―ルポルタージュ(30)―
「先行策定自治体にみる行動計画策定状況」
次世代育成支援対策推進法、改正児童福祉法が成立し、各自治体は平成十七年までに次世代育成支援に関わる行動計画を策定することが義務付けられた。それに先立ち、今年度中に行動計画を策定することになっている五十三自治体は、全国約三千の市区町村のモデルとなるよう、先行策定自治体としてニーズ調査や全庁的な組織の構築、住民参加の地域協議会の設置などに取り組んでいる。これまで策定された地方版エンゼルプランが保育に偏っていた点を反省とし、保育だけではない幅広い分野の子ども関係施策を網羅しようとしている。幾つかの自治体の取り組み状況を紹介する。
埼玉県新座市は、平成十四年度「地方公共団体における行動計画のあり方に関する研究会」メンバーに加わっていた関係で、すでにニーズ調査(子育て支援実態調査)を終え、簡単な分析結果もまとめた。公募市民(保育園・放課後児童クラブの利用者)、子育てサークル代表、幼稚園協会代表、法人立保育園代表、民生児童委員、労働組合、小学校長など総勢二十二人で組織する「新座市次世代育成支援対策行動計画策定委員会」も発足させ、第一回会議を八月二十九日に開催した。二回目の委員会も開催し、子育て支援実態調査の結果を分析するとともに、行動計画の基本理念について討議している。
子育て支援実態調査は、国のニーズ調査に沿った内容。調査の結果をみると、就学前児童の養育状況は、「家庭等で家族がみている」が四五・三%、「幼稚園に通っている」が三三・九%、「保育園に通っている」が一六・二%などとなっていた。保育園に通っている人の園に対する要望では、「入園に関わる事務手続きなどを簡素化して欲しい」が三一・三%で最も高く、次いで「もっと時間を長くみてもらいたい」二一・六%、「日曜日・祝日の保育を充実してほしい」一三・〇%などとなっていた。
幼稚園に通っている人を見ると、預かり保育の利用は、「みてもらっていない」が五九・三%で最も高く、次いで「時々みてもらっている」二二・八%、「毎日みてもらっている」一一・%などとなっていた。
同市は、平成九年度に児童育成計画を策定し、一二年度からは「新座市子育て支援ネットワーク」事業として、「子育てサロン」の開催やグループカウンセリング事業、子育てサポーター養成事業を実施するなど、子育て支援に力を入れてきた。これらの事業を推進する母体として、同市子育て支援課と教育委員会生涯学習課が連携し、事業全体を企画・立案する「推進委員会(幼稚園・保育園関係者、警察関係者、学識経験者、子育てサークル代表などがメンバー)」、実際の運営に携わる「運営委員会」を設置していた。こうした取組みを基盤に、先行自治体に名乗りを上げた。十一月中には中間的な素案をとりまとめる予定にしている。
保育所入所待機児童が一九〇人に上ることもあり、行動計画と同時に保育計画も策定する。策定委員会メンバーである坂本純子・新座子育てネットワーク代表は、「委員にも子育てサークルの代表者が入っているが、子育て中の母親が委員会を傍聴できるような配慮も検討している。行動計画の策定を通じて、『みんなで子育て』といった意識を、子育て当事者以外の一般の人々にも持ってもらうことが大事だと思う。そのためにも、ニーズ調査だけではなく、いろんな形で市民の意見を聞く場を設けたほうがいいのではないかと提案している。コミュニティの中に、いかに次世代育成支援の意識を浸透させるかにこそ意味がある」と話している。
また、東京都足立区は、行動計画策定に向けた全庁的な組織として、「あだち次世代育成支援策定委員会」をこの五月に発足させ、月一回程度会議を開いている。同委員会の下に、保育所の民営化などを検討する「適正コスト検討部会」と、行動計画の素案作成を担当する「行動計画策定部会」を設けている。
区民が参加する組織としては、平成五年に策定した足立区版エンゼルプランの推進体制である「足立区地域保健福祉協議会」を活用。同協議会の分科会として、子育て専門部会「あだち次世代育成支援対策協議会」を設けた。メンバーは、学識経験者、民生・児童委員協議代表、私立保育園連合会代表、私立幼稚園協議代表、小中学校のPTA連合会代表のほか、高校・大学生グループ代表(基本構想区民委員)、子育てサークル代表、保育園利用者代表、福祉部長など十六人。区長は七月八日、専門部会に対して行動計画策定についての諮問を行った。
ニーズ調査については、五月に第一次調査を行った。区内の就学前児童二万六千人のうち、児童手当受給対象である二万人に対し、児童手当の現況届けを郵送する際に調査票を同封する形で調査した。調査では、保育サービスの利用状況や子育て支援サービスの認知度をたずねたもの。国が示した手引きに沿っているが、独自に、保育所の運営費と保育料との関係を示した上で経費負担に対する考えを聞いている。児童手当の受給対象でない就学前児童についても二千人を対象に同じ調査を実施する。
第一次ニーズ調査の結果では、六割の母親が就労しており、その半数がパート・アルバイトであることが分かっている。保育に対するニーズとしては、「預かり時間が選べる保育園」への要望が四〇・三%で最も高かった。
今後は、小学生、中学生、高校生、保育士、幼稚園教諭、子育てボランティアの六グループに対し、子育ての状況や要望、意識などをヒアリング調査する予定にしている。このほか、NPOフォーラムや子育てフォーラムを開き、子育てに対して区民が感じている声を直接反映させる機会も設ける予定にしている。
同区は、平成五年のエンゼルプラン策定以後、子育て支援に取り組み、十四年には福祉部内に「子ども支援センター」を設けた。センターで様々な調査活動を展開してきた結果、同区では、「『保育園に通う子ども』だけではなく、家庭で保育されている子どもにこそ支援が必要ではないか」といった意識が高まってきたという。「幼稚園に通う子どもも含め、大きな視座から子ども支援を捉えなおすべきだと痛感した」ことから、エンゼルプランの改定時期でもあった今年、行動計画先行策定自治体に手を上げた。既存の体制を活用しながら行動計画策定に取り組んでいる。
兵庫県伊丹市は、子育て支援課を中心に教育委員会、労働関係などで庁内の拡大事務局を設け、全庁的な組織として関係各課二十数人の課長級で組織する庁内策定検討会を設けた。さらに、部長会組織も活用して、全庁的に合意を取りながら計画策定を進める体制をとっている。
市民参加の組織としては、既存の福祉対策審議会を活用することとし、六月四日、市長が同審議会に対し、行動計画策定について諮問を行った。同審議会では、これまでは高齢者や障害者問題を審議してきたが、行動計画について審議するために「次世代育成部会」を設置した。部会メンバーは、学識経験者や市議会議員、保育所代表、私立幼稚園協会代表、保健所代表、小学校長、子育てサークル代表、社会福祉関係者、公募市民の十六人。八月六日に第一回部会が開かれ、検討が始まったところだ。来年一月ごろまでに答申をまとめる予定にしている。
ニーズ調査は、九月から十月にかけて実施するところ。就学前児童及び小学校低学年保護者を対象とした調査だけではなく、小学校五年生、中学二年生の保護者と本人、二〇歳代の若者、子育てを終えた世代として五〇歳〜七九歳男女についても次世代育成支援に対する意識調査を行う。調査の手法などからも明らかなように、「なるべく特色あるものにしたい」と考えている。計画策定は、大学研究室と連携しながら進めている。
熊本県阿蘇郡一の宮町は、八月二十六日に第一回の行動計画策定委員会を開いた。同委員会メンバーは、民生児童委員、老人会代表、女性団体連絡協議会代表、小中学校養護教諭、PTA代表、保育所保護者代表、母親クラブ代表、保育所長、教育委員会、公募により選ばれた子育て中の母親、保健所長など二〇人。保育所保護者代表は、私立幼稚園も含めた民間保育施設利用者の代表として入っている。
同町は、平成十四年度にエンゼルプラン(子ども未来計画いちのみや)を見直したばかり。見直しの際、保育サービスに対するニーズ調査も実施しているため、今回の行動計画策定のためのニーズ調査に関しては、重複する部分は除いて実施している。未就園児保護者に対しては、予防接種や健診の場などで聞き取り調査も実施している。
鹿児島市は、「鹿児島市新子育て支援計画及び母子保健計画策定委員会」を六月二十七日に立ち上げ、二回目の会議を八末に開いたところ。同市は平成九年度に策定したエンゼルプランを十六年度に改定する予定にしていたため、計画策定の準備が進んでいた。
策定委員会のメンバーは、公募市民のほか、民間保育園代表・私立幼稚園協会代表・PTA代表などの保育教育関係代表、医師会・社会福祉協議会などの医療福祉関係代表、学識経験者など二十五人。庁内では、企画部長や総務部長、財政部長、福祉事務所長、建設管理部長、教育部長などで「鹿児島市新子育て支援計画及び母子保健計画策定検討委員会」組織した。
現在、ニーズ調査を実施しているところ。市独自にトワイライトステイや特定保育事業の利用意向や、育児休業制度の使いやすさ、看護休業制度や子どもの夏休み等の合わせた休暇の取得意向なども把握しようとしている。
(山田)
次世代育成支援の中で、真の子育て支援を
サン・テグジュペリ作『星の王子さま』を読んだことがおありでしょうか。
今から六十年前に出版されたこの本は、今も全世界の人々に読み続けられている名作です。その本の献辞の中で、作者は、「おとなはだれもはじめは子どもだった。」(しかし、そのことを忘れずにいるおとなはいくらもいない。)と書いています。何度この本を読み返しても最後まで読み終えてから、この献辞の言葉を読み返してしまいます。サン・テグジュペリは何を私たちに伝えたかったのでしょうか。
子どもの心を持った大人
保育をする中で、よく子どもの目線でものを見るようにといわれます。大人の目線と子どもの目線では高さが違うので、大人に見えているものが子どもには見えなかったり、又、その逆もあるということです。子どもの目線でものを見るということは、保育をする時に大切なことで、子どもの心でものを見るということに繋がってきます。
時代とともに変わっていかなければならない保育と、たとえ時代が変わっても変わってはいけないものがあります。時代とともに変わらなければならないものは、社会が保育園に望むもの、それらの保育や子育て支援などに応えることです。私たち保育者は社会が望むものを素早く察知できる眼を養うことも必要です。変わっていけないものは、子どもを思う心や、子どもが心身ともに健やかに成長することを願う心であります。大人になっても、子どもだったころの心を忘れずに持ち続けようとしている私たちは、こうした変化の中で矛先を何処に向けて進もうとしているのでしょうか。
次世代育成支援対策
これまでは少子化の原因のひとつが晩婚化であり、結婚した夫婦の出生数は減少がないと見られてきましたが、日本の将来推計人口(平成十四年一月現在)においては、晩婚化に加えて、結婚した夫婦の出生数が減少するという新しい傾向が認められたそうです。このような急速な少子化の進行等を踏まえ、「家庭や地域の子育て機能の再生」を目的とした次世代育成支援対策推進法が平成十七年四月から施行されます。改めて政府・地方公共団体・企業等が一体となることの大切さを感じます。
この法案は平成二十七年三月までの十年間の時限立法で、主な取り組みは三本柱となっています。一つは、すべての働きながら子どもを育てる人のために。二つ目は、子育てしているすべての家庭のために。三つ目は、次世代を育む親となるためにとなっています。
保育園として、(1)親の就労などの事情によって家庭における保育を受けられない児童の保育(養護と教育)です。これは従来から児童福祉施設として機能しています。(2)児童福祉法の改正及び保育指針の改訂によって、地域における子育て支援として、一時保育や地域活動事業、相談事業も明記され実施しています。(3)中高生が乳幼児と触れ合う機会の拡充ということから、ボランティア活動を通して将来の親となる世代の支援を実施しています。
しかし、これまでの仕事と子育ての両立支援から、子どもを持つすべての家庭支援という概念に変わりました。例えば企業が育児休暇等を一年以上取れる環境をした場合には、保育園の乳児保育は減少することが予想されます。保育園経営にとっては乳児保育が減少することで、減収につながり痛手となりますが、本来の「親の子育て」に戻すことは、企業などを巻き込み社会的に向かう方向として間違っていないと思います。しかし、子育てに不安をもつ家庭に乳児を帰すということでもあり、子育て不安家庭に対するサポートできる仕組みを備えることが必要になってきます。
サポート仕組みの一部として地域の子育て総合コーディネーターなどが求められ、保育士や主任児童員などが候補として上げられています。コーディネーターには、子ども・親子の遊びのコーディネート、育児不安の相談・アドバイス、虐待などの深刻な問題の対処など様々に存在しても良いと思います。このように従来の支援に加え、施設における支援、地域や家庭に出向いていく支援と新たなニーズとなってきます。今後、子育てのノウハウを活かした保育園の関与がますます期待され、それらに応えていく必要があります。
子育てネットワークの窓口
これからの子育ては、社会全体で行うことは皆が認めていることでしょう。そのためには、利用する保護者から見た場合、窓口はひとつの方が分かりやすく、利用しやすいでしょう。又、一般の人にも理解が得られるでしょう。
例えば、子育てに関する相談、情報、家庭教育等について窓口をひとつにすると、保育園・児童館・母親クラブ・子育てサークル等とネットワークによって解決へと導くことができます。深刻な引きこもり、不登校、虐待など複雑な問題に対しては、保育園・児童相談所・医療機関・保健所等の連携も図れます。地域において、保育園・小学校・公民館などを利用して、子育てに参加意欲を持つ人々(青森の場合は、子育てメイトという。)を活用し、しつけや悩みについて気軽に応じられるようなネットワークが構築できます。
子育ての悩み相談によって解決できるものと、より専門的なことは専門機関での解決へと導けるところがあると利用者・地域住民は安心できると思います。そうした窓口になりえる存在として保育園があります。このように、言わば保育園が子育ての駆け込み寺的存在になることが、次世代における社会に必要とされ、活躍していけることになるのでしょう。
真の子育て支援とは
子育て支援という言葉を当たり前のように使ったり、聞いたりしますが、支援とは何かを改めて考えたとき、本気で取り組んでいるのかと思います。現在は保護者の都合を優先して、保護者支援があまりにも前面に出てはいないでしょうか。本来は子育ての主役は親であり、保育園としてはそれをサポートすることを担うべきだと思います。
保育園がたくさんの育児を肩代わりすることで、保護者の育児能力が低下してしまっては真の子育て支援にはならないと思います。保護者の要望を突き止めると、一年間、三百六十五日、二十四時間保育になってしまいます。家族の絆や生きがいを失い、子どもたちが親との触れ合いがなく育つことは、将来育児できない親を増やすことになってしまいます。保育者は、本来保護者としての役割を保育サービスによって補われていることを理解してもらうことが大切です。
そして、保護者が保育サービスを受けることで心にゆとりをもったり、経済的に豊かになることで、子どもの健やかな心身の発達に繋がります。私たち保育者は、保護者の後にいる子どもに眼を向け、子ども側から見た支援とは何かを考え、子ども支援を第一義的に変えなければならないと思います。
その途中の段階として家庭支援があるのです。子育てのノウハウを教える前に、子育ての楽しみや意欲を持ってもらえるようになることが大切だと思います。例えば親の精神的孤立感を防ぐために、気軽に話ができるような声かけや話を聞ける状態に心がけたいものです。経験の中で培ったアドバイスも有効になることでしょう。しかし、保育者が何もかも背負ってしまうと負担となり適切な対応ができません。同僚の支援、専門家の知識など適切な解決に向けられる機関の対応やアドバイスを、ネットワークの活用によって効果的になることを、保育者として備えておくと良いと思います。
私たち保育者は子育てのプロとして、乳児期からの保育実績を長年の経験の中で築いてきました。自分たちが築いてきたことを、自信を持って社会に向かって言いなさ過ぎたのではないか、いや、言っても社会の隅々まで届いていなかったのでしょうか。
社会全体で子育てを求められている現在、長年の経験と子どもの代弁者となれる私たちが、大きな声でもっと社会に向けて主張すべきです。そして、地域においてネットワークの中心に自信を持って位置することも大切だと思います。私たちの主張や叫びが、こだまのように日本中に反響することを期待するのは、私だけでしょうか。
(子育て支援部会 只野)
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接心と魅力行動
嘉悦大学短期大学部助教授
古閑博美
円覚寺学生居士林
毎夏、ゼミ生と北鎌倉にある円覚寺学生居士林の学生大接心(三泊四日)に参加しています。接心は、禅宗で一定期間ひたすら坐禅を修することです。魅力行動学ゼミナールの一期生と参加したのが最初ですから、今年で十六回目になります。「痛い・苦しい・暑い」と三拍子そろっている夏の接心ですが、そこには、多くの魅力行動があり、自分を励まして北鎌倉を目指します。
円覚寺は、鎌倉幕府の執権北条時宗を開基、中国僧無学祖元(佛光国師)を開山として、一二八二年に創建された臨済宗の禅寺です。居士林は、明治期に今北洪川老師が創設し、山岡鉄舟、夏目漱石、鈴木大拙らが参禅したことでも有名です。在家の修行者を受け入れるなか、一橋(如意団)、早稲田(済済蔭団)、慶応(向上会)、筑波(一徳会)、学習院(正続会)等の大学の坐禅部の学生が来林し、運営に係わってきた伝統ある道場です。
ゼミでは、魅力行動を実践し研究するため、開設以来、体験学習となる学外研修を実施しています。それらは、テーブルマナー、禊、接心、茶事、歌舞伎・文楽鑑賞などです。以前は、能・狂言も鑑賞していましたが、鑑賞教室との日程(週日)が折り合わず、今は実施していません。主として、日本の文化や自然に親しむなかから行動や感じ方を学び、魅力行動を考え、身につけるのが目的です。
体験学習には楽しい体験もあれば苦しい体験もあるなか、接心は苦しさの最たるものです。「接心は厳しい」といううわさが代々伝わっていったのが主な理由かとも思いますが、ゼミ生の接心への参加者は年々減る傾向にあります。なんであれ、学生が体験学習を敬遠するとすれば、その理由として、ほかに、
(1)苦しいことはしたくない(楽なことや楽しいことが好き)
(2)アルバイトを優先させる(お金を儲けたい)
(3)時間や行動を拘束されたくない(自由にしていたい)
(4)とやかく指示されたり注意されたりしたくない(うるさいのは嫌い)
(5)ゼミ活動に自己投資したくない(勉強より遊び・ファッション・化粧へ投資)
が挙げられます。これらは、当世学生気質といえるものではないでしょうか。
古閑ゼミは研究と体験学習の二本柱で運営する、とゼミ説明会で説明していますが、楽しくておいしい体験のテーブルマナーには参加しても、厳しくつらい(と思われる)接心には参加しない傾向が強まっています。学生と私の計二名の年もありました。
日常性を大切にする
禅林は日常性を重視するところであり、挨拶や食事、東司(とうす)(トイレ)の使い方、布団のたたみ方にいたるまで規矩があります。参加希望者は、当日、午後五時の結集にあわせて居士林の前に集まります。予約は不要です。幹事の、「これから受け付けます」という声に促されて林内に入ります。
参加者は、先輩から誘われたり、学内に張ってあるポスターやインターネットで見て興味を抱いて来たり、ゼミでまとまって来たりとさまざまです。私はといえば、魅力行動を研究するという目的がなかったら、足を踏み入れていたかどうか疑問です。今は、自分を見つめる機会と捉え、ご縁ということばを噛み締めています。
受付で参加申し込みをしたあとは、最低でも三〇分間正座して幹事の指示を待ちます。接心はすでに始まっています。大抵の若者は正座になれていませんし、年配者といえども事情はそう変わりませんが、静寂が支配する場の雰囲気にのまれてか、じっとしています。足を踏み入れた途端、いきなり歯を食いしばる体験が待ち受けています。しかし、それは序曲に過ぎません。決められた日程をこなすというには、暑さもあり、その苦しさは想像以上です。それだけに、接了したときの達成感はことばに言い表せないほどのものがあります。
忍耐のある生活
十六年の間には、統括責任者の老師や監督責任者の主事の代替わりがあり、直日(じきじつ)と呼ばれる修行僧や学生幹事の移り変わりを見てきました。最初に参加した時と今では指導のしかたも変化しています。しかし、修行に打ち込む真摯(しんし)な態度は変わることはありません。参加者が無事接了する日まで、幹事たちは気を張った厳しい態度とともに、安全に心を砕き不眠不休の姿勢で接心を運営します。幹事は、大学生や院生、卒業生のほか寺に縁のある人などです。高校生幹事もいました。私も一度経験しています。
接心期間中は私語厳禁です。仲間同士で来ると、苦しさを発散したい気持ちが抑えられずつい会話してしまうことがあります。ゼミ生も何度注意されたかしれません。学生にとって、友達との会話を禁止されることは大きな苦痛です。昨今は、携帯電話が使えないのもそれに加わります。日常茶飯にメールを交信したり連絡を取り合ったりしている若者にとって、私語厳禁、携帯電話使用禁止の場所に行くことはかなりの覚悟を要することとなります。禁欲生活といえば大げさですが、無駄を排除し感謝して生活する清々しさにふれるなか、欲望が満たされる生活が当たり前のような気でいる日常を見直すきっかけとしてほしいと願っています。
接心は、あくまでも個人が自分の意志で参加するのが原則です。互いに頼ったり甘えたりしようとする心を抑え、自分を励まして接心の期間を乗り切るのです。そんななか、幹事といえども足の痛さやつらさはないわけではないという場面に遭遇すると、自分もがんばろうと思えてきます。他の参加者から無言の励ましを感じることもしばしばです。
他の参加者と同様、私の立場は一禅子(ぜんこ)(女性の参加者のこと)にすぎません。道場では、社会での立場や年齢は関係ありません。今では、以前のように幹事から怒声や叱咤激励が飛ぶことは少なくなりましたが、緊張しないわけではありません。警策を用いた指導や、注意に過敏に反応しているようではたちまち挫折してしまいます。参加者は禅林の作法を覚え、発奮して取り組むことが要求されているといえます。
身体で覚える魅力行動
古閑ゼミに入ったからには接心に参加するものと学生が思う時代は遠くなりました。理由があって参加できない学生に強制するものではありませんが、禅子として共に過ごす時間を大切にしたいと思っています。人に影響されやすかったり忍耐や集中が苦手だったりして、授業中や会合などでそわそわしたり私語をしたりする人がいますが、静かに呼吸することや、唇を閉じて黙することの美しさを身体で覚える体験を積み重ねることでずいぶん解消されるのではないでしょうか。初期の学生に対しては、参加したからといって成績が「優」となるわけでもなく、思えば、私も強気な評点のつけ方をしていたものです。
禅寺に行くと、玄関や東司の前に「脚下照顧」「看脚下」といった文字を見ます。「自己を反省する→自己の足元を見下ろす」から履物を揃えることを促しています。履物を揃えたり作務(掃除など)をしたり、水や食べ物を大切にし、何事も感謝して行うのは当たり前のことのようですが、みながみな実行しているわけではありません。作法には窮屈な面もありますが、合理的で機能的な面もあります。理にかなった作法を継承していきたいものです。
作法の極意は、流れるように、そして速やかにといいますが、少しは作法に則って行動できるようになったかしらと思ったときは早、山を降りるときを迎えます。身体が自然に働く行動の美しさにあこがれる気持ちを大切にしたいと思っています。
写真・あおば保育園
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