セッション a. 人材
スポーツ組織のマネジメントと人材育成
広瀬 一郎氏(独立行政法人 経済産業研究所上席研究員)
コーディネーター:清家 輝文(NPO法人 神戸アスリートタウンクラブ 理事)
清家 広瀬さんは以前電通で多数のスポーツイベント、スポーツマネジメントに関わってこられて、なかでも特にメキシコ・ワールドカップでスポーツマネジメントに開眼されたそうです。そのあと、「プロのためのスポーツマーケティング」という本を書かれて、これが契機となり2002年サッカーワールドカップの招致委員会でも大役を果たされました。このようにビジネスの経験が非常に豊富な方で、実際的なあるいは実用的なお話を多数聞かせていただけると思います。刺激的でかつ今流行りの言葉で言うと「目からうろこ」のお話だと思います。では、広瀬さんよろしくお願いいたします。
広瀬 1年ほど前、水上先生が前回のこのサミットの最後のセッションでお話をされ、最後に突然「何か一言」と言われて、そこでしゃべったことが、今日ここでお話しすることと関わってくるのだろうと妙な因縁を感じています。
今の日本のデフレスパイラルと言われている経済全体のどこからそのスパイラルを断ち切るか、その大きなポイントは雇用だと思っています。雇用をどのように作るのか、その担い手として、またその自負を持ってNPO活動をやっていただきたいというのが、昨年の私のメッセージでした。
そのときは現在の肩書である経済産業研究所に2002年の11月1日付で入る、その直前でした。その研究所に入るときに、私は1年間で3つのアウトプットを出すと約束しました。今日、お話しするのはそのアウトプットのうちの1つです。
日本の企業スポーツはなぜ衰退したか
まず、日本のスポーツ界の問題については、現象面でいろいろでてきていますが、現象の背景、根拠は何なのかということです。
一番大きな現象としてはやはり企業スポーツの哀退。企業スポーツの衰退は、当初経済的な問題である、経済的な負担が大きく存続が難しいということで多くの運動部が休部・廃部になった。であるならば、経済が復活した場合に、野球部なりラグビー部なりを「復活しますか?」と聞くと、ほとんどは「復活しない」と明言しているわけです。これは笹川スポーツ財団の調査結果です。
となると、実は経済的な負担というのはやめるきっかけでしかなかった。「きっかけさえ与えてくれれば、やめたかったのだ」ということになります。本当に何が問題だったのか、あるいは「それこそが解決するならば、あなたはやってもいいのですね」というもの、それが本当の問題だということです。
90年代に日本の企業、経済が負け続けたときに原因がどこにあるのかというと、大きな問題はガバナンスであると位置付けられました。ガバナンスというのは企業統治です。つまり誰がどういう責任を取っているのか分からない、あるいはこの企業は誰に対してどういう責任を取るのだという、そこが不明確でした。従って日本型のガバナンスは未発達である。アメリカ型のガバナンスがよいのだというようなことが指摘され、それで「グローバルスタンダード」と盛んに言われました。
休部・廃部の背景としての「マネジメント」
問題はガバナンスという意識があったのかということなのです。ガバナンスという意識がなかったために、誰が何に対して責任を持つのだということが不明確のまま来てしまった。そこが日本の企業にとって一番重要な問題だったのです。その重要な問題とこのスポーツをやめてしまうという企業の行動とは関係があるのではないか。もし関係があるとすると、それこそが企業がスポーツをやめる本当の理由だろうと思い、いくつかの調査をしたのです。これは学説的に精密に立証したとは言いませんが、やはりマネジメントなのです。つまり誰が誰に対して責任を持つのかということです。
例えば、ソニーの卓球部が年間で3千万円の運営費がかかる。3千万円の金が惜しくてソニーは卓球部を休部するのかということよりも、もしかしたら3千万円の使途がよく分からない、妙なことに使われているかもしれない。50万円の使途を間違えただけで経営者の首が吹っ飛ぶ可能性があるのです。ガバナンスとはそういうことなのです。
もし私がCEOあるいは経営者だとすると、これは経営に関してはリスクです。その50万円のリスクで1兆円もの売り上げの企業の統治は問われてしまう、そこがもしかしたら最大の理由かもしれないのです。
そこでそれをやめさせないために、あるいは踏みとどまってもらうために必要なものとしてマネジメントを位置付けたときに、ある調査をして、結果として大体の妥当性が分かったのです。
マネジメントの定義
マネジメントというのは何が問題か。マネジメントの定義というのは、一つは組織です。個人ならマネジメントは要らない。組織がある成果を出すために必要なメソッドなのです。成果というものの定義がほとんどマネジメントの定義だとお考えください。またドラッカーも言っていますが、成果とか、目標、目的というものの定義が組織の内部にはないということです。組織の外部だということです。
企業スポーツのチームに関して外部の最大のステークホルダー(利害関係者)は親会社だということです。そうすると、親会社も企業スポーツのチームにとっては外部で最大のステークホルダーだということを考えたうえで、では何が成果なのだということを定義しないとマネジメントはできないのです。200の団体があるとするとマネジメントは200種類あるのです。
そして、何度も申し上げるように成果でマネジメントが定義されるのです。成果というのは200の組織があったら200種類なければおかしい。その成果の定義というのは常に外部に対するもので、ドラッカーはそれは「顧客」だと言っていますが、スポーツの場合はステークホルダーで整理をしたほうが分かりやすいと思います。
「スポーツにおける成果」と「スポーツによる成果」
「スポーツにおける成果」、例えば優勝したとか、去年までは最下位争いだったが今年は優勝争いに加わったなど、これらはスポーツにおける成果です。これは競技という平面の中では成果に間違いがない。ただし、ここで考えるべきマネジメントは「スポーツによる成果」です。スポーツによる成果を企業スポーツで考えた場合は、その親会社が「成果として認識していること」が目的になるはずです。そこからマネジメントを演繹的に定義しなければいけない。
では、マネジメントとは具体的に何であるか。ということで、ナレッジを6つの領域に分け、それぞれについてニーズがあるかどうか、あるいは現在欠陥があるかどうかの調査をしました。また、これ以外のことについて必要性があるかどうかを調査しました。
大体において、企業スポーツのマネジメントに当たっている方は内部なのか外部なのかよく分からない。出向で来ている方は、その人にとっては内部なのだけれど、チームにとっては外部だという、よく分からないところがある。内部と外部がよく分からないところではやはりマネジメントの定義が難しい。
私はJリーグの経営諮問委員もやっていますが、J1、J2含めていくつかのチームで行政から派遣された人が社長をやっている。これはおしなべてうまくいっていない。それは全くロジックが違いますから。今年で言うと某チームがマネジメントスタッフを全部代えましたが、そこは再生するでしょう。それだけではないのですが、ただ制度だとか方法ということではなくて、マネジメントを変えるのは、人を代えなければ駄目です。あるいは、人を代えることが一番確実な方法です。
プロかアマか
私自身は電通で20年間禄をはみ、うち15年ほど外部のステークホルダーとしてスポーツ界、例えば日本水泳連盟や日本陸上競技連盟など競技団体と関わってきました。
そこでは、普通のビジネスのロジックでは考えられない会話が行われているわけです。「どうしてこんなことが許されるのだろう。この人たちにはビジネスという感覚がないのではないか」と思いました。今朝、水上先生がおっしゃっていたようにプロかアマかという話で、「すみません、私どもはアマチュアの競技連盟なので、そこまではできません」とおっしゃる。完全に考え違いをしていますね。選手はアマチュアかもしれない、しかしイベントの運営に関しては「仕事」ですから、「なぜ、あなたたちはアマチュアでいいのですか?」、単純にそういう話です。
なぜ、スポーツ界はマネジメントに疎いか
しかし、「待てよ、なぜスポーツ界にこれだけの人材が育たないのか」と、少し構造的に考えました。
やはり日本の中では学校体育が基本で来たというのが一つの問題だろう。学校体育のいろいろな問題点が指摘されますが、現在この問題で一番大きなポイントは、学校という制度が日本のスポーツのマネジメント部分を引き受けてしまったところにあります。すると、スポーツとして独自のマネジメントをしなくてよいわけです。学校のマネジメントをしている、そこにスポーツが乗っかればよい。学校のあとは、その「学校という制度」に代わるものとして企業が来てしまう。結果として、スポーツの中ではマネジメントの人材を育てる必要性がなかったのです。
ですから、スポーツではマネジメントは不要で、逆にそれをやろうとすると、「あなたたちは競技に専念すればいい」ということになる。ある意味で言うと、この制度、システムが存続するのであれば、スポーツをする側にとってはこれほどハッピーなことはないと思います。
現実に、日本では非常に問題ありとされている企業スポーツという形態は、欧米では非常に評価されています。ヨーロッパで「こんな素晴らしい制度があって、あなたたちなぜやめるのか」と言われて、「そういう見方もあるな」と思いました。確かにおっしゃる通りです。ただ、これはもう続かないとなった以上、次善のオプションとしてほかの道を選択せざるを得ない。これも事実です。
もう一つ、逆の例を申し上げると、Jリーグは88年から93年までかけてリーグを創設しました。その4年数カ月の間にどういう人たちがどういうナレッジを使って何をしたのかという記録がないのです。そこで川淵さんを説得して、段ボール箱2箱くらいを引っ繰り返して、議事録など全部見まして、それを整理しました。最初に気付いたのは、そこに学校の先生が1人もいないのです。陸連でも水連でもそうですが、私がその理事会に行って実際の運営に当たると必ず学校の先生が参加されている。あるいは学校の先生のほうが多いぐらいです。
議事録あるいはアジェンダ(議題)を見ると分かるのですが、企業の中で稟議書を書くことに慣れている人が作ったものです。これは明らかに企業の中にあるビジネスナレッジを使ってものごとが進むようになっています。みんなにどのレベルまでコンセンサスを作って、次の目標はここだ、何カ月後にここまで行く、過去6ヵ月の間にわれわれはここまで来たというようなことをちゃんと積み上げていく。それはそんなに驚くことではないのです。ビジネスではそれをやらないと進みませんから。
日本企業の会議のやり方で最低なのは、2時間の会議の中で最初の1時間で今日は何をするのかを決める。Jリーグを作る人たちの中ではこういうことは一回もなかった。事前にアジェンダがあって、ミーティングがあって、これは誰に対してどういう意味があるのかというスタッフィングなどのミッションが明確になっていた。
経済としてのスポーツの位置付け
昨夜、あるテレビ番組で議論が行われていて、日本の経済はこれからどうするかという雇用の問題だとか産業構造の問題で、どうしても第3次産業に傾斜せざるを得ないということが挙げられていました。傾斜せざるを得ないというのは、ここ2年間ぐらいでどこの雇用が減ってどこの雇用が増えている、つまり雇用のバッファはどこかというのは、現実をトレースするとはっきり分かります。
もう一つは、先進国ではなくて中進国以上の雇用のプロポーションを調べると明らかにまだ日本は第3次産業が少ないのです。ということは第3次産業にポテンシャルがある。第3次産業を伸ばすというテーマの中でスポーツを考えると、スポーツが素晴らしいのは、「前川リポート」ですでに提示されていたテーマですが、ハードからソフトに行くというテーマと内需です。これにぴったり合うわけです。
スポーツにおける「ナレッジ・人材」
そうすると、スポーツ産業を日本全体の経済活性化のために位置付けたときに、スポーツが産業化するのに、何が一番足りないのか。普通に産業化するのは資本と制度とナレッジ・人材があるのですが、どれも足りないのです。ではどこから手を着けるかというと、一番早くて確実なのはナレッジ・人材の開発だと思います。
ではこれをどうするかというとき、戦略はプライオリティーですから、3つあるとすると何にプライオリティーをつけるかということで、例えば私が資本家であったら「資本かな」と言うかもしれません。文部科学省の人間だとすると「制度かな」と言うかもしれませんが、私は制度を簡単に変革する権限もありませんし、資本もありませんので、私の立場からするとナレッジ・人材系に振るのが一番確実だと思っています。
翻って現状を見ると、実はこれがコンセンサスになりつつあって、2003年3月、JOCが財団法人 大崎企業スポーツ事業研究助成財団とともにスポーツゼネラルマネージャー(GM)養成講座を始めました。早稲田大学がGMを養成するための講座を作るということも聞いています。筑波大学で、私は来週の火曜日からサッカーのS級コーチの講座を担当しますが、そのテーマがやはりスポーツのマネジメントなのです。
どうもマネジメントが欠けているという認識がでてきたこと、もう一つは今マネジメントに手を着けるのが一番エフェクティブ(効果的)である、ここから着手するのが目に見えて効果がありそうだという2点のコンセンサスはできつつあると実感しています。
もう一つ。昨年から始まったtoto助成金の利用について、競技力を向上させるためのマネジメントスタッフ、言い方は正確ではないかもしれませんが、その人を雇用するためのお金が助成対象になっています。1ヵ月当たり77万円、55万円が助成されて22万円を負担すればいい。ここにこんなに良い制度がある。しかもマネジメントをやれば伸びる、改良の余地があるというコンセンサスがあるので、私は100ぐらいの団体が申し込んだと思ったのです。結果は違っていました。7つとか8つとか言っていました。
文科省の担当者に「なぜ、そんな少ないの?予算が少ないから締め付けたの?」と聞いたところ「いえ、そんなことありません。われわれももっと多くの申し込みがあると思って待っていたのです。しかし、来ないのです」と。「どうしたのですか」と聞いたら、「人材がいないのです」と言う。いなくはないですよ、はっきり言いますけれど。さっきも申し上げたようにスポーツ界で探すからいないのです。
2ヵ月前には私はこういう話をしていました。「某金融グループに、『3年間年収1千万円を保証します。素晴らしい人材、それは財務かもしれません、あるいは人事、管理かもしれません。そういう人材の方いませんかね』と募集をかけたら300人ぐらい手が挙がりますよ」と。スポーツにとっては千載一遇の、「人材に関しては買い手市場」というのが現状なんです。
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