1)(2)のような適当な目標がない場合には、どうしましょうか?図3に示すように、目標からの暗礁方位(危険方位線と言う)を測り、その目標が危険方位線よりも安全側にいるように操船します。(1)の方法の応用です。
このような線を「危険物を避ける線」という意味で「避険線」と呼びます。道路で言えば車線の両側の白線に当るものです。危険物への接近を簡単に感知することのできる、航行安全にとっては非常に有効な手段です。
図3
3 交差点の確認
自動車を運転中に交差点を右折・左折するときには、交差点に入った事を無意識に確認してハンドルを回していますね。では、海の上では、どのようにして交差点に来たことを確認していますか?避険線を理解していただければ簡単なことですね。曲がりたい方向に避険線を設定して、安全な領域に入ったことを確認して、転舵すれば良いことなのです。
4 あとがき
今回説明した方法で、注意しなければいけない点を2つ上げておきます。
その第一は目標とする物標に移動する目標を使ってはいけません。浮標のように海面に浮いている目標は潮・風等の影響を受けて、範囲は小さいですが振れ回りしています。さらに、台風の後などでは、強風・潮流によって、位置そのものが変わっている可能性もあります。専門的に言うと「顕著な固定物標」であることが必要です。
第二は、コンパスに誤差があることです。磁石を使ったコンパス(磁気コンパス)には、もともと偏差という地球磁気の誤差があります。日本では約6度ほどの誤差があります。真北が約6度になるのです。もう一つ、自差という船体磁気の影響も受けています。磁石に反応する船体の影響ですね。これがちとばかり厄介な代物で、その船特有のものです。実際には、自分の船での自差の特徴を知っていることが必要です。
以上の点から考えると(2)の方法が有効であると思われますが、適当な重視線を設定するのは、そう簡単なことではありません。しかし、安全のためには、やはり航路の白線をイメージすることは大切です。
江戸時代の船長さんたちは、周囲の風景を確認して自分の位置を確認していたと言われています。小型船船長である皆さんも、江戸時代の船頭さんに習って、周りの風景を見ながら、自動車運転の経験を生かして、ぜひ、航路の白線が見えるようになっていただきたいと思います。
本文中に利用した写真は私が撮影したものです。また、図は長谷川健二先生著の地文航法(海文堂)を使用しました。
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