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レクサスはクルマではなく芸術品
 トヨタの話をもう一つしましょう。ロナルド・モースUCLA大学教授、と言うよりしばしば議論を楽しんできた長年の友人が先日こんな話をしてくれました。「トヨタのレクサスは凄い。あれはクルマではなく芸術品である」と大いに褒めた。
 自動車をあそこまで芸術品にしようとはアメリカ人は思わない、思いつかないという。仮に誰かが思いついて命令しても、足並みが揃わない。ところが日本ではそこまでやろうと思いつく人がいて、しかも心を合わせてそこまでやる社員がいて、さらにはそれを助ける技術力を持った中小企業まであって、「デザイン・イン」と言うのですが全員が心を合わせてピカピカの自動車をつくる。すると値段は高いが、日本にはその価値をわかって買ってくれるお客がいる。
 それをアメリカへ持っていくと、二〇年前は「オーバー・クオリティだ、過剰品質だ」と言ったもので、「自動車をこんなに上等にする必要はない、日本はムダなことをした。しかも値段は二倍ぐらい高く売ってもいいのに、あまり変わらない値段で売るのはダンピングである、ひどく迷惑をする」と。
 しかしそれは政治の話であって、アメリカのお客はオーバー・クオリティだとは言わなかった。「これはいい、満足である。高くても買うぞ」と応えたので、やがてこれがニュー・スタンダードになってしまった。そのうちグローバル・スタンダードにもなるでしょう。
 理屈を言ってもお客が買ってくれなければ仕方がないので、アメリカもそれをつくろうとします。しかし、鉄板からしてつくれない。ペイントからしてうまくいかない。それで「日本よ、来てつくってくれ」となった。ところがアメリカの労働組合の人は心を込めて働かない。雑に仕上げてしまう。だから、心を込めて働くような労働者にする教育からした。
 あの頃の日本人は本当に人が好かったので、何もかもアメリカのためにしてあげたのです。すると今度はさらに、「全部教わったけれども、トヨタではもっと良いものをまたつくる。次から次へと良いものをつくる。それも盗もう」とダンピング訴訟をする。トヨタは「ダンピングしていません。この値段でできます」と反論しますが、すると「では、そのやり方を全部教えろ。トラック一台分ぐらい資料を出せ」となる。
 まだ純朴だった他のメーカーは出すが、トヨタはもう出さない。結局これはダンピングかどうかではなく、我々の技術を盗むためにやっていることなのだと気づいたからです。現に資料を出すと、それがフォードやゼネラルモーターズに流れている。アメリカ人が書いた本にそう書いてあります。
 けれども、働く人間が違うから同じようにはやれません。
 そのようなことが未だに続いています。
 
ISOもアメリカの謀略
 私はISOというのもアメリカの謀略だと思っています。「ISOを取れ。するといい製品ができるから、それを買い上げてやる」と言うわけですが、それでできるのは規格品です。アメリカの規格にちょうど良いものができるだけで、もっと良いものはつくれない。むしろISOの規格どおりに仕事していると、会社全体が「これでいいのか」と油断してしまう。まあ、アメリカ人は買ってくれるでしょう。しかし、それでは進歩が止まってしまう。
 そう思っていたら、本日は中日本ダイカスト工業の五島(ごしま)昭寿会長がいらっしゃっています。五島さんのお話を聞かせてください。中日本ダイカスト工業は岐阜県の会社ですが、トヨタの部品をつくっています。五島さんは実に偉い人で、我が社はISOなんか取らないとおっしゃっている。その話をしてください。
【五島】ほんとうにISOというのは、原価がかかるだけです。それよりも長いことやってきたTQC(トータル・クオリティ・コントロール)さえしっかりやっていれば、経費をかけないでISOと同じ効果になるんです。だから私はISOに反対です。ただ、取らないと日本のメーカーからも注文が来ない時代ですから、取ってはいますが、しかしこれはむだです。最近はGMからもたくさん発注が来ているのですが・・・。
【日下】なるほど。むだだという意味を教えてください。
【五島】私どもはちょうど三〇年になりますが、主にトヨタからTQCをしっかりたたき込まれてきたんです。TQCさえしっかりやっていれば、ISOは要らないのです。
【日下】トヨタにしろ、GMにしろ、仕入れ係が品物を見ないで、ISOを見て仕入れるわけですね。
【五島】ええ、ISOというタイトルだけあれば、発注の対象になる。
【日下】それで、ISOにかかったコストだけ高く納めるわけですね(笑)。
【五島】そういうことになるわけですね。
【日下】その仕入れ係を首にすべきですね(笑)。できた品物をきちんと見られる人を仕入れ係にすればいい。それを何でも形式化しようとは、よくないことですね。
【五島】今年の三月ですけれども、GMから購買担当役員が私どもの工場を見に来ました。見に来たというよりも、資格審査に来たと思うんです。
【日下】そう言いながら盗んで帰ったんじゃないですか。
【五島】トヨタの奥田会長が言われるように、警戒しなければいけないと思っています。
【日下】生産管理部門でパソコンを全部捨てたという話を前に伺いましたけれども、それも教えてください。
【五島】私どもが教育を受けてきたTQCは、データに基づいてという言葉がついているんです。だから、データをしっかり取っていることが底辺にあるわけですけれども、現代社会になりますと、データというものが果たして価値があるかどうか、疑問の時代になってきたわけです。それよりも、品質がよくて、生産性が高くて、コストを安くできればデータなしでもいいじゃないかという考え方に立ちまして、昨年度私どもの現場にあります一八台のパソコンを、全部取り上げてしまった。それに伴って、データの基本になる数字の伝票類、それからデータのグラフ類、そういうものも一切なくしたのです。経費的に言うと、実際に相当の経費が下がりました。その結果どうであったかというと、データをとってやっているよりも、生産性が良くなっています。
【日下】品質も良くなっているのでは?
【五島】品質も良くなっています。
【日下】御社の場合、不良品が減るから利益が出るんですよね。機械の稼働率が上がるから、利益が自然に出る。IT革命はウソだった(笑)。
【五島】それを去年やりまして、データなしにして、かえって利益率が倍になりました。だから、やっぱり昔ながらの良かったことを見直す時期がきていると思います。すべて見直してみたらどうかと思っているんです。
【日下】そしてますます前へ行くわけですね。どうもありがとうございました。五島会長でした。日本の中小企業はどんどん前へ行っているんです。「アメリカではこうだ」などと教えをたれている人は古い人なんです。







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