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―子育て支援はわが町づくり その1―
今後期待される「子育て支援」「次世代育成支援」の取組について
 
 
子育て環境研究所代表 杉山千佳
 
プロフィール(すぎやま ちか)
 一九六五年、福井県生まれ。京都府立大学卒業後、上京。OL生活を経て、結婚。専業主婦として、家事と子育てに明け暮れる日々を過ごす。そうした中で生まれた問題意識を文章にしたいと思うようになり、育児雑誌のフリーライターに。ママ仲間とともに地元の子育て情報ガイドなども発行。最近は厚生労働省はじめ行政の委員会などで、当事者の親や子、NPOの視点で発言することも増えてきました。マクロの発想ではなく、親や子にとって本当に望ましい「子育て環境」とは何かを考えるべく、二〇〇二年、「子育て環境研究所」を発足。
 
「社会連帯による次世代育成支援に向けて」
 平成十五年八月、厚生労働省によって開催された「次世代育成支援施策の在り方に関する研究会」は、同年四月からの五回にわたる議論を経て、「社会連帯による次世代育成支援に向けて」と題する報告書を提出しました。
 ご存知のように、平成元年の「一・五七ショック」以降、深刻化する少子化に対して、厚生労働省はもとより、文部科学省、国土交通省等各省庁が連携しつつ、それぞれの管轄のなかで何ができるか検討し、さまざまな取り組みが進められてきました。厚生労働省の中でも、「保育」、「母子保健」分野のなかで、これまでなかった新たな取り組みが展開されると同時に、さらに「地域子育て支援」、「児童手当」といった分野での施策が進められています。
 しかし、数字だけ見れば少子化は進むばかり、残念ながら目立った改善にまではいたっていないのが現実といわざるを得ないでしょう。本年はさらに取り組みを強化する目的で「次世代育成支援対策推進法」が制定され、「次世代育成支援元年」とも呼ばれています。そんななか、この研究会が開かれた目的は、従来の枠組みを越え、中長期的な視点に立って、横断的・総合的な施策の在り方を研究することでした。
 
五つの基本的方向が示された
 報告書では、これからの子育て支援施策の基本的方向は、「I 普遍化・多様化」、「II 総合化・効率化」、「III 家庭と地域の『子育て力』」、「IV 出生から青少年まで年齢に応じたきめ細かな施策」、「V 専門性の確保」であると示されています。(図1)
 ここでは所得や親の働き方で区別することなく、すべての親子を対象に子育て支援サービスを提供することや、親子のニーズに応えるべく多様な主体による、質の高い支援を期待しています。そして、これまでの「保育」、「地域子育て支援」、「児童手当のような経済的支援」を組み合わせて、〇歳期から青少年期までみた、縦にも横にも総合的な支援システムを展開していこうと提案しています。(図2)加えて、育児休業明けにスムーズに保育所に入所できるような配慮といった親の働き方も視野に入れていく対応にも言及しています。
 私事ながら、専業主婦として子どもが三歳まで家庭で育児をし、その後保育所に預けて働き始めた経験を持つ身としては、親が働いているか、家庭にいるか(もっと言ってしまえば「保育に欠けているか、いないか」)で、対応がまるで違ってしまうのは、不思議でなりませんでした。今回、「次世代育成支援施策の在り方に関する研究会」の議論に参加させていただくなかで、ようやく親が働いていようがいまいが、子どもを育てているということに変わりはなく、「総合的な支援」を行おうといった発想が出たことを大変頼もしく、うれしく思いました。もちろん、行政の施策として取り組むとなれば、当然費用負担の問題も出てくるし、財源をどこに求めるか堀り下げてゆけば、単に当事者の親子のニーズからだけの発想で、「必要だから取り組みましょう」というわけにはいかないのだということも、十分理解できたわけですが・・・。
 
図1 子育て支援施策の基本的方向
[5つの基本的方向]
I 普遍化・多様化
・所得、働き方等で必ずしも一律に区分されることなく、すべての親子を対象に、必要に応じた給付を行う方向を目指すべき。
・子どもや家庭の多様なニーズに即したきめ細かな対応
 
II 総合化・効率化
・サービス間の連携強化、サービスと経済的支援を適切かつ効率的に組み合わせ
・NPO、企業の参加促進、保育所の公設民営方式の活用等、多様な主体による質の高い事業展開
 
III 家庭と地域の「子育て力」
・親子の絆を深め、親の子育て力を高める施策の充実
・地域の自主的な取組が主体的に行われ、これを国、都道府県が重層的に支援していく。
 
IV 出生から青少年まで年齢に応じたきめ細かな施策
・「子どもの育ち」の視点に立ち、出生から青少年期までのトータルな取組を推進
・特に、大きな育児負担の割に支援の少ない3歳未満児に対する公的支援の重点的な強化が必要
 
V 専門性の確保
・地域や家庭の子育て力の低下を踏まえ、サービスの量的拡大とともに、その専門性を向上
・子育て力が低く特別な配慮を要する家庭にも対応できるよう、市町村を単位とするコーディネート機能、保育所等におけるソーシャルワーク機能の発揮が必要
 
「地域コミュニティ」が失われつつある・・・
 ところで、新たな子育て支援活動の担い手として、近年さかんに取り上げられるようになった機関にNPO(非営利の活動組織)があります。NPOの活動は、地域密着型で、自分たちが「必要だ、やりたい」と思ったことを自発的に行うところに特徴が見られます。新しいように見えますが、地域には昔から町内会やPTA、子供会といった非営利の組織があり、その地域ならではの楽しい活動を行ってきました。それらのさらに進化し、多様化したかたちがNPOであるとも言えるでしょう。
 
図2
 
 ここにきて、なぜ「NPO、NPO」と繰り返されるようになったのでしょうか。私は昔だったら言わなくても当然あった地域のコミュニティが失われつつある、だからこそ、「もう一度、地域の人たちが主体となって地域コミュニティを再生しなおさなければならない。それにはNPOだ」といった期待が持たれているからではないかと思います。子どもは家庭の中だけで育つものではありません。ご近所の人たちの「大きくなったねえ」といった温かい見守りや、同年代の友達との語らい、そんな友達の親との交流といった文字通り「地域」のなかで育っていきます。それができなくなってきていることの弊害に気づいた人たちがあちこちに現れ、何とか自分たちの力で、「NPO」というかたちをとって再生しようとしているのでしょう。
 しかし、こうした「市民が主体となった非営利の活動」というものがいまひとつピンとこない人が、行政の関係者にも、お給料をもらって「仕事」として子育て支援を行っている専門の方の中にもいらっしゃるようです。それゆえに、子育て支援の分野に限らず、既存のさまざまな地域活動の組織と、NPOとが価値観の違いでぶつかったり、協働で何かをやることが困難になっているといった現状があるようです。
 
自分の問題意識で動く。システムとの関連をさぐる
 これまで、何でもかんでも行政におまかせだったり、お金を払ってサービスを買うことに慣れてしまった社会のなかで、「地域のお互い様の関係をもう一度見直そう」といった「地域コミュニティの再生」は、言うはやすしですが、いざ実践してみるのはなかなか難しいこともあるでしょう。また、NPOの組織そのものの脆弱さや情報提供の足りなさなど、NPOにも課題は多そうです。
 ですが、行政マンだって家に帰れば「地域」があってその一員ですし、保育園も幼稚園も学校も「地域」の一機関であると言えます。組織から一歩外へ出て、「地域の中の保育園、幼稚園、学校として、どんな役割が果たせるだろうか、今やっていることで、何が足りないか・・・」といった視点で自分たちの活動を再検証してみることはとても大切だと、私は思います。
 法律で決まったから、行政がやれというからというのではなく、現場の人たちそれぞれが、自分の問題意識で、子どもの育つ環境をよくするために、地域の一員として何ができるだろうか考えていけば、今よりももっと豊かな子育て環境が生まれるのではないでしょうか。
 従来の施策やシステムは上からの発想で、それを現場が言うとおりに行うというものが多かったようですが、今後は現場からの発想や自発的な問題意識をうまくシステムに乗せていくことが、求められていくのではないだろうか・・・と思う昨今です。
 
 
 
―9頭目のBSEと背骨由来食品の禁止措置―
道野英司
 
 十月にわが国で八頭目のBSE感染牛が見つかったが、去る十一月四日にさらに九頭目が見つかった。先月号でご報告したとおり八頭目のBSE感染牛には三つの特徴があった。第一の特徴はBSEの感染源とされる肉骨粉(骨やくず肉などを加熱して油脂分を除いた飼料原料)の家畜飼料への使用禁止措置後に生まれた牛であること、第二の特徴はBSEの本場の欧州でも見つかることがまれな二三か月齢という若い牛であったこと、第三は少し専門的になるが、BSEは神経組織に異常プリオンタンパクが蓄積する病気であるが、その異常プリオンタンパクのタイプが従来のものとは異なり、「非定型」とされたことである。もっとも最後の「非定型」については新聞では「新型BSE」とされて新しい病気が見つかったように報道された。今回発見された九頭目のBSE感染牛も八頭目と同様、肉骨粉が禁止されたずっと後の平成十四年一月生まれで二一か月齢だった。しかし今回の牛は七頭目までのBSEと同じタイプの異常プリオンタンパクが検出されており、いわゆる従来型のBSEだった。
 このようにBSEの感染源とされる肉骨粉の飼料への使用が禁止されたあとに生まれた牛からのBSE感染牛発見が二例続いており、原因調査の結果が待たれるところである。このような例はわが国だけで起こっているわけではなく、BSEが大発生した英国においても、一九九六年八月の肉骨粉禁止措置以降に生まれた牛から八頭のBSE感染牛が発見され、その原因が調査されたが、結局わからずに終わったようである。
 次のBSEに関する新たな話題としては、せき柱(いわゆる背骨)の食品への使用禁止措置が決まったことである。平成十三年十月に食用として処理される全ての牛を対象としたBSEの全頭検査を開始し、さらに検査で発見できない極微量の異常プリオンタンパクが牛の頭部、せき髄などに存在する可能性を考慮してこれらの部分のと畜場で除去・焼却を行ってきた。この基準はヨーロッパでの研究成果や国際獣疫事務局という専門機関が作成した国際基準を参考にして決めたものだったが、今回の措置は国際基準が昨年九月に見直され、食用とすべきでない牛の部位として、新たにせき柱が追加されたことに対応するものである。
 わが国では、せき柱を含む食肉が消費者に販売されることは、一般的にはない状況にあるが、背骨が食品に使用されるケースとしては、例えばTボーンステーキ(ロースとヒレ肉を間にある背骨と一緒にステーキにしたもの)のほか、加工食品原料の骨油やエキスなどの一部に原料として使用されている。
 今回、問題となっているのは、牛の背骨そのものが危険というわけではない。背骨の中のせき髄が枝分かれして末梢神経として全身に分布するわけだが、この神経が背骨を出るときに通過する穴の中で膨らみを作っている。この膨らみを背根神経節と呼んでおり、左右三二対六四個存在するが、この背根神経節にすでに規制対象となっているせき髄と同程度の異常プリオンタンパクが蓄積するリスクがあるとされた。
 そこで厚生労働省としても、既に行われている全頭検査などの対策に加え、牛のせき柱に関する措置について、本年一月にヨーロッパのせき柱除去の実態調査を行い、本年四月から、薬事・食品衛生審議会において審議を行ってきた。
 結論としては、すでに行われている食用目的で処理される牛の全頭検査などの厳しい対策に加えて、さらなるリスク軽減措置として、消費者に販売されるBSE発生国の牛肉についてはせき柱を除去しなければならないこと、BSE発生国の牛のせき柱を原材料として使用して食品、添加物などを製造、加工してはならないこと、また、BSE発生国の牛肉からせき柱を除去する場合は、背根神経節による牛肉及び食用に供する内臓の汚染を防ぐように処理しなければならないことなどが追加され、三か月後からこの基準を実施することとなった。
(厚生労働省食品安全部監視安全課課長補佐)







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