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第3章 見直し機運の背景
1. 冷戦終焉と国際社会の構造的変革
当事国にとって軽視できない地域紛争
 冷戦終焉後の国際社会では、米ソ両超大国によるイデオロギー対立は終わり、それにつれて二極構造も崩壊して多極化時代を迎えた。「米国一極時代」と見る向きもあるが、国際社会構造における「一極構造」ないしは「ヒエラルキー構造」は、本来、古代チャイナ国際社会の西周時代のように、頂点に立つ国家の命令を傘下の国家が服従するようなシステムを指している。だが、先の対イラン戦争で米国の行動を支持したのは、世界200カ国足らずのうちたった30数カ国だった。この点を想起すれば、米国一極論は誤解である。
 多極化社会では、所属陣営の利益をも考慮して行動した冷戦下と違って、各国は国益の実現を最優先して、問題毎に東西の枠組みを超えて合従連衡を繰り返す。また、国際構造の多極化は価値観の多様化を生む。この結果として、国際社会は不透明、不安定となり、大規模な核戦争は起こりにくいものの地域紛争、低烈度紛争は頻発する。
 ここで留意すべきは、第1に各国は国益実現のため、東西の枠を越えて問題毎に合従連衡を繰り返すので、同盟の信頼性、寿命が低下するという点である。もちろん、日米安保条約もその例外ではない。第2に、地域紛争だからといって軽視できないということである。冷戦終焉直後に発生した湾岸戦争は、典型的な地域紛争だった。だが、イラクに侵略されたクウェートにとってみると、国家の存亡がかかっていた。
 そのうえ、中東地域の石油に大きく依存している日本や欧米諸国など先進諸国のみならず、中近東産油国に多くの出稼ぎ者を送り込んでいる発展途上国にも大きな影響を与えた。このようにみてくると、一国が自己の安全を確保することは、自国のためだけでなく国際社会での義務でもある。
 
期待に反し武力行使が容易な状況に
 こうした中で、冷戦終焉後、10年余、国際社会では構造的変革が起こっている。つまり、第二次世界大戦後の国連体制下で守られてきた主要な国際原則が変容しつつある。(1)コソボ紛争に典型的にみられたように、人道的干渉(humanitarian intervention)が容認されるようになり、内政不干渉の原則が修正された、(2)自衛権行使の際の条件とされてきた「武力攻撃の発生」が、テロへの報復や「ならずもの国家(rogue state)」への膺懲のためには外されるようになった、(3)曲がりなりにも核兵器の水平拡散に一定の役割を果たしてきた核拡散防止条約(NPT)体制が形骸化してきた−などのためである。ちなみに、“人道”、“ならずもの国家”の判断は、武力行使をする側が恣意的に行う。NPT体制の形骸化は米英など核武装国による公然たる核恫喝やインド、パキスタンの核武装の黙認などによるものである。
 ブッシュ政権が新しい「安全保障政策」で採用した先制攻撃(preemptive attack)は、先の対イラク戦で適用された。米国防総省の報告書「中国の軍事力」によると、米英両国の対イラク戦に反対した中国が、早速取り入れているという。25また、ロシアも2003年(平成15年)10月に改定した「軍事ドクトリン」で、先制攻撃策を導入した。26これで5国連常任理事国のうち、フランスを除く4カ国が先制攻撃策を容認したことになり、これが今後の国際社会で国際慣習法として定着する可能性が強い。
 国連憲章下でも、自衛権の一形態として先述のように「先制自衛」が認められるという有力な解釈は以前からあった。だが、米国の先制攻撃論は、この先制自衛の概念をも超えるものであるが、前述のように5国連常任理事国のうち4カ国が取り入れている。このため、やがて国際慣習法として定着する可能性が大きい。このような事情のために、軍事小国にとって、いろいろ恣意的な口実を設けて武力攻撃を受ける可能性が高まってきたといえる。「専守防衛」を見直す場合、これらの国際社会の構造変革を抜きにして議論はできない。
 
2. 北朝鮮の核武装の動き
日本の安全に深い関係ある朝鮮の情勢
 こうした状況下で北朝鮮が公然と核武装努力を開始した。古来、我が国は朝鮮半島に敵対的な政権が樹立されたり、敵対的な国家が強い影響力を持った時、安全保障上の危機に直面し、対外戦争を行う羽目になった。朝鮮半島とは古くから交流があり、半島の一部に日本の拠点があったことや、朝鮮半島が日本列島の脇腹に突きつけられたように伸びている地形などがその原因といえる。日清、日露戦争も朝鮮半島への敵対的国家の進出が原因だった。朝鮮半島の事態が我が国の安全に大きな影響を与えることは、現在でも変わらない。その朝鮮半島の北半分に、北朝鮮という国際慣習、国際法を蹂躙したり、国際秩序を平然と乱して顧みない共産主義独裁国家が存在し、公然と核武装を始めたのである。
 北朝鮮の核武装の進展具合は、現時点では2、3発の核爆発装置(nuclear explosive device)を保有している段階と見られる。だが、10年を出でずして核兵器システム(nuclear weapon system)保有の段階に進むであろう。核兵器システムといった場合、核弾頭、弾道ミサイルなどの投射手段に加え、指揮・統制・通信・情報(C3I)システムが不可欠である。核兵器システムのうち、日本を射程圏内におさめている中距離弾道ミサイル「ノドン」は既に完成しており、150〜200基が配備済みである。命中精度はCEP(半数必中径)が1,000メートル以上と極めて悪いので重要施設目標には使えない。だから「恐れるに足らない」と見る向きもあるが、対都市攻撃用にはその程度の命中精度で支障はない。要は、特定目標でなく、広い都市のいずれかに命中すればよいからだ。
 
現状は未だ核爆発装置
 プルトニウム原爆の起爆装置は、未だ不完全なものしか完成していないようだ。しかし、米国が長崎に投下した原爆はプルトニウムのほんの一部しか核分裂しなかったが、大きな被害を出している。従って、北朝鮮の核の脅威を軽視することはできない。核弾頭を弾道ミサイルに搭載できる程度に小型化する技術は、完成の域に近づいているようだ。C3Iはこれから開発することになろう。
 北朝鮮のミサイル基地から日本にノドンを発射すれば、7分前後で日本に着弾する。このノドンは液体燃料だが、貯蔵可能な液体燃料である。このため一部で伝えられているように、ミサイルを発射前に発射台にセットしてから1時間半以上もかけて燃料を注入する必要はない。つまり、警告時間がほとんどない状態で日本はミサイルの被害を受けることになる。
 地対空ミサイル「ペイトリオット」をベースにしたPACIIIなど初歩的な戦域ミサイル防衛(TMD)システムを配備しても、ミサイルの飛翔時間があまりにも短いので大した効果は期待できない。それにこれらTMDは「地点防御」はできても「地域防御」はできないので、その防衛対象は重要拠点だけになる。その防御対象から外れる国民が恐怖心を覚えるのもうなずける。それゆえ、「北朝鮮の弾道ミサイル発射基地を攻撃すべし」との声が出始めているわけだ。
 ちなみに、敵基地攻撃については、鳩山首相が1956年(昭和31年)に国会での答弁(船田防衛庁長官代読)で、「わが国土に対し、誘導弾等による攻撃が行われた場合、座して自滅を待つべしというのが憲法の趣旨とするところだろうというふうには、どうしても考えられない」と前置き、「誘導弾等の基地をたたくことは、法理的には自衛の範囲に含まれ、可能である」と述べている。27
 

25 U.S. Department of Defense “The Military Power of The Peoples Republic of China”,2003. pp.19〜20.
26 『軍近代化軍事ドクトリン』、2003年(平成15年)10月3日『読売新聞』夕刊。なお、モスクワ2日発「時事通信」によると、このドクトリンでは「侵略行為に対して、戦略的抑止力の個別限定使用を検討する」と、通常戦力による攻撃にも核兵器で対応する方針を再確認している。
27 1956年(昭和31年)2月29日、衆議院内閣委員会。







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