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―創立40周年記念研修報告―
基調講演・シンポジウム(15・10・24)
 平成十五年十月二十四日、東京千代田区の砂防会館別館(シェーンバッハ砂防)で開催された日本保育協会創立四十周年記念行事の第二日目「保育を高める全国研修大会」の概要を報告する。最初に基調講演、つづいて四人のメンバーによるシンポジウムが行われたが、その要約を紹介する。(記念式典の全体に関する概要は、本誌十五年十二月号と十六年一月号に掲載した。(文責・編集係)
(1)基調講演「社会福祉施設経営のあり方」―秋山智久第一福祉大学教授―
 児童を取り巻く環境で重要なのは人間的環境です。人間的環境には、親の問題と保育園等の友だちの問題があります。
 その友だち環境の中で重要なのは遊びです。遊びが大変変わってまいりまして、危険なことをしない、遠くへ行かない、室内で遊ぶ。しかし遊びは大変人間的な行為であり、きわめて重要な意味を持っています。その中に子どもの生き生きとした楽しさ、友だちと触れ合ううれしさというのがそこにあるんだろうと思います。こういう遊びを保育園の中でも、そして地域でも、育ててあげるならば、子ども達が生き生きと、魅力ある子どもに育っていくんではないかと思うわけです。
 さて、保育所が現在大きく問われているいくつかの問題があります。一つは利用選択制であり、一つは情報公開の問題です。私なりに社会福祉の改革というのをまとめてみました。大きなものには三つありました。中央から地方へ。二つ目が施設から在宅へ。これは特に保育所は関係なくて、老人などに関係があるものであります。三番目が措置から利用契約へ、もしくは保険へという流れです。この三番目の措置から利用契約へという中に、細かくは、官から民へという動きや、それから規制緩和という問題も出てくるわけです。
 
秋山智久氏
 
 社会福祉施設の運営過程を考えてみると、第一段階目は「目標決定段階」です。地域における保育園として、どういう目標を掲げるか。そしてニーズの把握をし、予算を決定する。二段階目が「直接的実践段階」で、これは日々の保育実践です。いろいろな月案などを作る。そして職員を配置し、そして情報を伝え、そして職員を配置し、そして情報を伝え、日々の処遇を行っていく。そして連絡調整を行う。そして三番目に「評価段階」で、記録をし、ケース会議を開き、効果測定をする。この効果測定の中に、最近課題になっているところの第三者評価といわれるものが出てくるわけです。
 施設にとって一番大きな課題は人間関係といいます。なぜ施設職員は辞めていくのか。二五年前の調査では、公立も、民間も、第一位は職員間の人間関係です。この場合、公立には夜勤、宿直などの問題がありますが、これは入所施設も入っているからです。そして二位が家庭生活と両立せず。私立の方は将来の見通しなし。三位、精神的緊張が強い。四位、児童の取扱いがむずかしい。さて、最近のものは男女別になっておりまして、男性の方の一位は、良い転職先を見つけたとして、簡単に移ってしまう。そして二位が施設の方針と合わない。三位が人間関係がうまくいかない。女性の方の第一位は、施設の方針と合わないというので、男性の第二位と一緒ですが、本音を言いますと、園長先生と合わないという意味です。そして二位が、女性でありますが、体の具合が悪くなった。三位のところに人間関係と言う問題が出てまいります。この人間関係をいかにうまくするかということは、施設長として、大変重要なことになってまいります。
 どういう職員が好ましく、どういう職員が好ましくないかということの調査をした部分があります。そこに好ましい職員として、A、使命感がある。施設目的に合う。優しい。人の嫌がることを引き受ける。暖かい。利用者のことを一生懸命考える等々。B、好ましくない職員は、攻撃的である。自己中心的である。すぐ弁解する。職員の調和を乱す。冷たい。事務的である。仕事が増えるという視点のみから仕事を拒否する。中傷・陰口を言う。陰気である。粗野である。これが、施設長の先生の調査から上がってきたものでして、なるほどと思いますし、普通の人間関係もまた同じようだなと思うわけです。
 そういう中で、施設長も、保育士も、調理師も、栄養士も、みんな保育所という場所で、自分の人生を送り、そこで仕事を持っているわけですけれども、人生は短い。人生八十年、七十万時間を何かに代えること。そして、ここにいらっしゃる先生方は、子どもを育てるということにおいて、その自分の人生の時間を代えてきたわけです。これから先、子どもを育てる、魅力ある保育所とする。そしてそこで働いている保育士さんたちも支えていくという時間に割いて頂ければと思うわけです。
(2)シンポジウム「保育園経営の明日」と題して、秋山智久第一福祉大学教授、帆足英一ほあし子どものこころクリニック院長、村木厚子厚生労働省障害保健福祉部企画課長、広瀬集一山梨県・和泉愛児園長のメンバーにより行われた。
秋山 本日のテーマは保育園経営の明日。副題は生き生きとした保育園経営を志してということです。まさに明日の日本を子どもが支える。その子どもを保育園が支える。そこでいかにして生き生きとしているかということが課題です。
 さて、三人の先生方にお話をして頂きます。帆足英一先生からまずお話をうかがいたいと思います。
帆足 保育所の経営という問題は、言葉を換えてみれば、保育の質をいかに高めるかということになるかと思います。そして質を高めるということは、保育の専門性をいかに高めるかということが一番大きな課題になるだろうと。その中で、いま子どもたちがおかれている状況に対して、いかなる専門性を持って、的確に答えていくか。そのことがそのまま質に応えていくことになるんではないかと思っております。
 
 
 それで21世紀における保育の課題をまとめますと、子育て支援機能をいかに拡大するか。そして多様な保育ニーズにいかなる専門性を持って応えていくか。そしてその保育ニーズの中の一般化された乳児保育に関しては、いよいよもってそのニーズが高まっている。それだけにその質が問題になるわけです。
 さて、子どもたちにとっていま一番大事な問題は、愛されている実感をいかに大切にしていくかということ。これは子どもたちの豊かな心の育ちを支えていくキーワードになるわけです。赤ちゃんのときから幼児期にかけて、すべての母親に、父親に、そして皆様方、保育所で受けとめているときに、保育士の方々から、愛されている実感をいかに持ち得るかということが非常に大きな課題になっている。
 ところがいまの社会において、母親が子どもと十分に関わることができない。あるいはしない。その結果、こういう基本的な愛着形成といいますか、愛着体験を持ち得ないまま育っていく。そうしたときに保育所の役割はいったい何なんだろうかと。保育士と子どもとの関わりを深めることによって、子どもは応答的な関わりをそこに覚えていく。
 もう一つは、自我発達への理解ですが、一貫したしつけの重要性ということが挙げられます。一つは一歳前後の赤ちゃんのいたずら。探索欲求。そして幼児期前半の身体全体、手足バタバタの第一反抗期。そして年長組、小学校に入ってからの口答え、中間反抗期。そのプロセスをどのように乗り越えるか。いわゆるわがまま、葛藤を乗り越える過程を待つということの大切さが重要です。そのことが保育所の中での経験として、子どもにとって大変重要な役割を持ちます。子どもがそういう葛藤、反抗期を乗り越えていくプロセスを待つということ。そこを支えていくことの重要性をぜひ考えて頂きたいと思います。
 さて、集団保育における課題として、保育看護の専門性を確立していくということは非常に重要な課題になっております。乳児保育や体調不良児、あるいは病後児保育等々を含めまして、保育士はもともと持っている元来の保育の専門性に加えて、乳幼児の生理や発達、病気、養護といった看護的な素養を新たに身につけ、看護師は看護の専門性に加えまして、保育面での専門性を身につけていくということ。そしてそのもとで保育士、看護師はお互いの専門性を補い合いつつ、保育看護という新たな専門領域を保育現場に充実していくということです。
 
帆足英一氏
 
 これから質を高めていくためには、子どもの育ちに寄り添える保育者としての感性を磨いていくこと、これを大切にしなければいけない。乳児保育から受け持ち保育、いわゆる担当保育制を敷いて、きちっと一人ひとりの子どもがしっかり受けとめられた実感を持てるようにしなければいけない。そして保育看護の専門性というもの、これは多様化した保育ニーズにより高度の専門性で応えるために重要な課題です。そして保育士や看護師の配置基準の見直しを行政へ求めていくことも日本保育協会としての課題であろうと思います。
秋山 続きまして、村木先生のお願いをしたいと思います。
村木 保育所で働く労働問題、職場としての保育所という観点から少しお話をしたいと思います。人材確保、いい保育士さんがいる保育所がいい保育所。そういうことで考えると、どうやっていい人材を確保していくかというのが、保育所にとっても大変大事な課題になると思います。
 私は労働行政に長かったので、働くということを課題にしていろいろな仕事をしてきました。その中で働く側から見て魅力のある職場の評価基準のようなものを作れないかということで研究会をやって、働く人から見た職場の魅力を測る物差しというのは何だろうという研究をしました。そのときに、二つ物差しを用意した方が良さそうだという結論になりました。
 一つは働きやすさという物差しです。たとえば、典型的には労働条件と呼ばれるもの。賃金だとか、労働時間とかです。もう一つの物差しは、働きがいです。仕事の中身そのもの。あるいは仕事をすることによってついてくる評価とか、昇進とかです。皆様方がご自分の職場を考えて、人材確保を考える、あるいはいま職場の中にいる人たちの人材育成を考えるときに、ぜひこの働きやすさと働きがいという二つの物差しで、うちの職場はいい職場かなというのを考えて頂いたらいいと思います。
 働きやすさの方からもう少しお話をしたいと思うんですが、労働条件ということでいえば、なんといっても一番最初に挙げられるのが給料です。
 とはいったものの、そんなに賃金にどんどんお金を払えるという財政状況にはないわけですから、その他にどういう要素が大事だろうということを考えると、一つは給料も絶対額というのはもちろんあるんですが、納得のいく給料かどうかというのが一つ。要するに、こんなに働いているのにとか、あの人より一生懸命やっているのにという問題がある。だから絶対額ということだけではなくて、もう一つはそれが非常に納得がいくか、評価をしてもらって、大変苦しい台所事情の中でもこれだけのものをもらえたと思えるのか、あるいはこれだけ進歩したら、給料が上がったと思えるのかという、納得性の問題も給料にとっては大事な要素だろうと思います。
 それから働きがいについては、一生懸命やる気になれるかどうかということだと思います。仕事の中身がおもしろいかどうか。それから頑張ったときに評価をしてもらえるかどうかというのも大事だと思います。
 それからもう一つ、好きなことを仕事にするというのは、一番本人にとってうれしいです。でも、それで職場が回るかどうかというのがあるわけで、本人が好きなことをやりたいということと、職場がこう働いてもらいたいというのがうまくマッチしなければいけない。そのためには、「うちの職場、うちの法人、うちの会社はこういうことを目指しているんです。こういう保育理念を目指している、こういう保育所にしたいと思っているんです」ということが働いている人にうまく伝わっているかどうか。それだけではだめで、「そのためには職員にはこういうパフォーマンスをして欲しい。こういう特質を持って欲しい。職業として、こういう人材が欲しい、そして具体的な職員の仕事のしぶりとして、こういうものを求めています」ということを、きちんと職員に伝えられるかどうかが重要です。
 また、いろいろなことを園長さんが言うだけではなくて、それはもう単なるいつもの説教、いつもの繰り言になってしまう可能性があるのです。有効な手段として、ぜひ第三者評価、外部評価を利用してほしいと思います。
 
村木厚子氏
 
秋山 ありがとうございました。魅力ある職場について、実にわかりやすく、ソフトに話をして頂いたと思います。
 社会福祉の職場の年収は、かなりいろいろなものと比べて低いということですが、しかし人生、金だけではないんですね。そこに別の喜びがある。それは人に接する喜びです。そこをいかに、その喜びを拡大し、人生の一つの自分の生きがいとしていくかという大きな課題があろうかと思っております。
 さて三人目、広瀬集一先生お願いいたします。
広瀬 私は企業で勤務を十年程経験し、Uターンで、実家に戻って保育園を継ぎました。その保育園や幼稚園の施設を見ると、大勢の子どもたちや職員がいるはずなのに、表を通ると、子ども達を囲込み、門を閉じてシーンとしている。そんな不自然さを感じたことが私の保育園運営の原点で、閉じている門を開くすなわちブラックボックスとなっている保育園を開いて内容を知って頂くことが必要だと思っています。さらに保育園を卒園したお子さんたちが、小学校へ行くとまったく違う生活をしなくてはならない。この二つをなんとか解決するのが今後の保育園の役割だろうと思い、約二〇年取り組んできました。
 放課後児童対策は、児童福祉ですが、山梨県の場合では、市町村へ行くと、教育委員会が半分以上持っている。だから保育園にその話が伝わってこない。教育委員会では、小学校に留守家庭学級とか、児童館とかいろいろなことをしているが、保育所の機能をどうして使わないのかと思うんです。留守家庭学級というのは四時半とか、五時で終わってしまって、家庭で一番必要な五時、六時、七時ぐらいまでの、そして子どもにとって一番危ない時間帯を見てあげられない不備があります。
 第一に保育所として、きちっとその制度の中でやらなければいけないことはきちっとやりましょう。いつの時期からか、十一時間開いているのが保育園だと言うことになりました。二つ目は、特別保育とその地域のニーズに合った保育、ニーズを受け入れた保育をできるだけみんなで努力してやりましょう。そして三つ目は、保育所でなければできない保育というのをきちっと見つけて実践することが、保育所が保育所として残っていく、社会的に認められた継続事業体ということになると思うんです。生活を中心にした保育園ならばできることで、たとえば給食室がありますけれども、食物アレルギーの子どもが大変多くなってきた。この食物アレルギーはほんとに小さい子ども、離乳食ぐらいからきちっと対応すれば、かなり早く改善できる。そうするとその子どもは一生食物アレルギーから解放される。一生を救えるというような保育園の役割が出てくる。
 平成五年から子育て支援センターということで六年まではモデル事業でしたが、企画をはじめました。独立した保育棟を作って、そこを地域に開放するという計画をすすめ、子育て支援センター事業を始めました。現在十年以上経って、いくつかサークルができたり、希望の多い一時保育などの事業をしています。ボランティアの方も大勢来て頂けるようになりました。
 それから、社会福祉基礎構造改革から社会福祉法が改正されて、苦情解決の仕組みとか、第三者評価事業というものがありましたが。苦情解決の仕組みはそれなりに皆さん、体制を整えたと思うんですが、第三者評価事業については、いったい何だろうということがまだまだありました。苦情解決の第三者委員と、第三者評価の区別は私もよくつきませんでしたが、ここ一、二年で研究や評価を受けましたし、調査者としても園にうかがわせて頂いたことがありますので、よくわかるようになってきました。いまこの第三者評価を受けたとき、一体何になるんだというところがいっぱいあると思うんです。やはり成績ですから、見て悪ければいやだとか、いろいろ思うんですが、これは恐れずに挑戦をして頂ければいいと思うんです。ほんとに職員がいろいろなものを考えたりとか、意外だったのは、書類を見たときには、給食が大変書類が充実してきちっとしたマニュアル管理をしているということが、保育士さんに初めてわかったんですね。保育園で給食業務は保育に較べ一歩さがった職場ではあったんですけど、これだけきちんと業務をこなしていることを第三者評価事業をすすめる中で、皆が理解できたことは、大変な成果でしたし、ヤル気も生まれました。第三者評価事業は貴重な体験といえます。
 
広瀬集一氏
 
秋山 いま、これからの保育園にとって重要な話をいくつかして頂きました。その中で、苦情解決という話もございましたけれども、企業が苦情解決を逆手にとって、いい商品を作り出す努力に変えていく。苦情からいい商品がヒットし始めたということです。これは社会福祉施設においては以前からいわれていることです。いわゆる苦情、不満は処遇向上の宝の山ということです。つまり利用者がそこがいやだ、それを止めて欲しいと言っているわけです。しかしこれはなかなか言うことができません。つまり人質を取られているわけですから、なかなか言えないのですが、それを乗り越えてあえて言ってくださるということは、むしろ耳が痛いかもしれないけれども、それを聞いていく必要があろうかというふうに思っております。
 施設長の最も重要なことは、共に働く雰囲気を作ること。まさに共に働く雰囲気の中には、そういう労働の条件があろうかと思います。生身の人間でありますから、いい仕事をするためには、やはり本人がやる気のある、元気のある状況でなければならない。「疲れていては、ほんとに良い仕事を心から続けてすることはできない」ということを考えなければならないと思います。自分自身を豊かにしてください。花も愛さず、子犬も愛さず、突然に人間を愛するなんていうことはできない。人間の心というのはそういうものなんですね。自分の豊かな心が子どもに向かっていくということだろうと思います。そしてその豊かさを職場で包んでくださるのが、施設長ではないかと思っております。良い保育士さんを育て、その保育士さんを通して、子どもたち、本当にかわいがってやってくださる雰囲気を作って頂きたいと思います。どうも長い時間、ありがとうございました。







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