■インド・太鼓の特質■
インドの太鼓の特質を述べるにあたって、まずはここで、ブーミドゥンドゥビとして知られる、古代の太鼓の一種から始めよう。そのきわめて「自然な起源」からしても、とくにこれが注目すべきものだからである。
昔インドでは、大地に孔を穿ち、そこを樹皮や皮で覆って叩いて(あるいは足で踏んだか)リズムをとったことがあったらしい。よりうがった解説によれば、この場合大地を覆った生皮は供犠としてささげられた水牛の皮であって、その尾でもって膜面を叩いたともいう。たしかにこの場合、孔を穿ってそれを皮で覆うという太鼓の基本的性格は、むしろドラマティックなまでに備えられている。しかし、さらに太鼓の実態を見ていくにしたがって、事態はいっそう複雑になっていく。
概して太鼓は、楽器を構成する四群のうちの一つである、「膜鳴楽器」に属する。インド楽器の伝統的な分類基準は、基本的に、楽器の音源がなんであるかからなされていて、これは今ではむしろ、世界に適用する楽器分類の基準とすらなっている。先駆的楽器学者である一九世紀ベルギーのG・C・マイヨンはこのインド固有の分類を採用し、以来楽器は、弦鳴楽器(タータヴァーディヤ)、体鳴楽器(ガナヴァーディヤ)、気鳴楽器(スシラヴァーディヤ)、膜鳴楽器(アヴァナッダヴァーディヤ)の四区分に大別されているのである。
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ジャールカンド州セライケラの仮面舞踊劇、チョウに用いられる大形のムルダング (ムリダンガムの一種)
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ラージャスターン州の人形芝居カトプトリーに用いられる ドーラク |
太鼓の場合、その一次的振動は、壼や甕の上面、あるいは枠などに張られた膜面に発する。そこでこの種の楽器は、「膜鳴楽器」と総称されるのである。インドではこれをアヴァナッダ(あるいはバンド、バンドヴァーディヤ)と言い習わしてきたが、アナッダの語もまた、太鼓の意に用いられた。古典楽理書『ナーティヤシャーストラ』において、バラタ聖仙は一〇〇に及ぶアナッダの存在に言及しているが、実際にはその下位単位であるプシュカラ範疇から、いくつかの楽器を選択して述べている。
『ナーティヤシャーストラ』はこのプシュカラを、およそ声楽のなすことすべて、すなわち歌詞に従った音の高低・長短(ラググル)、韻律・休止(ヤティベーダ)も奏でうるものとして賞賛している。バラタに限らず他の楽典の著者たちも、アヴァナッダについて語る中で、ムリダンガムを基本的モデルとした上で、そこから他の関連する太鼓や諸問題が論議されるべきものとしている。そしてこれらの古典書では、アヴァナッダの実際の奏法を一五の項目として詳述しているが、これらについて今では必ずしも明確でない点があるにしても、太鼓とその奏法が、当時からきわめて重要視されてきたことが窺えよう。
とりわけアヴァナッダが、作曲・演奏にランジャカターすなわち「色」を添えるものとして言及されているのは興味深い。すなわち奏楽は、単なる演奏ではなく、聞くものに楽しみを与えるものとして捉えられているのである。
今日のインドでは実に数多くのアヴァナッダが、さまざまな音楽ジャンルにおいて演奏されている。こうして人は、多種にわたる太鼓を多様な演奏様式で楽しむことができる。またさまざまな太鼓がそれぞれに異なる音や性格をもち、かつその演奏される社会・文化的文脈も異なるならば、このそれぞれの場合に対して、別個の議論が必要となることは必定であろう。
最古の哲学者の一人でありインド音楽・芸能の実践者でもあったバラタによれば、アヴァナッダのうちでもムリダンガムとダルドゥラが最も重要であり、次いでジャッラーリーとパタハがくるという。とはいえ、アヴァナッダに属する楽器がすべて重要というわけでもなく、例えばシヴァ神が宇宙の創造と破戒をあらわす激しい舞踊ターンダヴァを踊るさいの太鼓の種類は、詳細は略すが八種に限定されている。
インドの太鼓は、単なる拍子を刻むだけでなく各種の太鼓がそれぞれ音調をもち、それらの合奏がメロディックなものともなるというすぐれて音楽的な様相をなすことも、注目すべき特徴といえるであろう。この音質および音調の差は、太鼓のどの部分(アンガ)をどのように押さえかつ叩くか、ということに大きく関係するが、太鼓を叩く/押さえる部分の方向によっても、左向き(ヴァマカ)、右向き(サーヴィカ)、上向き(ウールドゥヴァカ)の三種が規定されている。
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西ベンガル州ブルリアの仮面舞踊劇チョウに用いられる大形のドール。 |
なお、パーリ語による古代仏典史料には弦や細い棒が貼り付いた膜面をこすったり、膜面上の弦を引いて音を出したりする種類の太鼓も言及されているが、これはむしろ弦鳴楽器(タータヴァーディヤ)の範疇に入るかもしれない。弦を叩いたり擦ったりする楽器ならば、後世に移入されたサントゥールのようなペルシア起源の楽器もあるが、主としてメロディー楽器として用いられるこの種の打弦もしくは擦弦楽器については、ここでは扱わない。
さて、こうして古典史料を綜合すると、総じて二三種の太鼓があると考えられる。そのすべてがそのままの名で現存するわけではないが、このような古い名称、あるいは機能を残したままで今も用いられているケースが、地方的な太鼓の場合にまま見られるのは興味深い。
また、太鼓を打つさいに手指が用いられる場合には、手や指ごとに、それと関連する神々が特定される。いかにもこれはインド的な特徴であるが、例えば親指は創造神ブラフマー(梵天)、人差し指はシャンカラ=シヴァ、中指はヴィシュヌ、薬指はその他の神々、小指は聖仙や行者、手のひらは太陽神スーリヤ、手の甲は月神チャンドラ、右手は帝釈天インドラ、左手は水神ヴァルナをあらわすものとされている。舞踊にアヴァナッダ楽器が用いられるさいには、さらにこれらの手指を駆使しての多様な楽器による演奏様式が舞踊様式や舞踊内容に合うよう演奏され、必然、そこに神が宿ることになる。
■楽器の構成部分に関するシソーラス(分類語彙)■
楽器のみならず、その部位や楽器演奏法に関連する用具の語彙もきわめて多数に上り、この点からも、インドでは古代以来の楽器に対する大きな関心のほどが窺える。以下にそのいくつかを列挙してみよう。(なおその配列は、ここでは便宜上、カナによる五〇音順とする。)
インダヴィー=楽器を置くための、環状に布を巻いた輪。
ウダルパッティカー=楽器を支えるため、演奏者の腹部に掛け回される帯。
ガジュラ/ガンジー=膜面を締めるための、皮もしくは細い布による組紐。
ガタ/ガダ=陶製の壼。本来は民俗楽器であるが、南インドではガタムとして古典器楽にも用いられる。
ガッタ=締紐のラッシーの下に挿入し、ピッチを上げ下げするための木の駒。
カパッチ=細長い竹もしくは木片。撥もしくはピッチの調整用。
ガル/グリハ=締紐のラッシーを通す節目。これを上下してピッチを調整する。
ギッタク=金属製あるいは木の小片。演奏用。
キナール/キナーラ=締紐あるいは膜面の端の部分。
(13)同(12)、樽形太鼓のダムシャ
グンディ/グンタ=布あるいは紐によるボタン状の結び目。
ゲーラ/カダ=皮の組紐を巻きつけるための金属の輪。
コード/コータル=アヴァナッダ楽器の木製胴部。
ジッリ=楽器の上面に塗る薄いコーティングあるいはカバー。
シャンク=円錐状の胴部。シャンカ=巻貝の形から。
ジャーンジ=金属製の小円盤。一対でシンバル状に用い、リズムをとる。
スカンダパッティカー=楽器を支えるため、演奏者の肩から掛ける帯。
ダンチャ=楽器本体の主要骨組。
チャッダル/チャーダル=薄い金属板。楽器上部を覆う。
ダンディ/ダンダ=木製の棒。撥もしくはピッチの調整用。
チャッラー=締紐ラッシーを通す真鍮製の輪。ピッチ調整用。
チャノー=ピッチ調整用のキースクリュー。
パタル/プディ=太鼓の膜面。
バンダ/バンド=アヴァナッダ楽器の金属製胴部。
プーリカー=膜面上に円く塗る黒色のコーティング。
ペンダ/ペンディー=アヴァナッダ楽器の底部。
マサーラー/スィヤーヒー。プーリカーに同じ。鉄のヤスリ粉、木炭、飯粒などを膜面に円く塗って音質を高める。
ムク/ムカ=太鼓の上面、膜面。ムカ=顔の意。
ラヴ/ラウ=膜面用の皮をなめすための、生皮から採った毛。
ラクディー/ラクリー=木製の撥。演奏用。
ラッシー/ドーリー/バッディー=皮または布製の、膜面を締めるための細紐。
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