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道義、道徳の低下してきたアメリカ
 すると結局どうなるでしょうか。これはアメリカ精神の危機です。
 世界から見れば道徳のない国で、社長や会長がインサイダー取引をしてガッポリ儲けたり、ワシントンを使って儲けたり。しかもその儲けた金で、献金を一番たくさんした相手がエンロンの場合はチェイニー副大統領、その次がブッシュ大統領だという説があります。国会が追及すると、あの二人はイラク相手の戦争を始めてごまかそうとします。これは今年(二〇〇二)六月から言われ始めたことですが、「そんな戦争のどこに正義があるのか。そんな戦争に行って死ぬのは嫌だ」「いや、あなた方は死ななくて済みますよ。航空攻撃だけですから安心してください。それで済まないときは、原子爆弾を使いますからご安心ください」といった調子です。
 こんな戦争をなぜしなくてはいけないのかと世界が見るのは当然で、資本主義が略奪主義になってきた一つの証拠です。アメリカの民主主義が壊れかけている証左でもあるでしょう。
 九・一一のテロ事件後に、俗称「愛国法」という法律をつくりました。怪しいと思われる人物はとりあえず逮捕してよろしいと、司法手続を非常に簡略化しました。結局五五〇〇人を留置場に入れたのですが、おそらくそれはアラブ人や回教徒ばかりだったことでしょう。さて、一年後四五〇〇人は釈放されています。だから、まだ一〇〇〇人留置場にいるらしいのですが、しかし一〇人か二〇人ならともかく、一〇〇〇人もテロリストがいるはずはない(笑)。そんな愛国法をつくるのは、スターリンと比肩していいほどの恐るべき独裁、強権、恐怖政治の国です。
 アメリカはもう、そのような国になっているのです。「最終勝利をしたのは民主主義と自由資本主義」だとは、よくぞ言ったものですね。
 
資本主義、これからの四つの選択肢
 さて略奪するとき、一番良いのは外国へ行って略奪することです。外国で略奪するのなら、国内の人は支持してくれますから。それで日本叩きをする。その後はイラク叩き、中国叩き、北朝鮮叩き。外国を叩いていればアメリカは団結が保たれます。情けない国ですね。道義が低下しているのです。
 外国は「いつ叩かれるかわからない。次は自分かもしれない」と思うから、アメリカが嫌いになります。それでアメリカは孤立しているのだと、私は思っていますが、いかがでしようか?
 以上をまとめて言えば、自由資本主義と民主主義も、全体主義と同じく敗北したと思います。
 少なくとも資本主義は最終勝利ではないのであって、ではもっと良いものにこれから進んでいくのか、あるいは元へ戻るのか? ということです。
 正確に言えば、四つの選択肢があることになりますね。
 まず(1)資本主義はどんどん進んでもっと良いものになる、(2)止まって続く(サスティナブル)、(3)戻る。その戻る先は野蛮な略奪主義、(4)戻っていく先は昔の別の何か(たとえば共同体主義など)。
 さて、私は今ここであえて資本主義はもっと良いもの、前へは進まないと申し上げます。現にそうなっています。そして、戻っていく先は略奪主義だと考えます。
 資本主義のそもそもの始まりは略奪です。そのことを思い出してください。「戻らない」というのが進歩主義で、歴史は進歩していくという考え方ですが、それに対して「進歩なんかしていない」という考え方もあり、この議論を歴史観と呼びます。そのどちらが正しいか? この集まりも皆さんとたくさん議論をしたいという試みでございます。
 さて、アメリカが今やっていることは、外国を略奪することです。もちろん口ではそう言いません。「同化する」「アメリカナイズする」と言います。「アメリカナイズしたほうがあなたは幸せですよ」とおっしゃるが、しかしそれは結構なことか、それとも腹黒いと思うべきか、どちらが正しいかはもう二、三年すればよくわかることでしょう。
 
パックス・ロマーナとパックス・アメリカーナの違い
 つぎに私が思いつくのはローマの場合です。今のアメリカはカルタゴとの戦争に勝ったときのローマと、そっくりではないかと思います。
 先日、ある外交評論家と話していると「パックス・ロマーナで世界は幸せになった。これからパックス・アメリカーナで世界は幸せになる」と言っていました。その人に限らず、最近散見される意見であることは皆さまご存知のことでしょう。たったそれだけでアメリカを肯定しています。アメリカがイラクと戦争すると、その結果、中近東はアメリカナイズされ、より幸せな生活になってアラブ人は感謝するという見方ですね。
 パックス・ロマーナとパックス・アメリカーナを、そんなに簡単に同列に置くことができるでしょうか。私はローマの専門家ではありませんので、以下は塩野七生さんの本で読んだことを自分流に解釈して紹介します。
 ローマとカルタゴが戦ったポエニ戦役が一次、二次、三次とありました。一次の頃のローマはイタリア半島を統一したとは言ってもまだまだ新興国で、もともとが農耕民族ですから航海術もろくに知りません。一方のカルタゴは経済大国で、さらに地中海世界における大国で、大海軍、大陸軍を持っていて、ローマよりもはるかに強大な存在です。
 第一次ポエニ戦役(前二六四〜二四一年)ではカルタゴがシチリア島に攻め込むのですが、これをかろうじて撃退できたのは、ギリシャが応援してくれたからです。そこで第二次ポエニ戦役(前二一八〜二〇一年)ではハンニバルというカルタゴの天才大将軍が、有名な「アルプス越え」でローマへ攻め込んできます。天才ハンニバルによって、ローマ軍は何度も完敗を喫します。しかし、それでもなんとか持ちこたえ、形勢を逆転することに成功します。
 それは「組織のローマ」を自覚し、持久戦に徹するという方向転換をしたからです。ローマの共和制は寛容の精神があって、ローマ人だけではなく、異民族にもローマ市民権を与えます。ローマの国境外に拡大ローマというのが存在した。その総力を挙げてカルタゴに勝つことができました。
 その後、第三次ポエニ戦役(前一四九〜一四六)では、今度はローマがはるばるカルタゴまで攻め込んで勝つ。
 さて、勝った後、ローマ人は「これは共和制の勝利である」と思った。もちろん重要な要素ではあります。それで共和制死守。しかし、その中身は元老院の既得権益保護となっていくのです。元老院というのは成功した人たちの集まりで、自分の権利は一ミリも削りたくない。拡大してくれるならば賛成。元老院がすなわち共和制である。まあ、その他の代表も少しは入れてくれるが、元老院の権力は絶対譲らない。すると一般市民は不満を持ちますから、共和制が空洞化していきます。







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