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吟詠家・詩舞道家のための
日本漢詩史 第2回
文学博士 榊原静山
大和朝(その二)
―近江朝を含む(三〇〇頃〜七一〇)―
近江朝
 天智天皇は初め、弟の大海人皇子を皇太子としていたが、後に実子の大友皇子を愛して太政大臣にしている。そのため天智天皇が逝去されると、二人皇位継承者が出来てしまい、いわゆる壬申(じんしん)の乱が起き、その結果大友皇子が敗れて自殺し、大海人皇子が再び都を飛鳥の清御原宮に移して即位した。天武天皇は藤原不比等(六五九〜七二〇、藤原鎌足の子で光明皇后の父にあたる)に命じて、大宝律令をつくらせ政治の基礎を固め、官制、田制、税制、兵制、司法を改め、階級制度を規定し、近代国家としての体裁を作っている。
 ところで、天武天皇の第三皇子が漢詩の上手な大津皇子である。しかしまたここでも異母弟の草壁皇子が皇位継承者として争う立場になってしまっている。
 天武天皇没後、『春すぎて夏来にけらし白妙の衣ほすてふ天の香具山』の作者である持統天皇が即位されたが、持統天皇は女帝で天武天皇の皇后であり、草壁皇子の母であるので、実子の草壁皇子を即位させるために策謀をめぐらして、六百八十六年に大津皇子を、謀反の疑いがあるとして謀殺してしまっている。
 
近江朝の詩壇
 前述のごとく、日本最古の詩が大友皇子の“待宴”と“述懐”の二首であるとすれば、日本漢詩史は近江朝から始まるということになり、作者として、この大友皇子の他に、河島皇子、大津皇子、葛野王(かどのおおきみ)など皇族が名を連ねている。
 
大友皇子(六四八〜六七二)皇子は壬申の乱の時に自害しているが、天平勝宝三年(七五一)に成立したといわれる日本最古の漢詩集、懐風藻の冒頭に、この大友皇子の“待宴”という詩がのせられている。
 
街宴
大友皇子(おおとものみこ)
 
皇明光日月 皇明(こうめい)は日月(じつげつ)のごとく光り(ひかり)
帝徳載天地 帝徳(ていとく)は天地(てんち)を載す(のす)
三才並泰昌 三才(さんさい)ならび泰昌(たいしょう)なり
万国表臣義 万国(ばんこく)臣義(しんぎ)を表す(ひょうす)
(語釈)皇明・・・天皇のみいつ。三才・・・天地人。泰昌・・・泰平安昌のこと。
(通釈)天智天皇のみいつは日月が地上を照らすように、その大きな徳は天地いっぱいに満ちみち、天地人ともに安らかに太平で四方の万国はそれぞれ臣義を表わしている。
 
述懐
大友皇子
 
道徳承天訓 道徳(どうとく)天訓(てんくん)を承く(うく)
塩梅寄真宰 塩梅(えんばい)真宰(しんさい)に寄す(よす)
羞無監撫術 羞(はず)らくは監撫(かんぶ)の術(すべ)なきを
安能臨四海 安んぞ(いずくんぞ)能く(よく)四海(しかい)に臨まん(のぞまん)
(語釈)天訓・・・天のおしえ。塩梅・・・国政をつかさどる。
(通釈)自分の天皇の御心に従って道徳を体し、万機を総攬しようと思って、国政をつかさどるには覧相を選んでその翼賛を待つ次第である。しかし自分は菲才未熟で羞かしい次第であるが、臣隷を制御し民衆を愛撫するだけの術策を持っていないので、いかにして四海を統治すべきかを苦労するのみである。
 “待宴”の成立した時代は、中国の唐の高宗の中頃で、つまり中唐の時代で、近代漢詩を完成させた孟浩然や、王維などが世に出る前に当たっていて、中国でも五言絶句法が完成する以前であるので、この詩も五絶の平仄法には適応していない。また、第二句と第四句の末尾の字は本来ならば平韻の字を使うべきところを、地と義は去声の仄韻を用いているなどは当然のことで、この詩は絶句という形式ではなく、五言古詩の形態になっていると見るべきである。
 
河島皇子(六五七〜六九一)皇子は大友皇子の異母弟で、“山斉”という詩を作っている。
 
河島皇子
 
山斉
河島皇子
 
塵外年光満 塵外(じんがい)年光(ねんこう)に満つ(みつ)
林間物候明 林間(りんかん)物候(ぶっこう)明(あきらか)なり
風月澄遊席 風月(ふうげつ)遊席(ゆうせき)に澄み(すみ)
松桂期交情 松桂(しょうけい)交情(こうじょう)を期す(きす)
(語釈)塵外・・・俗塵をはなれたところ。年光・・・光陰。物候・・・風物気候。交情・・・友の情。
(通釈)俗塵をはなれたここにも光陰の移り変わりはある。林や森に四季それぞれの風光が明媚である。こうしてこの風景を見渡すのも誠に興趣のあることだ。ここにそびえる松や桂、これを見るにつけても、人の情もかくありたいものである。
 
大津皇子(六六三〜六八六)天武天皇の皇子で、死に臨んでの詩に、胸をえぐられるような傑作がある。
 
臨終
大津皇子(おおつのみこ)
 
金烏臨西舎 金烏(きんう)西舎(せいしゃ)に臨み(のぞみ)
鼓声催短命 鼓声(こせい)短命(たんめい)を催す(もよおす)
泉路無賓主 泉路(せんろ)賓主(ひんしゅ)無し(なし)
此夕誰家向 此夕(このゆうべ)誰(たれ)が家に向わん(むかわん)
(語釈)臨終・・・この詩は大津皇子が捕えられ死を賜わった二十四歳の時、死に臨んでの詩である。金烏・・・太陽のこと。泉路・・・黄水(よみの国)への路。賓主・・・客と主人。
(通釈)太陽が西の舎の方へ傾き、時をつげる鼓の音が聞える。黄水への路には賓主は誰もいない。今宵どこの家へ行こうかと、死の旅先の心細さを詠んでいるのである。
 
葛野王(六六九〜七〇五)大友皇子の長子。禁中のもめごとで苦しい立場に立たされた際の“遊龍門山”は感概のこもった詩である。
 
遊竜門山
葛野王(かどのおおぎみ)
 
命駕遊山水 駕(か)を命じて山水に遊ぶ
長忘冠冕情 長く忘る冠冕(かんべん)の情(じょう)
安得王喬道 安んぞ(いずくんぞ)王喬(おうきょう)の道を得
控鶴入蓬瀛 鶴をひいて蓬瀛(ほうえい)に入らん
(語釈)冠冕・・・官にいてかぶる冠。王喬・・・鶴に乗って天へのぼったといわれる仙人の王子喬のこと。蓬瀛・・・蓬来山のこと」。
(通釈)車に乗って山水の間に出てみると長い間衣冠束帯をつけて窮屈な役所づとめの情を忘れた、何とかして王子喬のように鶴に乗って天をかけり、蓬莱山に遊びたいものだ。
 
吟剣詩舞だより
長崎県総連
創立二十五周年記念
吟剣詩舞道祭
 梅花咲き匂う去る二月十六日(日)長崎県佐世保市玉屋文化ホールにおいて、(財)日本吟剣詩舞振興会ご後援のもとに、財団公認長崎県吟剣詩舞道総連盟創立二十五周年記念吟剣詩舞道祝賀祭が開催された。全体として記念式典、特別演舞、吟詠剣詩舞実技、祝宴の四部門で構成された。
 開始に先立ち、中村帥岳事務局長より創立来の経緯について報告があり、続いて物故者に慰霊の黙祷を捧げて、定刻どおり午後二時に式典が開始された。
 西岳栄理事長が心からの慶祝の挨拶が述べられ、また往時の財団施策に呼応、多難な組織づくりに奔走し長崎県総連を立ち上げ、初代理事長としてご活躍された会長竹末岳陽先生に対する敬意と謝意がのべられた。
 引き続き会長竹末岳陽先生へ会員一同より感謝状並びに花束贈呈が行なわれ、併せて県総連全役員の功労に表彰状授与が行なわれた。財団顧問・九連協特別顧問である会長竹末岳陽先生の祝辞では、昭和四十三年財団創立以来三十年にわたる笹川良一創始会長語録の一端を説かれ深い反省と実践の急務を痛感させられた。また、藤間勘栄美様社中による「祝舞」に続き、財団会長笹川鎮江先生並びに九連協益中幹事長、坂本書記長両先生からの祝電が披露され会場は感謝の拍手に包まれ乍ら式典は終了した。第二部特別出演は藤間勘栄美先生振付指導による「詩舞二題」が演じられ、満場の絶賛を博し錦上華を添えて頂いた。
 
全国合吟コンクールで入賞した女子チームの見事な吟詠
 
 第三部は、各会派選抜者による吟詠・剣舞・詩舞の熱演の他、平成十四年度全国吟詠合吟コンクール入賞チーム(女子五十五名)の見事な吟詠は、最後を飾るにふさわしく武道館大会の再現かと一同拍手喝采した。
 第四部祝宴では様々な想出懇親のうち定刻となり、最後に県総連の一層の躍進を誓って万歳三唱で締め括り、滞りなく記念祝賀祭を終了した。
(長崎県総連事務局)
 
第三十一回
関東少壮吟士会
自主研修会報告
 関東少壮吟士会は、二月二十二日(土)〜二十三日(日)の両日静岡県熱海市の湯河原厚生年金会館(ウエルシティ湯河原)において、OB三名を含む十九名が参加して行なわれた。
 昨年暮れに開催した第十七回少壮吟士会吟詠チャリティーの反省と今年度三月をもって定年を迎えられる四名の吟士慰労が主な目的である。午後三時から始まったチャリティーの反省会では、健康管理の大切さ、舞台に集中出来る環境づくり、観客を感動させる吟詠とは何か、まだまだ不足がちな個人練習度をどうするか等、真剣に問題点を提起し、夫々熱心な意見交換がなされた。地元神奈川県総連盟の組織を挙げての献身的なご協力に感謝し、今後も開催地の総連盟との連絡を密にし、早い時期からの連係体制が必要との意見を集約し、今後の更なる吟詠芸術の向上に努力することを誓い研修を終了した。
 その後、会場を移して送別のセレモニーに続き慰労会を行なった。挨拶の中で、小林北鵬会長より吟士一人一人が分担された職務を十分に果たした結果が成功に大きく貢献した、と労いの言葉があり、さらに定年を迎えられる四名(横田岳、志塚心鵬、渡辺桜虎、薦田南尚)の吟士の長年に亘り少壮吟士会をご指導いただいたことへの感謝の言葉があり、女性吟士より今後のご活躍を願い花束が贈られた。
 翌日は、自然の地形を残して整備された、『湯河原梅園』を散策し、正午湯河原駅で解散となり研修会を終了した。
(事務局)
 
少壮吟士の定年を迎えた四氏と小林北鵬少壮吟士会長(右端)
 
財団法人 日本吟剣詩舞振興会関連行事予定表(平成15年6月)
時間 大会名 開催場所 責任者
1日(日) 10時30分
〜16時00分
北海道東部総連盟吟剣詩舞道大会 北海道東部地区
コミュニティセンター
佐藤國凰
7日(土) 11時00分
〜13時00
財団本部理事会・評議員会 笹川記念会館 財団本部
8日(日) 9時00分
〜16時00分
日本九重流創流95年
第三代宗家継承30周年記念
第30回吟詠大会
酒田市
総合文化センター
東山穆洲
8日(日) 10時00分
〜18時00分
創立25周年記念
東京都吟剣詩舞道大会
笹川記念会館 菅原雪山
8日(日) 10時00分
〜17時00分
45周年記念
吟道陽心流浜松吟詠会大会
なゆたホール 原松陽
22日(日) 9時00分
〜18時00分
岳精流日本吟院
全国吟道大会
川崎市教育文化会館 横山岳精
22日(日) 9時30分
〜16時30分
平成15年度全国剣詩舞コンクール
北海道地区大会
カデル・2・7ホール 北海道地区連協
22日(日) 10時00分
〜17時00分
正親流吟剣詩舞創流45周年記念
吟詠剣詩舞大会
京都こども文化会館 富田正親
29日(日) 9時00分
〜16時00分
土屋美風吟道45年
日本美風流創流25同年記念
吟剣詩舞道大会
横浜市
青葉公会堂
土屋美風
 
五月NHK教育テレビ
吟詠放送
「吟詠・風薫る」
●放送日時(予定)
五月三十一日(土)
(日時については新聞などのテレビ番組表でご確認下さい)
●吟題と出演者
一、藤樹書院に過る
(伊藤東涯)
〈吟〉河田 神泉
二、和歌・わが宿の
(読人しらず)
〈吟〉徳田 寿風
三、山行同志に示す
(草場佩川)
〈吟〉辻島 鑑霊
四、蘇台覧古
(李白)
〈吟〉杉山 翔鴻
五、長安春望
(盧綸)
〈吟〉山本 賀陽
  宮野 鶴誠
  梶田 鷹巌
 
五月NHKラジオ
FM吟詠放送
「邦楽のひととき」
●放送日時
五月十五日(木)午前十一時〇〇分〜同三〇分
●再放送
五月十六日(金)午前五時二〇分〜同五〇分
●吟題と出演者
一、和歌・箱根路を
(源 実朝)
稲叢懐古(太宰春台)
〈吟〉宮田 実龍
二、和歌・浅緑
(僧正遍昭)
独柳(杜 牧)
〈吟〉吉見 芳蘭
三、湖上に飲す(蘇 軾)
海に泛ぶ(王 守仁)
〈吟〉中澤 春誠
四、事に感ず(于 濆)
清平調詞(李 白)
〈吟〉北村 嶂泉
五、烏衣巷(劉 禹錫)
夜受降城に上って
笛を聞く
(李 益)
〈吟〉有森 芳由
六、惜春詞(小野湖山)
〈吟〉佐々木一景







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