五、銀器と銀の甲の製作
筆者はフィールド調査のおりにヤミ族の部落の中で、銀板を打製できる技術者が少ないことを知った。しかも各人の技術力はまちまちで、ある者は銀の甲が打てるが、或る者は腕輪が打てるだけか、女性の付けるガラス珠と瑪瑙のてっぺんの飾りに銀板で装飾が施せるだけであり、銀の甲を製作することは苦手である。例えば、イモロッド村にはsiminaman mangsen(シミナマン マグスン)とsiminaman zomagpit(シミナマン ロマグピット)の二人のみが銀板を打製でき、イヴァリヌ村ではsiminaman papazing, siminaman kalogaw(シミナマン パパリン シミナマン カロガウ)の二人、ヤユ村には siminaman banaingbeng,siminaman cinapi(シミナマン パナインペン シミナマン チナッピ)の二人、イラタイ村には僅かsiminaman vengayan(シミナマン ヴガヤン)一人、イラノミルク村にもsiminaman jilomai(シミナマン ジロマイ)一人のみ、イララライ村にはsiminaman omladang, siminaman kido, siminaman knidasang(シミナマン オムラダン シミナマン キド シミナマン クニダサン)の三人がいるのみである。
イモロッド村のsiminaman manbing(シミナマン マンビン)が父親のsiminaman zomagpit(シミナマン ロマグピット)が銀板を打製していたのを見た時の経験及び、ヤユ村のsi banaingbeng(シ バナインベン)が口述せる彼の父親siminaman banaingbeng(シミナマン バナインベン)が金、銀板を打製していた過程の思い出(但し、金を打製していたのだけは見たことがないという)に基づくと、金銀の飾り物を打製する時は必ず多くの禁忌を守らねばならぬということであった。製造する場所は仕事場の入り口、涼み台の下或は空き地に新たに建てた茅屋の中で、周囲は竹或は鬼茅で囲って垣根を作り、他人を近付けないようにしなければならない。更に十字形に挿し込んだ鬼茅及び長槍cinalolot(シナロロット)で、悪霊が仕事の邪魔をするのを防がねばならぬのである。また、製作の際には、特別に褌を締め、袖なし襟首なしの短い上着を着て、銀の腕飾りを付けねばならぬのである。
冶金の時に必要な道具は以下の十数種に及ぶ。
1 天秤(pangananengan(パガナヌガン)、その形は両端が微かに反っている木製(或は竹製)の横木、両側に二個の椰子殻の底が麻縄で固定され吊るされている。そのほか石英で磨き上げた大小不揃いの幾つかの秤(はかり)の分銅ipangangavato(パガガヴァトォ)がある。((8))
(8)
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舳先と艫が高く突き出した小舟が表現した、少量の金属を量るための天秤と石英片石製の分銅(+) |
(9)
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山羊角製の金の破片を保存するのに用いられた容器 |
(10)
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金、銀を熔かすのに用いられる坩堝(土壺) |
2 蔵砕金羊角(pangorongan so girit(パゴロガン ソ ギリット))、羊角を削り出し、先の方へいくほど尖っていて平たくなっていく。そこには装飾の図形が彫ってあり、口の断面は木で塞いである。((9))
3 蔵砕金盒(panboyan so tomtamek(パンボヤン ソ タムタムック)、バタン島より伝わったもの。元々は秤の容器だったが、ヤミ族は砕けた金を詰める容器として用いる。
4 坩堝(paonagan so tamtatmek(パオナガン ソ タムタムック)、金銀を鎔かすための鍋で、陶土で作られる。((10))
5 坩堝(pasisivoran so tamtatmek(パシシヴォラン ソ タムタムック)、鎔けた金銀を受けるための鍋、受けてから、冷えて固まるのを待つ。陶土で作られる。((10))
6 堅石砧(pananangatangan a lalitan a vato(パナナガタガン ア ラリタン ア ヴァト)及び石錘(tatantang a lalitan a vato(タタンタン ア ラリタン ア ヴァト)、両者はどちらも鳥石で作られ、石砧の下に木製の台座を取り付けられている。((11)(12))
7 磨石、金銀を磨くのに用いる。
8 鉄鋏(sosopit a vahalang(ソソプット ア ヴァアラン)、金銀及び鉄を挟み、火の中に入れ加熱する物。
9 鉄鎚(鉄錘)(tatangtang a vahalang(タタンタン ア ヴァアラン)、金、銀、鉄を叩くのに用いる。
10 鉄斬(jijiji(ジジジ))、金属を裁断するのに用いる
11 椰扇(papaid o apoi(パパイット オ アポイ))椰子の葉を裁って作る。扇いで火勢を強めるのに用いる。
12 木模(pasakban a kayo(アサクラン ア カヨ))、木型。パンの木を円錐形に削る。内部は空洞にする。外側に薄く打ち延ばした銀板を合わせた型を作るのに用いる。((13))
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