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'04剣詩舞の研究(三)
幼少年の部
石川健次郎
 
剣舞「青葉の笛」
詩舞「月夜三叉口に舟を泛ぶ」
剣舞
「青葉(あおば)の笛(ふえ)」の研究
松口 月城(まつぐち げつじょう) 作
 
(前奏)
一の谷(いちのたに)の軍営(ぐんえい)遂に(ついに)支え(ささえ)ず
平家(へいけ)の末路(まつろ)人(ひと)をして悲しましむ(かなしましむ)
戦雲(せんうん)収まる(おさまる)処(ところ)残月(ざんげつ)あり
塞上(さいじょう)笛(ふえ)は哀し(かなし)吹き(ふき)し者(もの)は誰(たれ)ぞ
(後奏)
 
〈詩文解釈〉
 「一の谷の軍(いくさ)破れ、討たれし平家の、公達(きんだち)あわれ、暁(あかつき)寒き、須磨の嵐(あらし)に、聞えし(きこえし)はこれか、青葉の笛」。明治39年に大和田建樹が作詞した小学唱歌「青葉の笛」をご存知の方も多いと思うが、一方、松口月城(一八八七〜一九八一)の漢詩「青葉の笛」も現代の作家らしく新しい作風で、吟詠剣詩舞界では馴染み深い作品に数えられている。
 これらの作品の発端となっている“一の谷”の源平合戦は、寿永三年二月四日、源氏の奇襲で平家方は平忠度、道盛、盛俊らの公達が戦死、この作品の主人公と目(もく)されている平敦盛は愛笛にかまけて軍船に乗り遅れたところ、熊谷直実に呼び戻されて組討ちの末に、首をうたれたと平家物語に記されている。
 
呼びとめられた平敦盛(屏風画)
 
 しかしこの詩文では登場人物の名を具体的には表記せず『平家は、一の谷で源氏の攻撃に堪えきれず多くの武将を失ったが、その悲惨な運命を思うと心が痛む。激戦の跡は有り明けの月に照らされ、また平家の陣営の辺りからは誰が吹くのか悲しげな笛の昔だけが聞こえてくる』と、夢幻的な雰囲気をただよわせている。
 
〈構成振付のポイント〉
 詩文構成の上では、起承句が剣舞的で、転結句は詩舞で対応したい雰囲気である。と云うのはこの詩の表題である「青葉の笛」は、平敦盛が愛用した笛の銘(めい)で、笛をたずさえた敦盛は武人というより風流に笛をたのしむ平家の公達だからであろう。しかし剣舞としては写実な発想で再構成するのも意義があるから、例えば前二句は一の谷の合戦にポイントを置き、人物は特定せず“ひよどり越え”の奇襲を想定して、前奏から馬で断崖を下る気分で登場し直ちに切り込む。承句は、天から降ってくる敵を防ぐ平家方の敗け戦ぶりや、馬で逃げる背後を矢で射られて倒れるなどの混乱ぶりを見せる。転句からはフィクションを交えて、一人波打ちぎわにとり残された敦盛が、沖の僚船を見送り、観念した面持で刀を納め、腰から笛を取り出して戦死者に手向け(たむけ)の曲を吹く。結句の最後は、熊谷直実に呼びとめられた敦盛が、ふり返ったところ笛もろ共に斬られて倒れる、といった一人称の動きで表現するのもよい。
 
〈衣装・持ち道具〉
 今回は剣舞作品として取扱う関係上、黒又は地味な色紋付きに袴を着用する。前半は鉢巻き、たすきは必要だが、後半はたすきが不要になる。刀以外の持道具は、扇による“鞭(むち)”や“笛”の見立てが必要である。扇を開く振りがなければ、茶の無地に黒骨がよい。
 
詩舞
「月夜(げつや)三叉口(さんさこう)に舟(ふね)を泛ぶ(うかぶ)」の研究
高野 蘭亭(たかの らんてい)) 作
 
(前奏)
三叉(さんさ)中断(ちゅうだん)す大江(たいこう)の秋(あき)
明月(めいげつ)新た(あらた)に懸る(かかる)万里(ばんり)の流(ながれ)
碧天(へきてん)に向って(むかって)玉笛(ぎょくてき)を吹かん(ふかん)と欲す(ほっす)れば
浮雲(ふうん)一片(いっぺん)扁舟(へんしゅう)に落つ(おつ)
(後奏)
 
新大橋の下から中洲三つ股を望む(広重錦絵)
 
〈詩文解釈〉
 作者の高野蘭亭(一七〇四〜一七五七)は江戸文化が咲き誇った江戸中期の詩人で、当時大江と呼ばれた隅田川の景勝を詠んだ傑作である。
 さて詩文冒頭の三叉とは隅田川下流の新大橋から永代橋に至る間に中州があり、川の流れが分かれるところに堀川が流れ込み、水の流れが中断して三っつにわかれたので、三叉または三股(みつまた)の名で呼ばれた。
 この場所は現代の箱崎辺りで、当時は隅田川の中でも川幅が最も広く(二五〇メートルぐらい)船遊びに適した処で、夏は涼み船や川開きの花火見物、秋は月の名所として賑わった。
 詩文の内容は『隅田川三股辺りは川幅も広く秋の気配がただよい、月かげはすがすがしく天上にかかって広く川の流れを照らしている。興にのって笛を吹こうと思い、青く澄んだ空を見上げると、天上から、一ひらの浮雲が自分の小舟に降りてきた』というもの。
 
〈構成振付のポイント〉
 詩文構成の前半は三股辺りの情景を述べているが、この情景描写を客観的(三人称)に振りつけるか、または作者的な人物を意識して振りの中に反映するかを決める。
 
新大橋より三叉口を望む(江戸名所図会)
 
 後者をとるならば、先ず冒頭は川の流れやさざ波のような三人称表現から、船をこぐ人物(作者)を登場させ、川風の冷やかさに秋の気配を感じさせたり、川面に浮かぶ月影から天界を仰ぎ、またそれらの思いを詩作の動きに結びつけるなどが考えられる。後半は一人称で、静かに笛を吹く様子から次第に空想的な雰囲気に包まれた作者の想いを扇を使って抽象的に振付け、雲が舞い降りる形容なども見せて、最後は再び舟を操って退場する。
 
〈衣装・持ち道具〉
 作者(高野蘭亭)をあまり意識せず、幼少年の演者にふさわしい淡い色目の着つけと、バランスのとれた袴を着用する。扇は、月、川の流れなどと、閉じては笛の見立てなどに使うから銀無地が無難であろう。







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