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 もう一つ、インドに広く見られる太鼓がドールである。インド北東部のオリッサ州に住むサオラ民族が伝える、この太鼓にまつわる神話は興味深い。それによると、この世の初め、人は楽器をもっていなかったため、誕生や結婚、死にさいしても、社会の他の人々にそのメッセージを伝えることができなかった。そこで彼らの神キトゥングは思いをめぐらし、ドッルムという太鼓を作りだした。これは水牛の皮を張ったもので、もう一つのダグダンという太鼓は牛の皮を張ったものであった。これ以来、あらゆる出来事にさいして太鼓が鳴らされ、人々にそれを知らせるようになったのである。
 
(7)振り鼓のダマル
 
(8)
西インド、ラージャスターン州の楽師集団マンガニヤールによる合同演奏。
左から四ツ竹状カスタネットのカルタール、両面太鼓のドーラクなど
 
(9)同(8)。やや大形の両面太鼓ドーラク。
低く大きな音をだす。女性が太鼓を打つのはやや珍しい
 
 古くからの楽器ドールにはそれにまつわる多くの神話があって、注目に値する。インディラー・ゴースワーミーはその著『チンナマスタ』で、ドールに関する多様な様相を述べている。北東部のアッサム州にはドールの三様の叩き方があり、テールトーピー・ヴァーディヤ、バートボールニー・ヴァーディヤ、サマバンダノー・ヴァーディヤと呼ばれている。ドールを作る技法は歌にもうたわれ、そこにはドールにまつわるさまざまな象徴性が窺える。色としては茶・赤・青・緑のみが用いられる。古代叙事詩『ラーマーヤナ』に出てくるランカーの魔王ラーヴァナは大工にドールの作り方を教え、洗濯屋の精液から生まれたという皮職人が彼を助けた。
 こうしてこの大工は、ドール、ムリダング、コールの三種の太鼓を作り上げた。それには新月の夜、牛が南の方角で屠られねばならず、皮職人がそれを地に刺した杭上で乾かす。この杭がのちに五つに分割されて、ドールの胴部となるのである。音楽としてでなく、この太鼓は悪霊払いなどのような多種の目的をもったさまざまな叩き方がなされるが、概して下層民が太鼓作りに参画していることや、ヒンドゥー教で聖視されている牛を屠殺することなど、ドール作りにさいしての多様な観念的側面は注目される。
 太鼓に関するこれらの神話はほんのわずかな事例をあげただけにすぎず、網羅的なものではない。事実、大多数のインドの太鼓にはそれぞれこのような興味深い神話があって、そこからも、インドの太鼓がインド文化に果たしてきた多様な役割が示唆されるのである。
 その寓意はなんであろう。それはのちにも明らかにされるであろうが、いま垣間見られる点をあげてみても、太鼓の音響が人類の創造的側面に一貫して不可欠なものであったこと、また瞑想的役割を果たし、自然界の活力を思わせ、望まれる経験の獲得を確実にし、情報や喜びをともに分かちあうものとしてあったことなどが指摘できようし、これらがすべてあいまって、現在に至るインドの太鼓の驚くべきバラエティーとなっていることが想起できるであろう。







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