パックス・ロマーナに寄与した寛容の精神
そこから先が面白いのですが、もちろんサビーニ族の男たちは奪還戦争をします。四回あって、いずれもローマが勝ちます。ただし、四回目のときに不思議なことが起こります。その娘たちが両方の間に割って入り、「もう戦うのはやめてほしい。妻になって子供も産んでしまった。自分の夫と、自分の兄弟や父が戦っているのは見ていられない」と訴えるのです。
という経緯で、仲直りをします。既成事実の強さです。ここで注目すべきは、ロムルスは寛容なリーダーで、対等合併をするのです。ローマの市民権をサビーニ族にも与え、そこでローマ共和制が始まりました。
そしてこの原点はその後も継続され、自分たちが戦った相手をみずからの仲間に加えるという「同化政策」路線はローマの強大化に大きく寄与するのです。
さて、前回「パックス・アメリカーナがこれから実現する。ブッシュは中東を全部征服して、パックス・アメリカーナのもとでアラブの人たちは幸せに暮らすであろう、これはパックス・ロマーナと同じである」という見方への反対意見を述べました。ローマ建国の話をした後で、前回言わなかったことを付け足せば、次の点です。
日本時間3月20日、米英軍によるイラク攻撃が開始された。戦闘は短期で終結したが、その後も紛争やテロが続き、先行きは不透明。 写真は、倒されるフセイン大統領の像 |
パックス・ロマーナがどうしてあれだけ長く続いて繁栄したかというと、その根本精神が寛容にあるというのも大きな理由です。戦いに勝ったときでも、負けた人を受け入れて、対等に扱うことをずっと続けてきた。だから、ローマは長く続いた。
根本の精神は寛容で、その精神はヨーロッパ中に広がった。そのあらわれが共和制で、かつ自分たちの繁栄を守るためには軍事力を強くした。非常な軍国主義ですが、しかし中身は民主主義であり、共和制であるというわけです。これは、ヨーロッパの教養ある人はみんな知っていることですね。日本人の教養ある人が天皇家や京都の歴史を良く知っているのと同じような、基本的な教養です。
このように述べてくると、「パックス・ロマーナで世界は幸せになった。これからパックス・アメリカーナで世界は幸せになる」のだという見方が浅薄であることが、よくわかると思います。パックス・ロマーナの条件はいくつかあるのであって、ブッシュが今やっていることは、この条件のうち軍国主義しかないのです。
共和制や寛容の精神はどうなっているのでしょう? かつてアメリカがハワイを征服して合併しました。その話は別の回でやりますが、ハワイ出身の米国大統領は、今はあり得るようになっています。だから、そこまではローマと同じです。しかし、これから日本人の大統領を認めてくれるのかということになると、それは考えられません。アラブ人の大統領はもっと考えられません。
〈筆者注〉
二〇〇三年八月現在で書き足しをすると、アメリカはフセインの息子ウダイとクサイの所在を突き止めると、直ちにピンポイント攻撃をして二人を爆死させました。戦争中ならそのやり方も許されますが、ブッシュが声明したとおり「戦争はもう終わっている」とアラブの人は考えていますから、降伏勧告とか出頭命令とか催涙ガスとかの手続きがないことに不信の念を抱いています。「凶暴なアメリカ」「許さないアメリカ」を文明・文化的に見下しています。アラブには「許す」思想があると言います。つまり、今のアメリカには寛容の精神がないという指摘ですから、アラブの感化には失敗しているわけです。ローマと同じとは言えませんね。
「食い詰め者」たちによるアメリカ建国
アメリカの歴史を振り返ってみましょう。
よく知られているようにアメリカ人はヨーロッパの「食い詰め者」ですね。刑務所にいる人間を「出してやるからアメリカに行け」。あるいはまったく食えない人間が船会社へ行って、「アメリカまで運んでくれ、船賃は向こうへ行ったら働いて返す」。これを年季奉公者というのですが、そういう人たちがアメリカでたくさん働いていました。
その実態を研究した東大教授が、「この人たちの生活状態は黒人と比べてよかったとは決して言えない」と書いた本があります。なるほどと思ったのは、黒人の奴隷は病気になったら治療してくれる。自分の財産ですから、修繕して、また使うわけです。白人の年季奉公者が、年季がそろそろ終わりというときは治療してくれない。治療代はその人の債務勘定に乗せるか、あるいは解放してしまうのです。経済的にはそのほうがコスト・パフォーマンスが良いですからね。
だから、黒人の奴隷のほうが大切にされたということですが、ジョージ・ワシントンが独立宣言を出したときのアメリカ人は、そんなことはみんなよく知っていました。自分たちは刑務所から釈放されて来た、あるいは本国では食えないから出てきた人間である。昔のことは、とても言えたものではないということは、よくわかっていますから、歴史なんていうのは大嫌い。
独立宣言の中に歴史は一行も出てこない。どこの国の憲法でも、大多数の憲法が自分の歴史と文化の伝統を誇りに書くわけです。一〇〇〇年前からこうやってきた民族である、そしてここに今、国家をつくるのである、と憲法前文にはどこの国でも書いているものですが、まったく書いていないのがアメリカ。そして日本。今の日本国憲法はアメリカの押しつけですから、書いていないのです。そんなことを書くと日本人は一五〇〇年ぐらいさかのぼってしまって、アメリカのほうが負けてしまいますから。
そのおかげで、歴史学派というのはアメリカでは勢力がない。歴史なんてものは価値がない、我々は未来へ向かって進むのだ。と、ここで進歩史観というのが出てくる。どんどん良くなっていくものだという考えが大前提になる。
だから彼らは、略奪の歴史を知らないフリをしているというより、本当に知らない人が多いのかもしれません。だから、歴史に詳しい人が教えてあげなければなりません。それもまた、こんな話をしている理由の一つです。
アングロサクソンのルーツは海賊
ここまではよく知られた話でしょうから、次にアメリカが建国以前の話までさかのぼればこうなります。
ビル・トッテンという人がいます。何冊もベストセラーを出していますから、お読みになったことがあるでしょう。片仮名で「アシスト」と書いた看板を出した会社が、ホテル・オークラからおりてきたところにあります。彼の本職はそのコンピュータ・ソフト会社の社長ですが、このビル・トッテンさんは「日本愛国者」で、奥さんも日本人。「IT革命のためだと税金から予算がついた仕事は、私は拒絶します。日本を悪くします」と言っています。ソフト会社なのですから、それに乗っかったほうが儲かるのですが、「日本が悪くなるようなソフトづくりを、私はしません」という人です。IT革命の宣伝をして税金でパソコンや光ファイバーを売りつけた日本の会社は恥ずかしいですね。
さらに紹介しますと、日米貿易摩擦のときに彼は「日本は閉鎖的なマーケットで儲けさせてくれないとアメリカは大合唱しているが、あれは日本へやって来て儲けられなかった東京支社長のセリフだ。日本へ来て儲けた人は何も言いません。日本は良いマーケットだ。きちんと良し悪しを見分けて高い金を払ってくれる。フェアプレーをしていれば日本は儲けさせてくれる国だ」と言っていました。
トッテンさんはアメリカへ行ってもそう話します。すると、アメリカから見学団がやってくる。彼はビルディングへ連れてきて、「見なさい。私のところはアシスト、助けるという会社だが、片仮名で書いてある」。本当に片仮名でアシストと書いてあるんです。しかも英語ならアシストはSが二つ入ってASS・・・となるわけですが、これも日本語に合わせてSは一つにしてある。「ここまで日本風にやっていると、日本人のお客は『わかりやすい』と言って、ちゃんと注文をくれます。日本に溶け込んで、日本のマーケットで生きていく。そうすれば儲かるから日本は閉鎖的でない、とアメリカからやってきた国会議員、新聞記者にこうやって見せている。なるほどと言って帰るが、それでおしまい。けしからん、アメリカ人の根性は汚い、日本人のほうが美しい」と言い出して一〇年もたちます。
そんな彼が、一昨年に書いた本が『アングロサクソンは人間を不幸にする』というすごい題の本です。グローバル・スタンダードは悪魔の言葉であると書いている。アングロサクソンであるビル・トッテンさんご本人が言うと信用がありますね。そのビル・トッテンさんと会ったとき、こんなことを話してくれました。
トッテンというのはノルウェー人の名字です。ノルウェー人はもともとバイキング(海賊)です。物産が乏しいから、船に乗って略奪に出かけます。国へ帰っても幸せはないから、侵略をすれば絶対強い。
バイキングは、まずイングランドの島々にたくさんの根拠地をつくります。初めは侵略しても引き揚げるのですが、だんだん住みつくようになります、やがては、イギリスという国全部をノルウェー人が占領支配したとまでは言いませんが、ほとんどそのような状態になりました。やがて北フランスまで行き、それに対して戦ったのが有名なジャンヌ・ダルクの物語です。
ビル・トッテンさんの言うとおりに言えば、我々はイギリスを占領し、ついでその子孫がアメリカへ渡った。アメリカ国家の根本はノルウェー精神である。それは略奪であり、海賊である。
確かにイギリスが海賊の国だというのは有名ですね。女王陛下がもっと海賊をやれと言って、たくさん略奪して帰ってくると、上納金を払わせ貴族にしたのです。海賊というのは、イギリスでは国営産業でした。
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