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―四季折々―
晩秋の山路◆◆
小松原 勇
 足摺スカイラインが半ばを過ぎる頃、林中に入る小道がある。足を踏み入れるとシイやタブ等が茂り昼なお暗い杣道である。古い社への道、それをしばらく行くと二方に別れ、更に蛇行して大きなシイの原生林に入る。
 大きな花ラフレシアの仲間で、スダジイやツブラジイの根に寄生して年に一度地上に姿を見せるヤッコソウに今年も会いたくて、此処足摺岬にやって来た。
 参道から外れると、道はイタチ道となり高低も多く見失い、しばし立ち止まることもあった。小さな笹薮中にコクランを数株発見した。山陽方面にも稀に自生するが比較して大型で、一見ユウコクランと見間違えた程である。道の片側に縄張りがしてありふとのぞくと、ヤッコソウ自生地の表示が目にとまる。群らがってあちこちに顔をのぞかせている。しかしイメージよりも小さなものが多く、これから成長するのではと思われた。葉緑素がないのでロウ細工の様に白色を帯び、三角形をした鱗片葉が花茎を囲み、あたかも奴に似た姿をしているのでその名がつけられた。蜜を出しそれを求めてメジロ等が訪れる。しばしの期間地表に顔をのぞかせる小さな寄生植物、その蜜源をとく知り関わりを持つ小鳥、自然界の巧みな仕組み、連鎖は微妙である。近辺を更に探すとそこここに群落があることに気づかせられる。小さな頭を持ち上げて黒い地表に並び、ヤッコソウはあたかも会議にふけっている様である。時折りさわやかな風が地表を撫でて行く。下の海から吹き寄せる潮風に相違ない。木洩れ日の僅かに移ろうあたりにカメラを据え、ヤッコソウの鱗片の先が幾分変色しているのを気にしつつ、シャッターを切る。
 
ヤッコソウ
 
 ノジギクに会いたくて海岸に出る。大海原は限りなく広い。昨秋室戸の海岸に立って眺めた同じ海である。
 
アシズリノジギク
 
白鳥はかなしからずや空の青、海の青にも染まずただよう
 歌人若山牧水の初期の頃の歌がふと浮かんで来る。秋の海辺を白く染め上げるノジギクは、ここに咲くアシズリノジギクが美しい。花期が遅いのでヤッコソウの観察とはずれやすい。道辺の花は未だ蕾が殆どである。ふと石垣下の日溜まりに花の群がりを見つける。純白の舌状花の中心に黄色の筒状花を集め晩秋の野辺に色をそえている。
 水平線に沈む夕日は気忙しい。暮れなずむ空と金色に光る水平線を分けながら、小さな赤い塊りとなって足早やに姿を消して行った。
 傍らに建つジョン万次郎の記念館も併せて闇に包まれていた。
 中国山地の脊梁部に、岡山県立森林公園がある。面積三一〇ヘクタールの山地で、オタカラコウやザゼンソウの自生地もあり、ブナ林をはじめ、ナツツバキ、ハクウンボク、ヤマボウシ等の広大な自然林が含まれている。
 その入口近くにマユミの園地がある。樹齢二七〇年にもなるマユミの老木をはじめ、大小二〇〇本ほどのマユミが群生しており、秋になると赤い実が枝にまみれて熟れ美しい。
 毎年十一月末に閉園となるので急に思い立ち勤労感謝の日に出かけることにした。一昨日の降雪は殆ど溶けており園路は歩きやすいが流石、人はまばらである。既に落葉したカラマツ林を右手に見ながら小さな流れを渡りマユミ園地に着く。正面の大木を中心として、大部分が黒く色褪せており、標高八五〇メートル付近の秋の早さに驚いた。それでも熟れ残る木を求めて谷川沿いに歩く。すると落葉樹の中に赤い実の鈴成りの木が数本目についた。カエデ等の広葉樹はすっかり葉を落として冬支度の園地であるが、ところどころ残存するマユミが赤い実を残して晩秋の雑木林に華やいでいた。庭の花木として重宝がられるマユミであるが、山地で樹齢を加えたマユミの自然木の美にはかなわない。山の連なり、谷の流れ、秋から冬への林の移ろい、赤く熟れたマユミは公園のフィナーレをひとり演じていた。
 
マユミ
 
 一昨日の雪がなお残る園地であるが、折角の山歩き、稜線伝いに頂上一、一〇〇メートルの千軒平の登頂を急に思いつく。途中廻り道にはなるが園地で最も水量の多い、熊押しの滝に寄ることにした。道に残雪が多くなり、人影は全くない。この滝は落差こそ少ないが数段になって落ちる水量は流石に豊かである。ここに来て運動靴は濡れて足も冷たく、元の道へ引き返すのを止めて、ネマガリダケの斜面を稜線まで直登することにした。残雪の中ネマガリダケをかき分けながらの登りは厳しく、途中で後悔もしたが、予定時間の三倍も経てやっと稜線上の園路に辿り着くことが出来た。途中ブナ林の中で赤い実が雪の中から顔のぞかせていた。ミヤマシキミのつぶらな実であった。身の引き緊まる寒冷な山中、白い雪をもたげて数個の赤い実が語りかけて来る。雪中急坂薮こぎにおける唯一、最高の贈り物であった。一〇〇〇メートルの稜線はネマガリダケが幅広く切り取られ、起伏は多いが整備されていて歩きやすい。県境になっており眺望もよい。はるか東方の山々は積雪を被り銀色に映えていた。ここから千軒平の山頂を目指して又、残雪との闘いが始まった・・・。
 
ミヤマシキミ
 
 「ヒデリノトキハ ナミダヲナガシ サムサノナツハ オロオロアルキ」宮澤賢治はかく自戒の詩を残している。
 北国の稲作は冷害で、今年は未曽有の減収といわれている。あまり耳にしなかった農産物の盗難が頻繁に報ぜられ、常識を越えた犯罪が多発し、人間喪失の急激な社会状況の変化に唖然とさせられた年でもあった。イラク問題や同胞の拉致問題も言い様のない苛立ちと失望を覚えたことである。
 南国の広葉樹林にひそかに顔をのぞかせるヤッコソウ。中国山地の新雪の中でつぶらな眸を輝かせていたミヤマシキミ・・・。
 「アラユルコトヲジブンヲ カンジョウニ入レズニ ヨクミキキシリ ワカリソシテワスレズ」詩はこうも綴られている。
 社会からそして自然から、今年も激しく心を揺さぶられながら、失望し、慰められ、明日への灯をつないで行くことである。
(倉敷市・社会福祉法人愛育会理事長)







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