提言(4)
豊かな人間関係を育む教育
〜みやぎアドベンチャープログラムの実践を通して〜
宮城県第三女子高等学校 校長 光井 正
1 はじめに
「学校にこれ以上行きたくない」が35.8%だったものが1.9%に減少。朝起きて学校のことを思うときに「学校に行かなければと思うと悲しくなる」という答えが35.8%だったものが0%に減少。逆に「うれしくなる」という答えが13.2%から22.6%に増加。
これは、1983年に発表されたハーバード大学のDr. Marcus LiebermanとEdward Devosが2年間にわたりプロジェクト・アドベンチャー(以下、PAと表す)を実施しての調査結果の一部です。
平成10年4月に県教育庁生涯学習課に勤めていた当時の教育委員会の大きな課題の一つとして、中途退学、不登校などの数が全国平均を大きく上回っていたことでした。
単なる対症療法ではなく、未然に防ぐ対応策がないものか模索をしていたとき、教育次長に同行し、県立の青年の家を視察し、冒険ゲームの施設とその手法についての説明を聞き、「これだ」ということから、プロジェクト・アドベンチャー導入のきっかけとなりました。
2 PAの魅力とは?
新しい事業を始める上で大切な要素の一つとしては、理論がしっかりとしていること、明快で多くの人が受け入れやすいこと、測定効果が目にみえること、応用範囲が広いこと、指導者がいること、などが考えられます。
PAは、このような諸条件が複合的に加わっており、導入する上で非常に分かりやすいものでした。
PAは、仲間と協力して様々なゲームや課題を解決する中で、仲間を信頼し、思いやる心を育て、さらには自尊感情とかチャレンジ精神など積極的な生活態度を育てるという、アメリカで開発された体験学習法です。
参加者は自己や仲間を最大限尊重し、ゲームや活動に参加するかしないかは本人の意思を尊重し、もし参加しなくとも仲間外れにすることなくそのグループ内で何らかの役割が与えられており、そうゆう環境のなかで様々な活動(アクティビティ)を行います。
アクティビティの内容は、緊張をほぐすために行うもの(アイスブレーキング)、恥ずかしさを乗り越えるために行うもの(ディインヒビタイザー)、信頼関係を構築するために行うもの(トラスト)、課題解決のために行うもの(イニシアチブ)の4種類があり、参加者の活動を支援する人(ファシリテーター)がグループ内の信頼関係や参加者の一人ひとりの心身の安全に配慮しながら進めることになります。
PAの最大の特徴は、ゲームをやって終わりというものではなくて、ゲームの途中あるいは最後に「ふりかえり」をする事です。何が出来て何が出来ないのか。どうして出来たのか。出来なければ何が原因か、解決方法はないのか。出来てももっと別な方法がないのかなど、参加者は創意工夫をします。ファシリテーターは雰囲気づくりに配慮しつつ、参加者が積極的に取り組めるように支援します。更に、活動を通して、どう実際の生活の場面に生かせるかといったことを考えさせます。また、グループ内の信頼関係の醸成や個人の自己概念の改善を支援していくものです。
PAの最大の魅力は、仲間との信頼関係や思いやりの心が育ち、さらには、積極的な生活態度が育まれていくことです。
3 みやぎアドベンチャープログラムとは?
PAを通して、生徒同士の信頼関係を築き、思いやりの心が育ち、更には積極的な生活態度が養われ、ひいては学校不適応、いじめ、校内暴力、中途退学などの未然防止につながり、更に、学校生活を楽しく、前向きに送る気持ちにさせる方法として、有力な手法であると考えました。
そこで、宮城県教育委貝会はPAについて調査研究を進めて宮城県方式として確立するために「みやぎアドベンチャープログラム」(通称MAP)と命名し推進を図ることとしました。
4 PAを取り入れて生徒がどのように変容したか〜研究指定を受けた蔵王高校の実践から〜
平成12年度から宮城県蔵王高校に赴任をしました。県はPAを活動する上で必要な施設設備を設置し、蔵王高校をMAPの拠点校として調査研究を進めることとしました。
MAPの研究指定を平成11、12の2年間うけましたが、この2年間でえられた成果と課題について以下述べることにします。
(1)平成11、12年の2年間の取り組み
平成11年5月9日に県から指定をうけ、校内にMAP研究委員会を設置しました。メンバーは、教頭を委員長とし、体育科、生徒指導部、各学年主任とし、企画・運営、指導実践、調査記録の各部を設置し、組織化を図りました。
目標として「生徒の人間関係を構築し、生活しやすい学校環境を作りだす」ことで不登校生徒や中途退学者の減少を目指す事としました。
学校全体で取り組むためには、何よりも職員全員の共通理解と研修を重視し、理論と実践の積み重ねを行い、その後各クラス毎のLHRや授業などで実践していくこととしました。
校内研修会は、本校職員全員と他校有志職員を対象に、理論と実技を行い、講師はすべてPAジャパンの難波克己氏と2〜3名のスタッフにより行われました。
また、県の社会教育施設・泉が岳青年の家の冒険ゲーム体験会に学級担任を中心に6名、MAP推進事業指導者研修会には、冒険ゲーム参加者を参加させています。これらの研修を通じて各教員は着実に力をつけ、10月以降は本格的に体育の授業で各クラス週1時間、LHRは各学年月1回の割合で実施できるようになりました。
2年目は平成12年5月に発足した「MAP研究会」との連携を深めました。このグループは、PAについてより深く学びたいという意思を持った人達が集まった勉強会です。継続的な理論とアクティビティーの研修、VTRを使っての意見交換を行うなどの活動を行っていて、校長、教諭3人が会員として参加しました。
(3)2年間における成果
(1)アンケート調査から学年が進む或いは体験が増えるにつれて、生徒の反応がより肯定的になりました。これは、信頼関係を深める活動や課題解決型の活動を通して、思いやりの心、積極的な生活態度など内面的な強さが定着してきたものと考えます。
(2)教員の意識も2年目後半になるに従って意識の高まりをみせ、それに伴い生徒の反応が確実に肯定的になってきました。
(3)学校行事、全校集会、生徒総会などでは、発表者の話をよくきく姿勢ができてきました。
(4)3学年のアンケートによると、我々の目標「豊かな人間関係を築くこと」はほぼ達成されたとみてよいと思いました。
5 おわりに
MAPの実践をとおして豊かな人間関係を育む上での有効性や効果等を検証してみて、今後の課題や展望について考察をしてみました。
(1)PAの理論は分かりやすく、LHRや授業、PTA活動など幅広く活用できるし、他のカウンセリングやKJ法、エンカウンターなどと併用することで更に応用の幅がでてくる可能性が広まると考えられる。
(2)PAの理論を理解し、実践するためには研修と実践が大事であり、指導者の養成と研修制度の整備が大切です。本県では教育委員会が重点事業として推進を図っています。
(3)MAP事業は20〜30年の長期にわたる視点で推進していくことが大切であると考えています。カウンセリングが学校教育のなかに定着するまでにかかったと同じように息の長い活動を地道に行うという認識が必要と考えています。
提言(5)
特別支援教育の中で行動力を高める
東京都立王子第二養護学校 校長 鈴木敏郎
1 はじめに
我が国の障害のある子どもへの教育制度は、今大きく変貌しようとしている。これまでの障害の種類や程度に応じた特別の場における教育から、障害のある子ども一人一人のニーズに応じた教育へとその概念を変えていく、つまりこれからは、従来の特殊教育から特別支援教育へと転換を図っていくということである。
障害のある子どもは、盲・聾・養護学校をはじめ小・中学校の特殊学級や通級指導教室などで学んでいる。義務教育段階の児童生徒数は下表のように全体で約16万5千人であり、このうちの約7割の児童生徒が小・中学校において特殊教育を受けている。
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学校(級)数 |
児童生徒数 |
盲・聾・養護学校 |
993校 |
約51,000人 |
特殊学級(小・中) |
29,356学級 |
約82,000人 |
通級指導教室 |
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約32,000人 |
計 |
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約165,000人 |
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これら障害のある子どもの比率は年々増加しており、義務教育段階に占める比率は約1.5%(平成14年度)となっている。さらにLD(学習障害)、ADHD(注意欠陥/多動性障害)高機能自閉症などの児童生徒が通常の学級で学んでおり、文部科学省の調査によるとその比率は、全児童生徒数の約6%という実態が明らかにされている。また、特殊教育の対象となる子どもも、通常学級に約2〜3%程度在籍していると考えられる。
文部科学省は今後の特別支援教育について「従来の特殊教育の対象の障害だけでなく、LD、ADHD、高機能自閉症を含めて、一人一人のニーズを把握して、適切な教育や指導を通じて必要な支援を行う」と定義している。
つまりこれまで特殊教育の対象としてきた子どもたち(1.5%)と通常の学級に在籍する障害のある子どもたち(2〜3%)、LD、ADHD等の子どもたち(6%)を合わせると、10%にもなるのである。1.5%の特殊教育から10%の特別支援教育への大転換である。
2 特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議の「最終報告」
文部科学省の「特別支援教育の在り方に関する調査研究協力者会議」は、平成15年3月に「最終報告」を発表した。この中で、今後の特別支援教育の具体的な方向として、次のように提言している。
(1)障害のある子どもの多様なニーズに適切に対応するために、関係者や関係機関と連携して「個別の教育支援計画」を策定し、実施、評価の仕組みを確立する。
(2)教育的支援を行う人・機関を連絡調整するキーパーソンとして学校に「特別支援コーディネーター」を置く。
(3)都道府県レベルで広域特別支援連携協議会等を設け、質の高い教育支援を支えるネットワークを形成する。
また、特別支援教育を推進する上での学校の在り方として
(1)盲・聾・養護学校は、地域の特別支援教育のセンター的役割を担う学校として「特別支援学校(仮称)」の制度に改める。
(2)小・中学校の特殊学級や通級学級の制度を、通常の学級に在籍した上で必要な時間のみ特別な指導を受ける「特別支援教室(仮称)」の制度に一本化する。
3 教育システム転換の背景
このような大きな転換を行おうとする背景には、近年のノーマライゼーションの進展、障害の重度・重複化・多様化、医療等の進歩による生活上のハンディキャップの軽減、本人や保護者の教育に対するニーズの高まり、教育の地方分権の進展などがある。
また、通常学級に在籍するLDやADHD、高機能自閉症などの子どもに対する十分な教育的対応が図られてこなかったことも大きな背景の一つである。こうしたLD等の子どもに対する系統的、総合的な教育を行う体制を整備することが重要な課題となっているのである。
さらに、新たな教育システムを構築する際の条件整備に当たっては、国・地方公共団体の財政事情が大変厳しいことを踏まえて、今後の在り方を検討する必要があったことも背景の一つと考えられる。
4 小・中学校における特別支援教育の方向
小・中学校にはLD、ADHD、高機能自閉症に加え、従来から全般的に知的発達の遅れのある子どもたちが在籍している。これらの子どもたちを合わせると、在籍児童生徒の8%以上にもなる。どの学校にもこうした子どもたちが在籍していることから、学校全体が組織的・一体的に取り組みの体制を構築することが求められている。一人一人のニーズを把握して適切な教育を行うための計画を作成し、総合的な支援体制を確立することが必要である。
特別支援教育は、単に特殊学級等の制度だけを改革するのではなく、小・中学校に在籍する特別な教育的支援を必要とする子どもたちに対して、学校全体の支援体制が必要であるとしていることが重要である。
こうした学校全体の取り組みを推進していく中心となるのが「特別支援教育コーディネーター」である。その担当者は専門性の高い指導力を有し、他機関等との連絡・調整を担う力量や多様な子どもの教育を支える指導計画や個別の教育支援計画などの企画力が求められている。
5 おわりに
今回の制度改革は、既存の教育システムを子どもに合わせるのではなく、子どもに合った教育サービスをいかに提供するかという発想の転換でもある。今回の提言は、盲・聾・養護学校だけでなく、とりわけ小・中学校の在り方そのものに関わる大きな改革である。大切なことは、各学校が障害のある子どもたちの一人一人のニーズを的確に把握し、適切な教育的支援をどう行っていくかと言うことである。これまで十分な教育的対応が図られてこなかった通常学級に在籍する障害のある子どもたちへの教育的支援を通して、これらの子どもたちの行動力をどう高めていくかが、問われているのである。
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