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世界で一番孤立しているアメリカ
 したがって、アメリカ(ブッシュ大統領)とビンラディン氏の戦いも、やっているうちに両方似てくるはずです。このことを言う人は一人もいませんが、両方が似てくるとすれば、アメリカもテロ国家になるということです。
 実際、アメリカがやっていることはテロと同じではないでしょうか。ハイテクを使っているだけのことで、ビンラディン個人を捕まえよう裁判にかけようというのは、裁判があるから多少合法的に見える程度で、本質的には暗殺しようとしているのと同じです。アメリカもこれからテロ国家にだんだん似ていくのでしょう。それでは世界中から嫌われます。
 だから、小泉首相は「あらゆるテロに反対する」と言いましたが、それではいずれブッシュにも反対しなければいけなくなります。だんだんそうなります。そのとき日本は進退両難に陥ります。ハンス・モーゲンソーを読みなおさなければいけません。アメリカを支持するとしても、きちんと距離を置いて、その距離は延ばしたり縮めたりできるようにしておかなければなりません。むにゃむにゃ言うのが政治家で、玉虫色というのは政治家の大事な仕事なのです。
 日本人は孤立することをたいへん恐れています。大蔵省、外務省、「なんでこんなことをするのか」と誰に聞いても、「いや、ワシントンのご意向だから」という答ばかりです。「逆らっても大丈夫ですよ」と言うと、「いや、そんなことをすると孤立する」「ときどき孤立してみればいいじゃないですか」「そんなことはできない」と、そこで思考が停止している。孤立と言った途端に思考が停止してしまうのです。
 アメリカ人がすっかりそれを覚え、味をしめてしまいました。日本人の顔を見たら「これだけ出せ。出さなければ孤立するぞ」と言うのは、日本人がすぐ「はい」と返事をしてしまうからです。
 私は何人ものアメリカ人から次のような話を聞きました。「日本からは幾らでも稼げる。たまったころを見計らって取りに行く」と言うので、「取りに行く手口は?」と尋ねると、「まずは国際会議を開く」。WTOとか、鯨保護とか、地球環境保護とかですね。そして「日本よ、いらっしゃい」と言うとのこのこやってくる。袋叩きになることがわかっていても日本人は来る。来ないと孤立するぞ、と言えば必ず来る。そして「お金は日本が払え」です。「払わなければ孤立だ」と言えば必ず出します。一〇回も二〇回も味をしめていますから、たまに「ノー」と言う石原慎太郎のような政治家が現れると、それだけで大変な騒ぎになりました。
 日本は孤立をおそれて、そこで思考停止になる現象が幾つもありますが、私はこう言いたいのです。世界で一番孤立しているのはアメリカだと、なぜ気がつかないのでしょう。孤立をおそれてアメリカべったりという答えになるのは、アメリカイコール国際社会だと思い込んでいるからです。たしかに大体はそうですが、部分的にはいろいろ違う点があります。
 
このままではアメリカは「下り坂の一〇〇年」
 それがだんだん積み重なってきましたから、こんなことをしているとアメリカは「下り坂の一〇〇年」に入るのではないかと私は思っています。これまでは上り坂の一〇〇年でしたが、ベトナム戦争以降、下り坂に入ったと見ることができないでしょうか。ベトナム戦争の後に反省したのが本物かどうかと思っていたら、湾岸戦争を見ているとあまり反省していません。また同じことをしています。
 これは別に私だけが言っているのではありません。世界がそう思い始めたわけです。だから、アメリカ自身でこれを改める力があるかどうか。あれば良しですが、なければどんどん衰退し、孤立していくでしょう。
 たしかにアメリカは孤立しても困らない。困らないから反省しない。それで余計孤立してしまうのです。
 アメリカは多民族国家ですから、国内でテロがいろいろなところに起こって、それで統制がとれなくなるという可能性があります。それを取り締まるとスターリンと同じ警察国家になります。レーニンとスターリンがしたことの第一は旅行制限ですが、アメリカ空港の検査の行列を見るとそれを思い出します。第二、第三と類似性を数え上げていくと本が一冊できそうです。
 こういう非対称戦争をやっていると、アメリカの中の国内戦争になってしまうのです。そうなると文明国ほど弱いのです。撹乱に弱いのは文明国です。炭疽菌のような攻撃をされたら、一番弱いのは地下鉄のある国。地下鉄のない国は怖くありません。サイバー戦争というのもあります。
 だから、ブッシュ大統領は軽はずみです。勇ましく右こぶしを振り上げてばかりで、自分の弱みについて考えていません。もう既に深みにはまってしまいました。どこかでこれは退却しなければいけないのですが、名誉ある退却のノウハウを日本が教えてやったらどうだろうと思っています。
 
移民が星条旗を大好きになる理由
 アメリカが下り坂の一〇〇年に入ったもう一つの話は、次から次へと新しい移民が入ってくるということです。それを同化する工夫がまだ未熟です。階層社会の下層に組み入れてしまいます。そのため何が起きるでしょうか? アメリカ人に新旧の二種類ができます。建国以来二二〇年の歴史がありますから、少しは経験を積んだ大人がいて、東部エスタブリッシュメントなどという人たちは結構冷静で、常識も豊かで、世界を公平に見る目があります。そういう人たちがときどきいい議論をしますから、私たちはそれを読んで安心しますが、しかし、そういう人が増えていく一方、次から次へと新しい移民が入ってきます。
 この人たちの精神状態、あるいは教養、物の考え方にはトラウマがあることを見逃してはいけません。移民の数が増えると、そのトラウマがアメリカ世論を形成するようになると、この前『正論』という雑誌に書きました。
 この人たちの持っているトラウマは、まず本国では浮かばれなかった。だから難民になってここへ来た。何とかして一旗揚げたい。ところがアメリカに来てみれば、また一番下にされる。教養も資本も技術もないから仕方ないが、それでもあきらめない。上昇志向が強い。
 さて、この人たちの上昇志向を一番簡単に満たすのは戦争です。下層階級が上に上がる一番のチャンスは戦争です。これはアメリカのウーマン・リブの本を読めば書いてあります。アメリカの女性は戦争のたびにステップ・アップした、男性並みになったのは戦争のおかげだと。言われてみれば、ほんとうにそうかもわかりません。
 下積みの人が上へ行くのには戦争が一番いいチャンスで、こういう人は星条旗が大好きです。アメリカ、アメリカと星条旗を振り回していれば、その瞬間は対等になれるわけです。こういう人は、振っていない人を見ると排斥します。アメリカ国内で国粋主義が盛んになるのは、新しい移民が多いからだというのも一つの理由です。途中入社の人のほうが愛社精神を誇示する必要があるわけです。
 だから『ワシントン・ポスト』ばかり読んでいては間違えます。
 アメリカはこうだと断定しないで、なるべくはアメリカを二つに分けて考えるべきです。日本人には不得手な発想ですが、アメリカのインテリと話す時、アメリカを二分してみせると喜んで身を乗り出します。それでインテリはもはや少数派になっているらしいとわかります。それから「日本にもこうした二分状態がある」と言うと、バカに喜びます。







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