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第79回 資本主義は、略奪主義へ戻る
PART5
(二〇〇三年四月二十四日)
略奪の歴史を知らずして本質は見抜けない
 国を奪われるとはどんなことか、という話をしたいと思います。
 最初にホー・チミンの言葉を紹介します。
 フランスがベトナムの王侯国に対して何をしたかの歴史は省略して、ベトナムの人々は第二次世界大戦後、敗戦で引き上げていく日本軍のあとを引き継いで独立宣言をしますが、フランスは委細かまわず軍隊を送り込みます。私に言わせれば、独立国に対する侵略戦争ですが、フランスは反乱軍の鎮圧だと称しました。
 さて、ベトナムの人は勇戦敢闘してフランス軍をディエンビエン・フーの盆地に追いつめます。全滅を目前にしてフランスは原爆使用を口にしますが、そのときホー・チミン大統領はこう言いました。「原爆は恐くない。一発につき何万人かが死ぬだけだ。しかし、国を奪われたらどうなるか。我々は永久にすべてを奪われる。精神の自由も肉体の自由も奪われる。我々は国を守るためには原爆を恐れない。」
 それが本気だとわかってフランスは原爆を使用せず、ベトナムの再支配をあきらめました。また、それが前例となってアメリカもベトナム戦争のとき約一〇万人の損害を受けましたが、それでも原爆を使用しませんでした。
 では、国を奪われるとどうなるのでしょうか。一番穏やかな例としてハワイの話をしましょう。
 ハワイはもともと独立国でした。カメハメハ一世、二世、三世、四世、五世といまして、最後はリリウオカラーニという女性の王様がいたのを刑務所に入れて、アメリカが国をとってしまいました。
 話がずれますが、外務省OBの大学教授から先日、「白人は略奪を事とするという話をこのごろ連続してやっているそうだが、なぜ今そのような話をしているのか」と聞かれたので、次のように答えました。「白人は略奪を事とするという基本常識が欠けているから、日本外交は腰が座らない。今度のイラク戦争に関する予測を間違えるのもそのためだ。バグダッドを取って、その後アメリカは何をするかという予測が立たないのも、そのためだ。アメリカは民主主義の国だとか、文明文化の国だとか、まあその一面も認めるが、しかしその奥底まで見るメガネを外務省の人は持っていない。その欠陥が随所にあらわれていると思うから、基本常識をつけるために、白人は略奪を事とするというテーマで話しだすと、これが止まらない。ネタがたくさんあるのは白人が悪いのであって、私のせいではない」。
 相手の国を性善説で見るのは結構だし、そのようにつき合うのも結構だが、しかし用心はしていないといけないわけです。国際外交というと、いつも親善とかグッド・リレーションばかりで、イコール・パートナーなどと言われるとすっかり喜んでしまい、これで外交の目的を達したと思うのはとんでもないことだ、とかねてより思っています。
 あるときそれを外務省の人に言うと、「そんなこと言ったって仕方がない。大使になるとき、天皇陛下から辞令をもらうが、その辞令には相手の国と仲よくせよと書いてあるのだから」と言われました(笑)。
 グッド・リレーションをつくるのは、日本のナショナル・インタレストを守るためで、それが仕事なのに、前半だけで目的達成と思っては困ります。グッド・リレーションが結論ではありません。金を取られるとか、名誉を取られるとか、譲歩して一件落着というリレーションはもうやめていただきたい。相手にとってグッドでは困る、と国民は思い始めています。国民意識はどんどん変わっている。そんな思いがあって、こういう話を連続してやっています。
 
ハワイ人がハワイの土地を買えなかった理由
 さて、ハワイです。
 個人的なハワイの思い出は、まず一九六八年に初めて、何も知らずに行きました。そのときは住宅産業調査団を二十数名引き連れて行きました。アメリカ中の住宅団地開発及びプレハブ住宅会社をずっと回ったわけです。
 そのころは住宅産業と私が言うと、「そんな言葉はない。住宅産業などという変なものを自分で発明するな。通産省の標準産業分類にも日本銀行の産業分類にも、住宅産業などという言葉はどこにも書いてない」と言われて、「それは官庁が遅れているからで、今にできますよ」と言っていた思い出があります。
 六八年にアメリカ中を回って、最後にハワイです。ワイキキの浜は多くの人が泳いでいますが、少し奥へ行くとほとんど人が住んでいない風光明媚な未開地があります。そこにディベロッパーが土地造成をして、一区画一エーカーというと四百何十坪を販売しています。少し小さい区画は二分の一エーカーで、土地分譲の単位はエーカーです。それじゃ、日本の住宅は十五分の一エーカーか、と苦笑しました。
 業者が我々を案内して説明したとき「今は日本人でも買えるようになりました。どうか買ってください」と言った。
 その意味は、「この辺は有色人種は土地を買ってはいけない、白人でなければだめ、という規制があったが今はもうありませんから、どうぞ買ってください。きっと値上がりします」ということです。
 ああ、そうか、ここでもまたそういう話かと思いました。国を奪われるとそうなるのです。もともとハワイにいたハワイ人は、その辺の土地を買えない。そんなバカなことがあるかと思いますが、国を奪われてハワイ州になると、土地は白人が押さえてしまいます。ハワイの原住民は立入禁止、所有禁止という場所をつくってしまうのです。
 
「帰ってしまう日本人」の珍しさ
 それから、タクシーに乗ると一見完全な黒人が運転手でしたが、名札はワタナベと書いてあった。話をしてみると、「父親は日本人ですが、母親は黒人です。お母さんのほうに似たから真っ黒ですが、名前はワタナベです」と言っていました。
 これはもう常識ですが、日本人は男ばかり行って、女性を連れてこない。珍しいことですが、一旗揚げて金を儲けたら、故郷に錦を飾ろうと思っている移民です。
 日本人は帰ってしまうのです。
 エピソードを言えば、私のいた長銀のニューヨーク支店長とかロサンゼルス支店長が向こうへ行って、一流ゴルフクラブに入りたいというと結構入れてくれた。名門一流ゴルフクラブというのはアングロサクソンが押さえていて、ユダヤ人も大抵入れてくれない。まして有色人種は絶対お断りで、そういうのを名門と言うわけですが、そのころの日本の銀行とか商社は大変なお金持ちで、地域の発展のためにいろいろなことをしてくださるからだと表向きは言うが、本当の理由は、日本人はすぐ帰る。ここに居ついて、我々の地位を脅かす心配がない。それが一番の理由であって、英語がうまいとか、紳士だとかいう理由ではない。「帰るからだ」と説明をしてくれた人がいます。
 ところが、そのころの日本の新聞では、良い仲間をつくってつき合いをするのがゴルフクラブで、日本人はつき合いをしないから入れてくれないというのが普通の意見でした。だから、もっと英語をしゃべれるようにして、冗談を言えるぐらいになってアメリカへ溶け込めと言われている真っ最中に、その当人の支店長たちが、「いや、帰るからだ。現地に溶け込まないのが良い点だ」と言ったので、笑ってしまったのです。







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