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2. 主要な危機事態の概要
 本項では、第1章で区分した3つの地域において過去において生起したあるいは生起が予想される代表的な危機事態の概要について述べる。
 
(1)対馬及び周辺海域での危機事態
ア. 軍事侵攻(5)
 対馬海峡は日本海と東シナ海を結ぶ海峡であり、わが国と韓国とを結ぶ水路でもある。海峡の中央部にある対馬をはさんで東側を東水道、西側を西水道(朝鮮海峡)と呼称される。
 領海幅を12カイリとした場合、東水道は中央部に若干の公海部分が残るが、ほとんどがわが領海となるのに対し、西水道は韓国と接し、両国が領海を分けることになる。対馬海峡は、平時太平洋、南シナ海、及びインド洋方面に展開するロシア艦艇の常用航路になっており、また黒海からスエズ運河経由ナホトカに至るシーレーンもこの海峡を経由している。有事に対馬海峡(及び朝鮮海峡)がコントロールされた場合、韓国は孤立する。
 一方韓国及び米国にとって、韓半島有事の際の防衛作戦を有効に行うためには、対馬海峡(及び朝鮮海峡)の安全かつ自由な航行の確保が絶対的要件である。この意味において同海峡の防衛は韓国の防衛と密接不可分の関係にある。わが国が朝鮮半島からも脅威を受けるような事態が起きれば、わが国は北と西の二正面から脅威を受けることになり、戦略的に極めて苦しい立場に追い込まれる。
 対馬海峡東水道の防衛については、地勢的に類似する津軽海峡とほぼ同様の構想をもって、縦深性のある通峡防止の体制をつくることが可能となる。これに対し、西水道(朝鮮海峡)はわが国と韓国が海域を接するため、この海峡のコントロールについては日韓米三国間で調整し、日韓両国が整合性のある措置を講じなければ、効果的なコントロールはむずかしい。
 対馬及び周辺の島嶼は地理的に北朝鮮に近く、これらの島嶼に特殊部隊を潜入させ海峡地区にあるわが防衛施設等を破壊し混乱させるおそれがある。対馬海峡防衛の根底には日韓相互協力の問題があり、これをさけて同海峡の防衛を考えることはできない。両国の今日に至る歴史的経緯や現在のわが国の防衛政策をふまえ、両国の防衛に密接に関連している対馬海峡(及び朝鮮海峡)の防衛をいかに解決するかは今後の重大な政治的課題である。
イ. 工作船、密輸(4)
 海上保安庁がこれまでに確認した不審船・工作船は、1963年に1隻確認したのを皮切りに2001年12月の九州南西海域における工作船1隻を含め計21隻となる。
 これら21隻は、海上保安庁の巡視船艇・航空機がしょう戒中に発見したものと海上自衛隊及び漁業関係者からの通報により発動した巡視船艇・航空機が確認したものであり、九州南西海域における工作船以外の不審船・工作船は巡視船艇・航空機の停船命令に応じず逃走したものが殆どある。
 2001年12月の九州南西海域における工作船事件においては、防衛庁からの第1報入手後直ちに巡視船艇・航空機を発動し、23時間にわたり工作船を追跡し、巡視船から上空・海面への威嚇射撃及び威嚇のための船体射撃を行った。しかしながら、工作船は逃走を続け、巡視船に対して自動小銃及びロケットランチャーによる攻撃を加えたため、正当防衛のための射撃により対応した。その後、工作船は自爆用爆発物によるものと思われる爆発を起こして沈没した。
 2002年1月、密輸情報に基づき、中国公安部と協力して海上保安庁、警察及び税関の合同捜査本部が福岡県沖の玄界灘において警戒を行い、巡視船が国籍不明の漁船を停船させ、船内の捜索を行った結果、船首部分の隠し倉庫から包装用ポリ袋に入っていた覚せい剤約151kgを発見・押収し、乗組員7名(自称中国人)を覚せい剤取締法違反で逮捕した。
 
(2)南西諸島における危機事態
ア. 難民、不法入国
(ア)北朝鮮からの難民 ―沖縄県警によるシミュレーション―
 沖縄県警本部は、北朝鮮から千人規模の武装を含む大量難民が沖縄に流入した際の警備、収容、後方治安対策などを検討し、最終的には県警独自の警備要領の策定を目指した。「日米防衛協力のための指針」(ガイドライン)見直しを視野に入れながら、朝鮮有事という「周辺事態」を想定したものであったが、結果的に警備要領の策定には至らなかった。
 検討議題は朝鮮有事が発生して北朝鮮から千人以上の難民が船で沖縄近海にたどり着いた際の対処策となっている。会議では北朝鮮が約2,264万人の国民全員を洋上輸送できるだけの船舶数を保有し、千人から数万人規模の大量難民は現実的に起こり得るとの予測に基づいて対策を講じる必要性を強調した。
 推進業務として県警としての「大規模難民対策警備措置要領」の策定を目指し、自衛隊海上保安庁、入管などの関係機関とも連絡調整をすることを確認した。各警察署の役割としては難民発生時の一時収容施設、移送手段、朝鮮語などの通訳要員を確保し、給食の供給や病院治療などの連絡体制を平時に整えておくことも決めた。
 問題点としては、離島での対応が困難なことや、県内での通訳が圧倒的に不足していることなどが指摘された。難民と認められない場合の不法入国の事件処理や船舶押収も念頭に置き、武装難民については基本的に自衛隊が対応することとしている。ただし、(1)国の大量難民対策が具体的に示されてない、(2)秘密保持の意味から関係機関への連絡は時期尚早、として現在のところ県警独自の警備要領の策定も見送られたままとなっている。(5)
 2002年11月に北朝鮮から中国に脱出した日本人妻に続き、元在日朝鮮人2人を含む北朝鮮からの脱出住民(脱北者)58人が中国公安当局に身柄を拘束されたが、日本を目指す「脱北者」は今後も増え続けることが予想される。このため、これまで難民の受け入れに否定的だった日本政府は対応に一段と頭を悩ませている。
 日本を目指す脱北者には、(1)日本人妻のように日本国籍を持っている、(2)元在日朝鮮人、(3)それ以外のケースがある。日本政府はこれまで、中国当局に拘束された脱北者が日本国籍を持つと確認された場合、引き渡しを求めてきた。
 また、中国当局に拘束されずに北京の日本大使館などに連絡があった場合も、日本人と確認できれば極秘に帰国させてきた。在日朝鮮人は日本の永住権を持つことが確認されれば、日本人同様に引き渡しを求めることにしている。だが、非政府組織(NGO)が求める日本人以外の脱北者を難民と認定するかどうかについては、政府の方針は決まっていない。(6)
(イ)不法入国者(7)
 我が国における不法入国事犯は、依然として中国人を中心に発生しており、上陸地点は日本全国に及んでいる。中国人による不法入国事犯は、1990年に初めて中国漁船を仕立てた集団密航が発生し、また、貨物船の船内に潜伏してくる密航も集団化した。1992年頃からは、中国漁船に加え台湾漁船や第三国の貨物船を仕立てた事犯も出現して増加傾向をたどり、特に1996〜1997年にかけてはこれらの形態による集団密航が急増した。2000年には、従来の中国漁船等を仕立てて直接我が国へ密航してくる事犯及びこれらの船舶から本邦沖合で日本船に乗り換えて密航する事犯が減少し、貨物船の船内に隠し部屋を設けて潜伏してくる事犯、韓国沖合海域において中国船から韓国漁船に乗り換え、日本海側に上陸する事犯及び偽変造の船員手帳を使用し貿易船の船員になりすましてくる事犯が増加して、ますます悪質・巧妙化した。1999年に入っても、引き続き、貨物船の船内に隠し部屋を設けて潜伏してくる事犯及び韓国漁船を使用した事犯が多発している。なお、韓国漁船を使用した事犯については、本年に入り太平洋側にも見られるようになった。
 
イ. 中台紛争の影響(8)
 第2次台湾海峡危機において中国は領海12海里を宣言し、米国の金門・馬祖諸島への直接介入を抑制したのと同様、台湾海峡及び台湾本島周辺に200海里の Maritime Exclusive Zone(注2-2)を設定し、外国の介入を阻止するであろう。この場合、バシー海峡の航行が不能となり、わが国船舶の航行に影響が及ぶ。特に周辺事態法に関連して日本が米国支援を決定した場合、選択的に日本船舶に対し臨検・拿捕を実施する可能性があり、MEZ内を航行した場合敵対行為と見なされ事態によっては被害が発生することもあり得る。
 また、中台紛争の前後に先に述べた第1島嶼線を確保するために南西諸島特に尖閣諸島に対して大陸棚の境界線問題が急浮上することも考えられる。中国は、1992年に尖閣諸島の領有を明記した領海法を制定しているからである。東シナ海の海底は、中国大陸から緩やかに傾斜して沖縄トラフに至り宮古群島、八重山群島を経て南西諸島海溝に達する。尖閣諸島は、東シナ海の海底が沖縄トラフに落ち込む先端部に位置している。尖閣諸島を領有することは、大陸棚の中間線確定に有利な基線を獲得でき、またEEZの拡大に伴い海洋資源と海底石油埋蔵有望海域の要域を手中に出来ることを意味している。
 
(注2-2)Maritime Exclusive Zone(9)
 1982年4月のフォークランド紛争において英国により設定され、当該水域にあるアルゼンチン海軍の艦艇を敵と見なし、英国の攻撃対象とした。その後攻撃対象は、監視、情報収集に従事している商船や漁船に逐次に拡大され、最終的には全ての船舶、航空機が対象になった。
 
ウ. 外国船舶による海洋調査活動
 我が国周辺海域では、海洋開発に対する各国の関心の高まりや海底資源開発技術の進歩などを背景として、外国による海洋調査活動が多く確認されている。
 中国はこれまで、我が国との間でEEZ及び大陸棚の境界線が確定していないことなどを理由に、東シナ海における我が国のEEZにおいて、我が国の同意なく調査活動等を行い、1999年には過去最高の33隻―中には我が国の領海内に侵入したケースもある―の海洋調査船が確認された。2000年には24隻を確認、中国海洋調査船の活動の活発化が大きな問題となっている。2002年は、EEZ内において科学的調査活動を行っている外国海洋調査船は15隻を確認、このうち中国船12隻で4隻については事前通報等がなされていなかった。(10)
 たとえば、中国海軍のヤンビン級砕氷艦兼情報収集艦(4,420t)は、2000.5.14から7日間、対馬周辺で活動後、日本海を北上し23日から26日にかけて、津軽海峡を一回半往復した。その後、太平洋を南下し、30日ごろ房総半島の東方沖の日本の排他的経済水域(370km)内を一回往復した。四国南方海域を経て、奄美大島北東海域の日本の排他的経済水域内で活動後、6月5日奄美大島の西北西300kmの海域で停泊しているのが確認された後、9日までに日中中間線を越え中国側に入った。(11)
 
(3)小笠原諸島及び周辺海域での危機事態
ア. 自然災害
 2000年6月26日夕の急激な地震多発に始まった三宅島の噴火災害は、当初は1週間程度で終息するとみられたが、7月から始まった山頂火口の陥没は毎日約1,000万立方メートルのペースで8月末まで続き、1年間で6億立方メートルの岩石が地中に姿を消した。また、有毒火山ガスの放出は逐次増加し、2001年5月現在、毎日数万トンの二酸化硫黄を含む多量の有毒ガスが放出した。これら火口の大規模陥没と有毒ガスの大量放出は、現代観測史上初めての現象であり、火山現象がどう推移していくのか不明の状況が続いている。この間、人員被害は軽微であったが、水道、電気、電話などライフラインが三宅島を中心に壊滅状態である。(12)
 当初1年間における各自衛隊の支援活動は、6月27日の東京都知事からの災害派遣要請などに基づき、避難住民に対する生活支援、航空偵察や艦船、航空機による人員・物資の輸送支援、泥流対策や降灰除去作業を行ったほか、防災活動にかかわる人員・物資の輸送支援、航空機による火山ガスなどの観測支援、艦船の待機などを継続的に行っている。派遣の規模は、2001年5月末迄に、延べにして人員約4万1,370名、車両約1,980両、航空機約390機、艦船約340隻であった。(13)
イ. 油流出事故
 以下は、1997年1月2日未明、大しけの日本海(島根県隠岐島沖)において暖房用C重油約19,000klを積んだペトロパブロフスクへ航行中のロシア船籍タンカー「ナホトカ」号(建造後26年経過)による油流出事故の概要である。
 船体は浸水し、31名の乗組員は救命ボートに避難した。船体は水深約2,500mの海底に沈没したが、船体から分離した船首部分は強い北西季節風にあおられて数日間南東方向へ漂流し、対馬海流を横断して5日後、越前加賀海岸国定公園内の福井県三国町安島沖に座礁した。積み荷の重油は、約6,240klが海上に流出。また、海底に沈んだ船体の油タンクに残る重油約12,500klの一部はその後も漏出を続けた。座礁した船首部分の油タンクに残っていた重油は、海上での回収作業および陸上からの仮設道を利用した回収作業により約2ヶ月後の2月25日に回収を終えた。海上に流出した重油は福井県をはじめ、日本海沿岸の8府県におよぶ海岸に漂着し、環境および人間活動に大きな打撃を与えた。(14)
 
第二章 脚注
(1)離島振興法改正会議録
(2)北海道奥尻町発行「北海道南西沖地震 奥尻町記録」
(3)海上防衛学入門、3海峡封鎖論:
(4)海上保安庁レポート 2003
(5)琉球新報 1999.5.24
(6)読売新聞(東京版)2003.1.23
(7)海上保安庁「海上保安庁の施策」及び月原参議院議員ホームページから作成
(8)(財)平和・安全保障研究所の研究資料(2001.3)から抜粋
(9)同上
(10)海上保安庁レポート 2003
(11)産経新聞 2000.06.10
(12)内閣府「三宅島・新島・神津島等における噴火・地震災害等」2001.4.23
(13)平成13年「防衛白書」第5章多様化する自衛隊の役割と対応
(14)福井県衛生環境環境センター「ナホトカ号重油流出事故について」







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