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2. 造船における資格
(1)現状と問題点
 造船には、ごく一部の例外を除き、産業横断で共通の安全衛生に関連する資格以外、直接、造船業務や作業に関わる資格はない。一部の例外資格とは、
・技術士(船舶部門)(国家資格)
・溶接工(国家資格)
・船舶艤装技能士(技能検定。現在、休止)
で、いずれも職業資格ではなく、能力認定資格である。
 技能関係では、溶接工を除いては、総括的かつ高度な内容のもので、個々の技能者がどのような技能につき、どの程度の能力を有するか判断できるものが無い。
 資格制度がないことは、造船技能の伝承を困難にし、むしろマイナスに作用する。一例をあげれば、
(1)協力工各職種の単価を能力の差異に関係なく切り下げることで、既存の高度技能者の勤労意欲、生産性向上意欲が減少している。
(2)単価の切り下げ、若年労働力不足が、素人工、外人労働者採用の動機、誘因となり、特に造船特有技能(現図、撓鉄、鉄工、機関仕上げ等)の技能低下を招き、生産性向上の障害となりつつある。
(3)技能向上のステップなどの向上目標が客観的でないため、個人別の教育目標を設定しにくく、自己啓発の意欲を阻害している。
(4)このため、造船業に永続的に従事する希望者、特に若年者が少なく、勤続期間も短期化している。
(注)若年者の勤労意欲の低下は、フリータの増加にも見られるように、何も造船に限ったわけではなく、世相を反映しているともいえる。
(5)また、実績のある者のみを起用して若年者には単純作業を行わせがちで、これが結果として若年者の定着率を低下させ、熟練者である本工、協力工の高齢化を助長する結果となって、業界全体および個々の企業の活力を逆に喪失させつつある。
(6)業界の外から見て必要能力が客観的に明確でないため、業界外からの改革・改善刺激が伝わりにくい。また事前のふれこみと差のある低技能者の入構によるトラブルが生じる。一般人材派遣会社が造船業界に機能していないことはその一例である。
(7)技能レベルの判断がつかず、適切な能力の人材を適時に確保することができないというリスクを回避するために、必要以上の人材を抱えて、固定費の増大を招いている。
 
(2)資格の必要性:なぜ今資格制度か
 わが国造船業における技能は、親方、ボウシン、先手の階層の下、家族主義的な徒弟制度により継承されてきた。この観点からすれば、技能レベルを一定の尺度にあてはめて判定する資格制度、その前の技能評価方式は、従来の作業遂行方式、あるいは技能伝承方式に馴染みにくいといえなくもない。それぞれが互いの意向をくんで、協同作業を行ってきたのが、突然、1級、2級等の呼称が与えられ、賃金に影響を与えるとなれば、チームワークがぎくしゃくすることは想像に難くない。とはいえ、若年者の個人主義傾向、協力工比率の増大など時代の変化や、造船構造不況の後遺症で若年層との断絶がうまれ、もはや従来の家族主義的な作業遂行、技能伝承は困難になりつつある。
 
 問題は、資格制度のないことが、逆に、技能の無い素人工の就労を助長し、全体的な技能低下を招いて生産性向上にマイナスに働くという悪循環から、いかに脱却するかである。
 端的にいえば、労働意欲、技能向上意欲を涵養し、結果として生産性向上に結びつく施策を採用することが必定である。このためには、
(1)能力主義、成果主義化
 人材を適材適所に配置して、成果(出来高)があがるような仕組みにする。このためには、個人の技能を評価する客観的な評価基準が必要となる。
 
(2)労働力流動化への対処
 造船業は船種、サイズにより必要とする職種に大きな繁閑差が生じる業種である。繁閑差を吸収する一つの方法は、自社の利用可能な資源に適合するような船種、サイズの受注を徹底的に追求することであろうが、実際には無理がある。現実的なマーケットイン政策をとるのであれば、
(i)必要なときに、必要な職種を、必要な人数だけ調達する雇用流動化政策の採用
 これまで禁止されていた「物の製造業務」への労働者派遣が解禁される(改正派遣法、平成16年3月施行)ので、技能者派遣業が機能すれば、本施策は採用しやすくなろう。因みに、地方小型船舶工業会会員造船所では、受注にあわせて必要な技能者を徴募することが常態化している。
(ii)一人で何役もこなす徹底した多能工化、複合職建造方式の採用
(iii)製作は、徹底して外注(アウトソーシング)し、構内作業もできるだけ一括外注して、職種別の平準化を外部に委託(この場合、外注先に同様の問題をシフトすることになるので、根本的な解決策とはいえない)。
のいずれかをとらない限り、繁閑差に起因するコスト増を吸収するのは難しい。
 (i)の方策をとる場合、職種と技能レベル、人数、期間を提示して、応募した多くの該当者から「オーディション」により、採用者を選別できるのが理想形であろう。
 なお、いろいろな要因があろうが若者を中心にフリータが増加し、一方では経営合理化の重要施策として業者に人材派遣を依頼するなど非正社員比率が増加するのは、もはや時代の流れといえる。
 
(3)契約雇用化
 人格、人権を徹底的に尊重する民主主義は、プライバシ保護にいきつく。かくて、就労希望者の面接においてもその人の出自、経歴、能力を不必要に詮索しないのが社会通念となり、アメリカに代表される“雇用の契約化”が一般的になりつつある。企業と個人は、作業内容、期間と成果、報酬を明記した契約書をかわす。個人は所有する能力を企業に提供して、求められる成果をあげることで、所定の報酬を得るというわけである。そこには「おってなんぼの世界」はなくなり、成果をあげる責任を会社、上司に押し付ける甘えの構造もなくなる。したがって、情状に流されることなく、成果主義に基づいた作業管理が可能となる。
 さて、雇用の契約化を実現するには、当然ながら、必要な作業と量、日程を示すのが不可欠になるが、あわせて個人には、求める作業内容、成果を提示しなければならない。個人の技能レベルを見誤ると、割り当てる作業内容が不的確になり、結果として期待する成果があげられなくなる。したがい、契約雇用時代では、企業は、作業内容とその量を的確に把握、算出して、個々人(あるいはチーム)の技能レベルにしたがい、作業を割り当てることが必須となる。換言すれば、技能レベルの客観化とそれに対応した作業の割り当てが、今後の造船所にとって重要な業務となろう。
 
(4)顧客への品質保証
 これまで日本の造船業は、造船所の特徴(船種、船型)を活かし、顧客(船主)の信頼を得て経営を維持してきた。
 しかし、昨今は心情的な信頼関係より、国際的な規格に基づいた品質保証を求められるようになってきた。ISO9001や、造船所にとって顧客の顧客である石油会社国際海事評議会(OCIMF)が制定しているVIQ(船舶検査質問表)の適用である。
 ISO 9001の品質マネジメントシステムは、受注から引渡し後のアフターサービスに至るまでのシステムを構築するよう規定し、その中の「人的資源」では、品質に影響する仕事に従事する作業者は、教育、訓練、技能及び経験を判断の根拠とした力量が必要とされている。特に特殊工程といわれ、作業完了後の品質検証がしにくい撓鉄、特殊塗装などは、作業者の技能管理を必要としている。
 このISO 9001の品質マネジメントシステムの中にある、作業者の力量を表示するための技能資格が他産業にはあるにもかかわらず、造船業だけないという特異な状態は決して好ましいとはいえない。
 VIQは、タンカーを傭船する石油会社が、傭船船舶の品質を700以上の項目で査定するもので、これに適合しない船舶は傭船を拒否される。また、ロッテルダム港を始めとして、本検査不適合船の入港を拒否する港も増えてきた。このVIQは、直接的には船主の運航管理、保守品質程度を問うものであるが、間接的に製造者責任としての造船所の技能者にもしかるべき知識と技能が要求されることになろう(拡大製造者責任)。
(注)OCIMF: Oil Companies International Maritime Forum
VIQ: Vessel Inspection Questionnaire for Bulk Oil/Chemical Carriers and Gas Carriers
 
(3)他産業における資格・教育制度と技能伝承の動向
 それでは、他産業では技能伝承にどう取り組み、資格・教育制度をどう活かそうとしているのか、文献をもとに紹介する。
 
(1)製造業全体(中小企業庁)
 アジア諸国の製造業の成長とわが国製造業自身のアジア諸国への移転で、わが国製造業の技能の維持、継承、発展が大きな課題であることは国自身が十分、認識していて、対応策を検討している。
 中小企業庁は、中小企業基盤技術研究会を発足させ、種々の調査研究を行って、次の施策実施を打ち出している(中小企業庁経営支援部「中小企業の『ものづくり力』強化に向けた展望と課題」、H12.6)
・ものづくりとITの融合
・新たなニーズに合致した人材育成
・中小企業ネットワーク化・クラスター化の推進
・公設試験研究機関を橋渡し役とした産学連携の推進
・「ものづくり先端技術研究センター」を中核とした技能の客観化・マニュアル化・デジタル化
・テクノカレッジネットワークの構築
(2)全般(厚生労働省)
 若者の失業率上昇、フリータ・無業者の増加状況をうけ、H14.11月に「若年者キャリア支援研究会」を発足させ、対応策を研究した。研究会は、その報告書で次を提案している(厚生労働省職業能力開発局「若者の未来のキャリアを育むために−若年者キャリア支援政策の展開」、H15.9)。
・能力要件の明確化と学卒・若年者向け職業能力評価・公証システムの整備
・キャリア・パスポート制度の実施:評価結果や学習歴を記録
・若者向け職業訓練校(デュアル(二元)システム)の開設
・将来のキャリア計画を助言するコンサルタントを配置し、個人にあった職業選択の助言
(注)本施策は、特に製造業を意識しているわけではなく、むしろサービス産業を念頭に入れた施策といえる。
(3)重電産業
 重電産業は、若年者のものづくり離れ、熟練技能者の高齢化により、高精度・高品質製品の製造、新製品開発を担うべき優れた技能の継承が一層困難になりつつあるとして、業界をあげてその対策に取り組んでいる((社)日本電機工業会重電部「重電産業と技能伝承」、2003.6)。指摘している事項と対応策は、次のとおり。
・「熟練」の定義があいまいで、また企業によって異なる
→公的資格制度の導入
・「知的熟練」比重の増大
→製造現場への最新技術の導入により知的熟練面を高度化
・若年者に向けた業界のアッピール
・工業高校への講師派遣の強化
・「熟練技能者」バンクの創設
→「匠の技」を必要とする作業をバンク登録者に依頼
・業界共同の「技術アカデミー」の設置
→教育訓練を個々の企業から業界共通アカデミーに移管。実習は実習工場併設か個別企業で実施。
・技能五輪への出場促進
(注)この資料では、ドイツの技能伝承システムについても紹介している。
*ある特定の作業を達成するのに必要な業務上の能力要件と、その要件に匹敵する知識、技量、能力を特定個人が持っていることを証明するのが公的資格であり、これを取得してはじめて「熟練者」として社会的に認知される。
*商工会議所などによる検定試験に合格し、「専門労働者」の公的資格を得なければ、企業の正社員として採用されない。
*技能を基盤とした分析的職務評価方式が確立されていて、公的資格が産業横断的に賃金決定に利用されている。
(4)電機・情報業界
 共同職業訓練制度の創設を労使で合意している。
・参加企業:日立製作所、東芝、松下電器産業、NECなど
・各社と電機連合が施設と教育ノウハウを提供。
・技能水準を示す資格制度も導入。
・他社への再就職や企業内配置転換を容易にし、雇用ミスマッチの解消を狙う。
(5)航空機産業
 石川島播磨重工業田無工場では、付加価値の高い技能者育成のために「匠道場」を創設している(日本経済新聞、2003.11.17)。
・通常業務についたまま、1回/1週間の半年間、職長や班長が技術を指南。
・生産管理部門に配属された大卒、大学院卒の生産技術者は1年間現場勤務を義務付け、匠道場で研修。
・付加価値の低い単純作業はパート、製造ライン請負に移管。
 以上、国および多くの産業、企業が、ドイツ型の公的資格制度とそれに基づく技能教育訓練の必要性をうたっている。







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