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新規範発見塾 レクチャー・メモ vol.15

 事業名 先駆的情報の創出・発信事業
 団体名 東京財団政策研究所 注目度注目度5


第77回 資本主義は、略奪主義へ戻る
PART3
(二〇〇三年二月二十日)
スラブ民族による略奪の歴史とは
 日本人にとって、資本主義の前にあったのは共同体です。とても伸良く暮らしていたのだから、それに比べて資本主義は悪いことだと思っています。
 しかしヨーロッパ人の常識では、その前は略奪主義ですから、資本主義というのはなかなか紳士的で、良くなったのだと思っています。そのぐらい認識が違うと思っておくべきでしょう。
 前回は、ローマ人がサビーニ族の女性を略奪してきた建国物語と、ノルウェー人が世界を略奪して回った、バイキングの末裔がアングロサクソンだという話を紹介しました。今回はスラブ民族、ロシア人が東へ東へとやってきて、とうとう日本まで来た。その間にたいへんな略奪をしたという話をします。
 スラブ人はもともとモスクワの周りにいて、ウラル山脈は想像力の外だったのですが、一五八〇年ごろ、突然シベリアへ行こうという気になりました。先頭を切ったのがコサックという荒れくれです。
 このコサックとは何者かという点は諸説あるのですが、一説ではそのころロシア人の農園で働いていた奴隷が逃亡して、東のほうへ住みつきコサック民族ができたそうです。別の説では、ジンギスカンについて攻め込んだモンゴル人の一部が農業もするようになって、ウラル山脈のあたりに住んでいたのが主で、そこへ逃亡奴隷や犯罪者が逃げ込んだといいます。
 そのコサックがシベリアヘ進出したのは、ロシア宮廷が命令したからです。クロテンの毛皮を獲りに行ったのですね。資金を供与し、辞令も与え、隊長を任命し、成功して帰ってきたら貴族に取り立てるのです。
 クロテンがパリで流行したので大変儲かるということがそのころわかり、全盛期にはロシア財政の収入の一〇%がクロテンの毛皮だったそうです。儲かるからもっと獲ってこいというわけですね。
 ちなみに、日本は一六〇〇年が関が原の戦いです。その二〇年ぐらい前ですから、まだ織田信長が三十歳になるかならないかの頃です。
 さて、興味深いことに、ロシア宮廷がシベリアへ行けと命令し、それからなんと六〇年でコサックはオホーツク海まで来てしまうのです。ハバロフスク、ウラジオストクのあたりにロシア人が住みついて村ができます。そして清国と摩擦を起こすわけですが、とにかく六〇年でシベリア全部に人間が来て住んでしまうとは、移動の速度は速いものですね。
 いっぽうコロンブスがアメリカへ到着したのが一四九二年です。後にスペインから続々と残虐な人が渡ってきます。王様を捕まえて、「おまえの体重と同じだけの金をとってこい、さもなければ火をつけて全員焼き殺す」というようなことをして、金がなくなると今度は砂糖をつくらせたり、略奪の限りを尽くしました。その後、チリにまで達するのがなんと五〇年後です。チリには修道院、教会が建ち、スペインの大本山へ報告書を書いたのが残っています。
 五〇年でスペイン人がキューバからマゼラン海峡まで行ってしまうのですから、スラブ人が六〇年でモスクワからオホーツク海まで行っても不思議はないわけです。
 
武力で領土にし、税金を課す
 さて、スラブ人がはるばるシベリアを東進して太平洋まで出てくる。彼らは鉄砲を持っていて、原住民は鉄砲がありませんから、武力で負けます。軍事力で村を包囲し、ここはロマノフ王朝の領土であると宣言します。それからギリシア正教の布教をするわけです。
 つまり、最初に宣言するということが非常に重要なのですね。「ここはもう領土である。君たちは税金を納めなくてはいけない」と言う。ボーッとしていると、あっという間にそうなってしまいます。外交交渉の第一歩とは、そういうものなのです。日本人にはそういう習慣がないので、相手が横暴なことを言っても聞き流しておけば大したことはあるまいと思うわけですが、違うのです。
 次に既成事実を確定してしまいます。たとえば「君たちは一日に一匹ずつ、ひと月に三〇匹クロテンの毛皮を獲ってきて、税金として納めなくてはいけない」と宣言をしてしまいます。
 もともとの住人は、「何だかわからないが、まあいいや。それで済むんだろう。三〇匹やればおとなしく帰るだろう」と思うけれども、そうではないのですね。三〇匹納めると、次は四〇匹と言われます。こんなうまい商売はやめられない、こんなおとなしいヤツらは、もっと絞り上げてやれというわけです。
 当然、住民はだんだんさぼるようになります。すると女・子供を囲ってしまうのです。男は全部森へ行け、その間家族は我々が守ってやると言いながら、やりたい放題のことをしてしまうのです。女房、子供を人質に捕られているから、仕方なくノルマを果たすわけですね。
 これも日本人の想像の外です。日本人は、敵は女・子供に悪いことは大抵しないだろうという常識ですけれども、それは日本国内戦争の話です。白人対有色人種のときはそうではない。得になることは何でもする。敵の弱みは女・子供だと思ったら、それを痛めつけて利用するのです。
 
平和とは一時的に生じる状態
 だから、日本はロシアと交渉するときに、絶対に弱みを見せてはいけません。小沢一郎さんがモスクワヘ行って、一兆円で北方四島を返せと言ったのは、弱みを見せたことなのです。こちらは強みを見せたつもりでしょうが、向こうは「そうか、北方四島がそんなに欲しいのか。それだったら今度は二兆円、三兆円とつり上げて取ってやれ」と知ってしまいます。北方四島に値打ちがあるということを、小沢さんが教えてしまったのです。こういう交渉の仕方は、ロシア相手にしてはいけないのです。
 さて、スラブ人は先のようなことを繰り返してどんどん東へ来ますが、その間の悩みは第一は食料不足です。モスクワから食料を送ってくれるということはありませんからね。そもそも道路のないようなところですから、なんとか道路らしいものをつくって、馬車で食料を少しは送るとしても、だいたいは「現地調達をせよ」ですね。ですから、略奪をする。
 もう一つは、南下するとモンゴル人と中国人がいて、これは手ごわい。組織を持っていますから、略奪には組織的に抵抗するので、スラブ人も南下できない。というわけで、ちょうど北緯六〇度の線を東へ東へとずうっと来るわけです。
 この理由は、まずテンがその辺に住んでいるからです。テンはあまり寒いところにはいない。砂漠にもいない。ちょうどテンがいるところを追いかけてくるのです。南へ下がると中国、モンゴルと戦争になります。だから南下はしない。正確には何回も戦争をして、勝ったり負けたりして、折々条約を結びます。しかし結んでも、相手が弱いと思ったらすぐに破って南下するのです。その繰り返しです。
 だから、彼らにとっては交渉というのは一時的な平和であり、力が対等のときにするものです。力のバランスが崩れたらまた略奪に戻るわけです。ちょっとした時間かせぎにすぎません。その常識を忘れてはなりません。
 日本人は永久平和などと言いますが、それは世界では非常識です。あり得ないこと、誰も信じません。平和とは戦争が終わった後、一時的に生じる状態で、次の戦争の準備をするのが当たり前です。自分の民族を守り、家族を守るためには、次の戦争の準備が必要です。そのとき相手を油断させるために、永久平和などと言うことがある(笑)。そして、それを弱者に誓わせる。強者は誓わない。広島と長崎が好例です。







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