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東京財団研究報告書2004-2 日本人の安全保障に関する新構想

 事業名 相互交流による国際ネットワークの形成及び政策課題研究等
 団体名 東京財団政策研究所 注目度注目度5


[1.0 世界の戦争と傭兵]
1.1 世界で2番目に古い職業「傭兵」
 「民間」と「軍人」という言葉から誰もが思い浮かべるのが、いわゆる「傭兵」の存在であろう。本稿で扱うPMC(民間の軍事・安全保障企業)は、「血に飢えた野蛮人」「人殺しのために世界中を渡り歩く社会の害虫」という一般の人が思い浮かべる傭兵のイメージとはずいぶんと異なっているのだが(ちなみに現存する「傭兵」自体の実像も、こうした「イメージ」とは大きくかけ離れている8)、PMCの発展は傭兵の歴史を抜きにしては語れない。そこでまず簡単に傭兵の歴史を振り返ってみよう。
 「売春が世界最古の職業ならば、俺たち傭兵は世界で2番目に古い職業だ」と20世紀のある傭兵が述べたように、傭兵稼業は売春と共に古代オリエントの時代からすでに存在した職業だと言われている。古代オリエント諸国は、一部を除いて常備軍を持たずに有事の際には各地からの強制徴募兵と傭兵で軍を編成していたという。
 古代ギリシャ都市国家の軍隊は、市民軍が中核ではあったが、補強のために外部の傭兵を雇うのはごく普通の習慣として行われており、アテネはクレタ諸島やバレアレス群島から多数の傭兵を雇い入れたことが記録されているし、クセノフォンの有名な一万人のギリシャ人部隊も、ペルシャの王子キュロスに雇われた傭兵だった。
 古代ギリシャ軍同様にローマ軍もまた「市民」がその中核となっていたが、カルタゴ軍がゴール人、スペイン人、混血ギリシャ人やアフリカ人などの傭兵軍で成り立っていたことは有名だし、ローマ軍にしても射手や騎兵などの専門職には、金で雇われた傭兵が含まれていた。やがてローマの支配地域が拡大し、ローマ市民の間での貧富の差が増大するようになると、思うように市民の間から兵が集まらなくなり、やがてローマは帝国外の民であるゲルマン人の傭兵に依存するようになる。そして軍隊内でゲルマン人傭兵の力が増大し、西ローマ帝国は近衛連隊司令官を勤めたゲルマン人により滅亡させられている9
 中世の封建社会では、職業軍人としての騎士が現れるが、騎士たちは封建正規軍に属する傍らで傭兵騎士としてアルバイトをする者も多かった。こうして騎士傭兵市場が誕生すると、封建君主たちにとり、封建正規軍を使うより傭兵を雇った方が経済的に効率のよい場合が多くなり、この市場は成長していったという。この流れを受けてルネッサンス期のイタリア傭兵部隊、14世紀に無敵の強さを誇ったスイスの長槍傭兵部隊、そしてそのスイス傭兵部隊を倒したドイツの傭兵部隊ランツクネヒトなど、中世の時代、世界の戦場の主役をつとめたのはこうした傭兵たちだった10
 16世紀になると近代的私企業が軍事力を常備する民間軍事企業の先駆け的な存在が登場する。オランダの東インド会社やイギリスの東インド会社がそれである。こうした国策企業は、香料や金、銀などの東西貿易を独占して東アジアにおけるビジネス・ネットワークを築いたのだが、彼らのビジネスを裏で支えたのは、他でもない軍事力だった。オランダ東インド会社は3000隻の船を擁する大会社だったが、傭兵からなる独自の民兵組織を持っことで、その莫大な利権を守っていた。イギリスの東インド会社はイギリス、ドイツ、スイスの傭兵を雇い、1782年の時点で10万人の軍を擁し、それは当時の英国軍より巨大な軍隊だった。またオランダの東インド会社も主に日本とドイツの傭兵からなる軍隊を保有していた。戦国時代の激闘で鍛え上げられた日本人傭兵は東南アジアの市場をかけて激突するスペイン、ポルトガル、オランダ、イギリスにとって喉から手が出るほど欲しい存在で、1621年に徳川幕府が日本人傭兵の渡航を禁止するまで、無数の山田長政たちが東南アジアのいたるところで活躍したと言われている11
 アメリカの独立戦争でもアメリカの英雄ジョージ・ワシントンがドイツの傭兵を雇い、彼の軍隊を訓練し、戦闘を指揮させていたとの記録がある。このドイツの傭兵たちは英軍が雇った別のドイツ傭兵と戦ったというから、皮肉なものである。1815年の有名なワーテルローの戦いでも、ナポレオンの強力な70万人の軍隊のうち、実に50%以上が外国の傭兵で成り立っていた。対するウェリントンの群は、60,000人の軍のうち40,000人が外国の傭兵だ。その主力はドイツ外人部隊やイギリスの傭兵たちだった12
 第二次世界大戦で活躍した傭兵としては、ビルマ、インドシナ、タイ、中国の上空で圧倒的な日本軍航空部隊を相手にして戦い、初戦の敗戦で意気消沈していた連合国国民に勇気を与えたクレア・リー・シエンノート率いるアメリカ義勇軍、通称「空飛ぶ猛虎部隊(フライングタイガース)」が有名だ。アメリカ義勇軍は陸軍、海軍、海兵隊などから応募者を募って組織されたが、正規の軍系統には属さずに直接蒋介石軍を助けて戦ったいわゆる傭兵部隊だった。アメリカ義勇軍は、アメリカの参戦前、つまりまだ同国が中立を保っていた時から、政府の了解の下で中国の蒋介石軍に支援を行っており、アメリカはこの頃から「公では行えないが政府にとって望ましいことを、民間を使って行う」という手法を取り入れていたと言える。シエンノートは大戦後、蒋介石を支援し続けるため、国民党の管轄下に民間空輸会社(CAT)という名の民間航空会社を立ち上げたが、これは現在のPMCの走りとも言える会社だ。CATはアメリカの中央情報局(CIA)の支援を受け、反中国共産党活動など平時における隠密作戦の一翼を担うようになり、朝鮮戦争やベトナム戦争でもアメリカの軍事作戦に深くかかわった。このように本来は政府として行動を起こすのがもっとも国の利益にかなうのだが、法律や国内世論などの理由から公然とは行動に踏み切れない場合に、「裏技」として傭兵や民間企業が使われたのである13。この要素は今日のPMCにも通じるものがある。
 ベトナム戦争でアメリカは中国、ラオス、韓国、フィリピン、カンボジアから多数の傭兵を雇ったし、兵士を運ぶ軍事ヘリコプターは民間企業エア・アメリカ社が提供したものだった。実際この頃にはアメリカ軍の後方業務として民間の軍事サポート企業がすでに登場しはじめていた。米軍基地の運営や清掃、洗濯、衛生施設の設営や防御工事などの仕事は、民間のパシフィック・アーキテクツ・アンド・エンジニアーズ(PAE)社が行っていたというから、この頃からすでに、ロジスティクスの分野や例えばフォークリフトの操縦だとか航空機のメカニックなどの非軍事分野は民間でもできるという認識が軍の中でもできていたのだろう。民間にバックアップをやらせることで、軍人たちは本業中の本業である戦闘に専念することができたのである14
 
1.2 傭兵は悪か?
 このように古代から現代に至る長い歴史の中で傭兵は常に存在し、しかも第二次世界大戦の頃までは、傭兵を雇うこと自体は戦時におけるごく普通の行為として受け入れられていた。その証拠にそれまでは傭兵を取り締まろうという動きは見られなかったのである。傭兵取り締りに関する最初の国際的な動きは、1949年に国連のジュネーブ協定が、傭兵を戦争捕虜の保護規定から除外したことである。1977年には最初の追加議定書が採択されたが、この中で記されている「傭兵」の定義が今日でももっとも権威のある法的な定義だと言われている。それによると「傭兵」とは、
1. 武装戦闘で闘うという特定の目的のために、紛争地域または外国でリクルートされた者であり、
2. 実際に直接敵対行動に参加したものであり、
3. その敵対行動には本質的に個人の利益を動機として参加しており、実際、紛争当事国(もしくは勢力)から、その軍隊に属する同等レベルの戦闘員が約束されている報酬より法外に高い物質的報酬を約束されて参加しており、
4. 紛争当事国(もしくは勢力)と同じ国籍でもなければ、彼らの紛争地に住んでいる者でもなく、
5. 紛争当事国(もしくは勢力)の軍隊のメンバーでもなく、
6. 紛争当事者ではない第三国の軍隊のメンバーでその公式な業務としてその紛争地に派遣された者ではない、ものである15
 冷戦時代に突入すると、傭兵問題はソ連共産主義陣営による対西側批判の一つとして利用されるようになり、イデオロギー色を帯びるようになる。特に戦後、西欧の植民地から脱して独立したアフリカ諸国の中には、ソ連の影響を受けて共産化する国も出てきた。独立を許しても大陸に眠る鉱物資源や石油などの権益を保護したい欧米西側諸国や多国籍企業は、アフリカ諸国の共産化を防ぐため、しばしば傭兵を投入した。フレデリック・フォーサイスの「戦争の犬たち」の世界である。これに対してソ連側は傭兵を西欧植民地主義の残党として糾弾し、この頃から傭兵が「帝国主義」や「植民地主義」と結びつきネガティブなイメージでとらえられるようになっていった16
 国連は一貫して傭兵を取り締まる姿勢を見せており、1989年に185ヶ国が出席する総会で「傭兵の徴募、使用、財政支援及び訓練を禁止する国際協定」が可決された。この協定は国家が「諸民族の剥奪できない権利である自決権の正当な行使を妨げる目的」で傭兵部隊を利用してはならないとしたが、現在までにわずか21ヶ国しか批准していない。また97年3月には、国連人権委員会に報告書を提出した特別責任者バレステロス氏も、「傭兵の使用が民族自決権を犯すものである」と結論付けた17。ただしバレステロス氏はここでも、「傭兵」の定義を1977年のジュネーブ協定に求めた。しかし「武装戦闘で闘うためという特定の目的のために徴用され」、「基本的に個人の利益のため」に「実際の敵対行動に参加」しているというこの傭兵の定義は、現代の傭兵であるPMCにはほとんど該当しない。なぜならPMCは必ずしも「武装戦闘で闘うために」徴用されるわけでもなければ、近代的な企業組織をとっているため「本質的に個人の利益のため」ではない。またほとんどのPMCは「実際の敵対行動に参加」はしないからである。
 「あなたたちは傭兵だ」と非難されると、PMCはたいていジュネーブ協定を持ち出してきて、「我々は傭兵ではない」と主張する。この場合PMC側が正しい。現存の国際法ではPMCを取り締まる規定は存在しないし、多くの場合国内法でも規制はほとんどされていない。このためいくら一部の人たちが感情的にPMCを「悪だ」と言っても、それを「悪」と断ずる法的根拠はないのが実情である。
 

8 高部正樹著『傭兵の誇り』(小学館、2001年)
9 菊地良生著「傭兵の二千年史」(講談社現代新書、2002年)PP.14-35
10 ibid. pp.38-110
11 ibid. pp.170-171 and Singer, 2003, pp.34-37
12 James R. Davis. Fortune's Warriors, Private Armies and the New World Order. (Douglas & McIntyre, Tronto, 2000)pp.37-38
13 吉田一彦著「シエンノートとフライング・タイガース」(徳間書店、1991年)
14 Harry Ed Soyster とのインタビュー、2003年12月3日
15 Private Military Companies: Options for Regulation, ordered by the House of Commons to be printed 12th February 2002
16 Davis, 2000, pp.48-49
17 旦祐介「国際介入・主権・「民営化」アフリカの“契約部隊”をめぐって」Human Security. No.2, 1997, pp.263-274







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