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日本は「意」の再興を
 日本に話を戻しますが、ではその課題は何でしょうか。根本的に言えば、次のようなことがあると思っています。
 英語を使っていると知的に劣化する・・・と最初に批判しましたが、中国語を使っていると「情」が劣化する。ただし公平に、日本についても欠点を述べておきましょう。
 日本語を使っていると「意」が劣化する。「意」というのは「やるぞ、あんな奴に負けてたまるか」という意欲、スピリットのことですが、それが劣化する。
 特に現代日本はそうです。昔の教育は「知」「情」「意」の三拍子揃った人間をつくることが目的だった。「知」は勉強しなさい、インテリになりなさい。「情」は人情細やかな、人の気持ちがわかる人間になりなさい。「意」は、俺はこれをやるぞという意欲。それを長く続けると意志ですね。
 「知」「情」「意」三拍子揃った人間をつくることが教育だと昔は言っていた。
 ところが、戦後は「知」だけですね。知識の詰め込み教育になりました。それがよくないと、多少「情」のことも言うようになりましたが、未だに抜けているのは「意」です。
 筆記試験だけで採用すると「知」の人ばかりになりますね。こういう人は人情がわからないし、やる気がない。ひたすら上の言うとおり働く。もうこんな人は結構だ、会社を危うくする、と「意」の重要性をみんな感じるようになってきました。それは書店に行くと武士道の本が多いことに表れています。
 あるいはマンガ、ゲームで「がんばるぞ」という主人公がウケる理由ですね。ただし、ゲームは映像の中だけでのがんばりですから、実際に人間対人間でがんばらない。そういうトレーニングを受けていない。それは残念なことですね。ですから、会社で採用するならば、一対一で体と体がぶつかるようなスポーツをしてきた人を採用しなさい。特に外国人と体をぶつけ合ったような人がいい、と私は思っています。実際にそうなってきつつあると思いますし、大企業より中小企業のほうがその点は進んでいます。
 そういったこともマスコミでは出てきませんが、国民意識の大きな変化だと思っています。勉強はあとからすればいい、と、そのように変わってきたのです。
 その視点を広げて言えば、日本国民の意識の大きな変化として、もう不景気には慣れてしまった、デフレにも慣れてしまった。デフレのどこが悪いのか、不景気のどこが悪いのか。バブルのほうが懐かしいが、そのために税金を何十兆円も使うことのほうが、経済のみならず道徳的にもおかしい。
 というわけで、そのような政策の政治家は国民の人気がない。そういう政策を支持しているのは田舎の族議員と、その下に群がっている醜い日本人である、という意識にガラッと国民が変わりましたから、橋本派はもう元気がない。
 小泉改革は進んでいるのか否か。プラスもマイナスもありますが、ほめてもいいと思うのは、田中角栄型日本、田中角栄型自民党を潰しつつあるということです。「もうそれは、なくなってくれて結構だ」というのが彼の本心ですね。角福戦争という言葉はご存知でしょうが、三十年ほど前に田中角栄・福田赳夫の争いがあった。それ以来、福田派は傍流。田中派がずっと実権を握ってきました。それが後の竹下派、今の橋本派ですが、小泉首相になってからは福田派だけをポストにつける。旧田中派は一切つけない。ごれはハッキリしています。徹底的に田中派から来た人はポストにつけない。
 ポストにつくことができないなら、親分として担ぐ価値はない。かつて派閥の領袖は閣僚ポストを推薦する力があった。福田派から何人、橋本派から何人と、ちょうど三人ぐらいずつ割り当てがあったのが、今はもうまったくダメになりました。それなら橋本派にいても得はない。それから金を集めてきてお小遣いをくれることも今はなくなりましたね。派閥政治は見事に終わりつつある。
 日本経済が悪いというが、ムダ使いしている人がいるからいけないのです。そのような人たちに辞めてもらえば、血色はよくなるのです。日本国民はそれをわかっていて、景気刺激のために一〇〇兆円も使わなくていい。それよりも規制緩和をやってくれ。人事の入れ替えをやってくれ。着々と進めてくれ―こういう支持が小泉人気の背景にあるのだと思います。
 ある人が言うのには、日本もアメリカと同じ大統領選挙にもうなっている。小泉さんの支持率が高いと、自民党の中でもそのとおりになる。もう大統領選挙をやっているのと一緒であって、今までのような議院内閣制とは中身がまったく変わっている、と、そういう議論もあるほどで、日本はどんどん変わっています。
 日本経済の再定義が必要だと思います。古い経済学はもうやめなさい、今現在で見てご覧なさい、と申し上げたい。
 日本は「芸術品」を輸出しているのです。そういうことをやらせれば、日本の若者はみんな一生懸命やりますよ。ナノテク、バイオテクノロジーも芽が出て来ました。
 もう一つは輸入です。いま日本が輸入しているのは大方「開発輸入」です(石油以外は)。それを弱みのように言うのは経産省の頭が古いからです。日本が教えて、資本を投下して、日本人好みのものをつくらせて輸入している。ということは輸入金額のほとんどは「開発費」ですね。
 しかも、このマーケットは非常に高い品質を求めます。だから日本に輸出しようと思うと、その国は清らかにならなければならない、美しくならなければならない。人間がデリケートにならなければならない。誠心誠意に働かなければ日本マーケットに入れない、ということはもうアジアの国はみんな知っている。それは日本が行って教えている。
 だから輸入は日本の弱みではないと言いたい。日本が輸入の割り当てを変えたら、ひっくり返ってしまう相手がたくさんいますよ。
 経産大臣は何をやっているのかと思います。輸出、輸入が自分の権限だというなら、それを使っていただきたい。日本国益のために使ってほしいのです。直接使うのがイヤならば、せめて嫌がらせをたくさんしなさい(笑)。中国のホウレンソウは農薬まみれであるという報道が流れた翌日から、もう日本のスーパーマーケットでは「中国産」と書いた野菜はすっかりなくなりました。ホウレンソウに限らない。もう一切「中国産」と書いたら買わない。これはものすごい打撃ですよ。輸入力というのはたいへんな武器なのです。
 だから私は小渕さんにも森さんにも、首相の時に会って言いました。「国際競争力会議」をつくろうと言うが、それは間違いである。たぶん経産省の秘書官の入れ知恵だと思いますが、それは古い経済学で「不景気なのは国際競争力がないからで、それがあるトヨタとソニーの社長を呼んでみんなで勉強しよう」という発想です。
 しかし本当にないのは「国内競争力」です。日本のマーケットは金が有り余っているのに、それに対して提案する商品、サービスがない。だから日本人はみんな「欲しい物がない」と言っている。欲しい物がない国民が一億人もいるなど、こんなことを経済学はまったく予定していませんでした。日本の国内マーケットに対して競争力があるのはルイ・ヴィトンのようなブランド品。それの真似と研究をしろという「消費活性化会議」を開いたほうがよほど良い。
 今日はアメリカでの講演ですから、他の人が言わない日本マーケットでの成功例をお教えしましょう。日本人が喜んで買い物をしているのは巣鴨のとげ抜き地蔵です(笑)。あそこに行っているおばあさんは、とても楽しくお金を使っている。あれをみんなが見習えば、日本中の商店街は活性化する。気の利いたメーカーは巣鴨のとげ抜き地蔵をテストに使っています。新しい物ができたらあそこで売ってみる。いろいろ変えてみて、売れたら銀座で売る。銀座に新しい商品が出たと言っているのは、新聞記者が遅れています。銀座は古い、最先端のテスト・マーケットは巣鴨のとげ抜き地蔵。
 小渕首相に「巣鴨に行って、それをテレビに映しましょう。それが商業を活発化させる本当の始まりですよ」と話すと、小渕さんは「行く」と言った。しかし突然お亡くなりになってしまって、とても残念です。
 どうも長い間ご静聴ありがとうございました。







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