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新規範発見塾 レクチャー・メモ vol.16

 事業名 先駆的情報の創出・発信事業
 団体名 東京財団政策研究所 注目度注目度5


第82回 5年後こうなる〜日本の底力
PART2
(二〇〇三年七月十七日)
未来は自分の覚悟次第
 「5年後こうなる〜日本の底力」のパート2をいたします。
 目前の問題はいろいろあり、北朝鮮がどうやら本当に核爆弾をつくり出したらしい。あとは一発、二発、三発、四発と増えていく一方である。これに対して日本はどうするかをきちんと外務省は考えているか、内閣の人は考えているか、防衛庁の人は考えているかというと、どうも怪しい。
 そこで強調したいのは、「根本」が大事だということです。「アメリカはどうする、中国はどうする」と、そんな予測を器用にしゃべってくれる人は多いのですが、「日本はどうする」という話が出てこない。
 本当は、「日本はどうする」というのは、自分で覚悟して決めるだけですから、一番簡単な話です(笑)。
 かねてより「北朝鮮問題ぐらいは、誰にも頼まなくても日本の自衛隊だけで単独処理できる。あるいは自衛隊でなくても、ありとあらゆる日本が持っている力を総動員すれば簡単だ」と言ってきました。
 すると「そうですね。だけど、そんなこと口にして大丈夫なんですか」と、腰が引けてしまう。賢そうな人は「処理とは何ですか?」などと聞く。「単独とは思い切っていますね」とも言う。そんなことを言っていれば賢そうに見えると思っているんですね。仕方がないから答えます。「日本にとっての処理は日本人が考えればよい。アメリカ人にとっての処理、韓国人にとっての処理、中国にとっての処理、みんな違う。五通り違えば五通り考えればいい。国家公務員だったら考えてください。税金から給料をもらっているんでしょう」と。しかし、大人に向かってそんな根本から説くのはいささかくたびれてしまうのです(笑)。
 要するに、ある程度から先は断定せざるをえないのです。
 「そんな、断定していいんですか」と、学者は迂遠なことを言ってもよいが、現実として目の前に問題が迫っているのですから、公務員や政治家はやはり断定しなければいけない。それが任務です。
 日本国民の意識のほうがよっぽど進んでいます。お台場の「船の科学館」に置いてある北朝鮮工作船の話は前回しましたが、あれは画期的にみんなの意識を変えました。実物を見ると、そういう「処理とは何ぞや」などと言っている議論が吹き飛んでしまうのです。そんなことを言っている人が、どんどん時代遅れになっています。
 
「精神」から何が見えるのか
 未来のことは、結局ある程度断定せざるをえないわけです。
 もちろん外れることもあるでしょうが、しかし幅広くたくさん想定しておけば、軌道修正ができるのです。外れることを恐れて腰が引けては、現実に対応することも、その途中の軌道修正もできません。
 それで『5年後こうなる』という本を書いたのです。みんな「不透明だ、不透明だ」と言いますが、それは「自分はバカだ」と言っているのと同じです。よくそんな恥ずかしいことが言えるなと思うのですが、みんなが言うから恥ずかしくないらしい(笑)。
 国家公務員がそんなことを言っていてどうなる。学者がそんなことを言っていてどうする。壁があるなら乗り越えて向こうをのぞけばいい、回り道して向こうを見てきてほしい。そういう努力をしたかどうかですね。努力をする気がないなら給料を返上し、ポストを退くべきだと思います。
 私は、無理やりにでも向こう側へ行って、向こう側からこっちを見る。振り返って今を見る。すると何かわかるだろうという気持ちで、『5年後こうなる』という本を書きました。すると面白いもので、書いているうちに視界が開けてきて、また新しい発見がありました。
 その中の一つが、長期的に日本の底力を考えるとき、「精神から考える」というのが今まで抜けているということです。
 日本人が持っている精神、いわゆる日本精神が五年、一〇年経つと底力となって経済を動かし、政治を動かし、国際関係も動かす。それだけの日本精神がある。超長期予測は、やはり民族精神とか国家精神、精神と言って悪ければ文化とか伝統とかから考えたほうがよく見える。
 精神などと言っていると年寄りくさいとか、封建的だとか、後ろ向きだとか批判する人が多かったのですね。「精神はさておき、今はグローバル・スタンダードだ。あるいは合理的解決だ」と言っていたが、しかし彼らが、いま一斉に退場ですね。この一年間、つくづくそう感じます。精神、文化、伝統を言う人に陽が当たっているとは言えないが、少なくともそれに文句をつける人がどんどん追い出されているという気がします。
 では、超長期的日本の底力をいくつかに分けますと、どんなことがあるでしょうか。
 まず第一に、日本には芸術の力がある。第二に、精神の力がある。第三に、日本語の力がある。第四に、共同体社会の力がある。
 その説明の前にわかりやすいエピソードを一つ、オードブルとしてお話しいたします。韓国がこのごろ工業化に成功し、日本にいずれ勝つとか、もう勝っているという話が多い。ひとしきり流行したので、敢えてそうでないエピソードを話してみましょう。
 例えば韓国人自身が、「我々はいくら頑張っても、けっきょく日本人には勝てません。ここまででやっとです。我々は『手抜きの精神』というのが根本的に、民族精神のように、遺伝子のようにしみ込んでいて、これは簡単には直りません。我々は必ず手抜きを考えます。しかるに日本人は、もっともっと手を入れ、手を加え、もう一段美しくしよう、磨き上げよう、仕上げようとする。仕上げに凝るという日本人の態度を、我々は学べません」と言いました。
 別に、学ばなくてもいいし、追いつかなくてもいいと私は思うのですが、それはともかく、もし身につけようと思ったら大変なことだと韓国人が言っている。「しかし、なかなか成功しているではないですか。日本よりも優秀な半導体をたくさんつくっていますね」と言うと、「なるほど。しかし・・・」と次のように教えてくれました。
 半導体をつくるマザーマシンは日本製なのです。工作機械は日本製を据えつけて、あとは低賃金で勤勉に働けばいい。それなら手抜きができないわけです。自動車も、それをつくるロボットは日本製ですから、いくら手抜きの精神でも手の抜きようがない。そういう分野で勝っているという話だと。
 一方トヨタが、レクサスのような超高級芸術自動車をつくり上げる。これは正確に言えば、トヨタの人と日本のお客の両者でつくっているのです。その背景には、飛鳥・奈良時代、室町時代にまでさかのぼる日本人の芸術性がある。その総合力があればこそレクサスは完成した。アメリカ人はみんな驚嘆して買うが、マザーマシン、自動製造設備を売らなければ、アメリカも韓国もレクサスはつくれない。それどころか、日本は次のレクサスをつくることができる。もうできているかもしれない。それはトヨタに限らない。日本の底力です。そのような状況ですから、韓国が日本を追いつき追い越してという話ばかり強調するのはどうかと思います。
 ここで大事なのは、あくまで仕上げにこだわる精神です。そういう精神があるとないとで、産業とか技術についても、これくらい話が変わってくるということです。
 昔、「技術移転」という言葉が流行しましたが、これからは「精神移転」が大事です。







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