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保育界(平成15年10月号)

 事業名 保育活動の推進
 団体名 日本保育協会 注目度注目度5


☆ほいくの両極☆(73)
ある福祉団体の研修会
太田 象
 
 仕事柄、講演やシンポジウムが結構多くある。
 土日がつぶれてしんどいな、と思うこともあるが、その都度、新しい出会いがあって、数をこなせばこなしたなりの蓄積ができてくるのを感じる。
 どこかで一緒にパネリストをつとめた顔ぶれが別の舞台で揃うこともあって、そうなってくると、もう打ち合わせはほとんど不要、あ・うんの呼吸で本番に突入である。
 それにしても、福祉関係だけでもこういう催しの多いこと、多いこと。
 一言で福祉といっても、児童福祉、障害福祉、老人福祉・・・何か、関係福祉のシンポジウム、講演だけで一大市場、一大ビジネスのような気をする。
 それぞれ、ちゃんとした意義を持ち、聴衆に何かを与えるようなものであれば良いと思う。
☆ ☆ ☆
 これは、筆者が最近経験したあるシンポジウムの話。
 三日間の日程にわたるもので、全国の福祉施設職員(どういった施設種別かはあえて伏せる)が集まってきて、全体講演や十数の分科会に分かれてのシンポジウムを行う研究を行う大きな催しであった。
 筆者はその中の、一つの分科会のパネリストをつとめた。このシンポジウム、全体が大規模なものであるせいか、各パネリストが準備し、配布されるレジメの締め切りがかなり早かったのを覚えている。
 さて、当日、準備された冊子をみて驚いた。筆者の準備したレジメは三枚あったはずだが、最初の一枚しか載っていないのだ。慌ててたずねてみても、誰も事情はわからず、急ぎ筆者が持参した同じ資料をコピーして、別途聴衆に配布して本番に突入であった。
 筆者が参加したのは大会二日目であったが、その前日には懇親会が行われたそうで、華美な余興に同席したパネリストは社会福祉施設職員の大会にふさわしくないと嘆いていた。ちなみに、大会三日目の目玉は、超有名、カリスマ的なスポーツ関係者の講演で、聞くところによると四〇〇万円の講演料がかかったそうである。
 何がいいたいのか、よくわからなくなってきたが、とにかく多少息抜き的な要素があるにしろ、主催者としては、開催の意義をふまえ、中身のしっかりした有意義なシンポジウム、参加者になにか材料を与えられるシンポジウムを設定するべきであるといつも思う。
 
○「ほいくの両極」についてのご感想、ご意見等がございましたら、
E-mail: hoiku@jobs.co.jpまで
 
第13回保育セッションin養老
 
〈遊びにおけるリスクとハザードを体感〉
趣旨 子ども達は遊びの中に冒険や挑戦を求めます。事故につながる危険を回避し、遊びの重要性や環境設定を考えます。
主催 日本保育協会青年部
日程 平成15年11月19日(水)〜21日(金)
会場 グリーンハイツ養老
岐阜県養老町若宮四三七−一
Tel 0584(32)3118
定員 保育関係者70人(10月20日〆切)
参加費 33000円(宿泊・食事含む)
問合先 保育セッション事務局
Tel 06(6961)7529
 
 
 
社会学の修行」としてのマナー
 
 
嘉悦大学短期大学部助教授 古閑博美
マナー違反注意に受難の時代
 「マナー注意への暴行続発」これは、記事の見出し(読売新聞平成十五年六月二八日付)です。内容は「公共の場所でのマナー違反を注意したことが原因で暴行を受け、死亡する事件が相次いでいる」というものです。これを読んだとき、他人事とは思えませんでした。これまで、コンビニエンス・ストアの前にたむろして喫煙している中高生に「タバコを吸っていいお年頃ですか」と声を掛けたり、車内にごみを放置して下車しようとした若い女性に「あなたの忘れ物ですよ」と注意したりしていたからです。
 ある冬のことですが、渋谷駅で青年を呼び止め注意したこともあります。その日、電車を降りた途端、大きなクシャミが耳に飛び込んでき、横を、バンダナを頭に巻いた青年がもうひとりの青年と通り過ぎていくのが視野に入りました。なにやら予感がしてコートの右袖をみますと、そこに、べったりと痰が付着しているではありませんか。一瞬混乱しましたが、すぐに気を取り直して、前方を行く青年ふたりを追いました。
 追いついて「失礼ですが、いま、大きなクシャミをなさいませんでしたか」と聞くと、バンダナを巻いた青年は怪訝そうな顔をしつつ、あごをしゃくるようにして肯定しました。そこで私は、右腕を上げて、その結果がこれですというふうに指し示しました。青年の顔に、一瞬、バツの悪そうな表情が浮かびましたが、それだけです。何もいいません。となりの青年のほうが「あっ」と声をあげています。その声にハッとして、私はそこではじめてバッグからティッシュを取り出し、男性の吐しゃ物をふき取りはじめました。そうしながら「何もおっしゃることはないのですか」と、その青年の目をみていいました。
 彼が「風邪を引いてるんで・・・」とだけいって黙りこくっているので、自分を励まして「それだけですか」と聞き返すと、やっと気づいたのか「すいません」と謝罪しました。が、それは、私の顔をみていったわけではありません。また沈黙のあと、すごむように「で、何だ。どうしろっていうんだ。金か」と逆ににらまれてしまいました。しかし、それで、コートの袖をティッシュで拭いている私の動作に気づいたのか、「(拭くものを)何も持ってないんで」と態度が軟化し声も落ち着いてきました。やっと、ことの流れを冷静にみる気持ちになったようです。
 そこで、「わざととは思っていませんが、ご自分の粗相に気がつかれたのですから、そのことを謝罪なさるのが先ではありませんか。金か、とおっしゃる前に、拭こうとする素振りだけでもおみせになるものですよ。クシャミのさいは、口を手で覆うなど気をつけてください」と、私も自分の気持ちを口に出して伝えました。彼が少しあらたまった態度で「すいませんでした」と頭を下げたのを潮にその場を離れました。青年としては精一杯の謝罪の態度だと思ったからです。
 それにしても、駅で見ず知らずの者に引き止められたのにたいし、その青年は足を止めて対応してくれたわけですから、私はラッキーだったのかもしれません。注意された側がいきなりキレて、注意した側を刺す(暴行する)という展開もおおいにありうる昨今です。そうなれば、ぞっとしませんが、この事例は、記事の「マナー注意への暴行続発」に加わっていたことかもしれません。
 
マナーはみえる形で
 その後、この渋谷クシャミ事件について、学生にことばや態度の事例研究として紹介し、自分ならこんなときどうするかと一緒に考えてみました。多くの学生が知らない人になにかいうと怖いから係わらないというなか、数人ですが、癪に触るからなにかいってやりたいというものもいました。けれど、どういっていいかはわからないというのです。私の経験からも、自分や相手の粗相・不始末に対処する術を知らない学生は確実に増えているといえます。自分の失敗や粗相にたいし、わるいという気持ちはあってもそれを表現する方法を知らないのでは、相手に誠意を伝えることは結局できません。接遇・マナー教育は見直されようとしていますが、よいマナーを学ぶのは実地が一番です。マナーは、実際の場面で実行してこそ、その意味や作法を知っているといえ、間違いはその場で注意するのが効果的といえます。
 「マナー」の意味は「(礼儀作法にかなっているかどうかという観点から見た)態度」(新明解)とありますが、それは、作法にかなっていれば心の働きは問わないというものではありません。マナーは形や形式を整えれば足りるという考えでいるとしたら、その人の態度にきらめきや人間としての奥深さを感じることはないのではないでしょうか。
 また、なんであれ謝罪することを自分の恥だとか負けだとか考える人がいるようですが、謝るにあたって不誠実であったりおざなりであったりする態度は人間関係を悪化させるばかりでなく、自己の人間性を貶めるものといっても過言ではないでしょう。
 
口上を覚える
 松下電器を創立した松下幸之助(一八九四〜一九八九)は、小学四年生の秋に九歳で奉公に出ました。「奉公」といっても知らない若者がふえましたが、松翁は最初、船場の火ばち屋に三か月、つぎに自転車屋に住み込んで七年間働きました。商売のコツや商人のとるべき挙措はその間に覚えたとありますから、十代の半ばごろまでに社会人としての一通りのマナーは身につけたといえます。当時は、住み込みで働くのが普通で、主人だけでなく奥さんからもいろいろと教わったりしました。主人の知り合いや得意先へ使いに行くさいには、それに見合ったことば遣いや態度を練習してから出かけるのです。
 「向こうへ行ったらこうあいさつするんやで。“きょうは、まことによいお天気でございます。”さ、そういうてみなさい。」
 こういうふうにして、おじぎの仕方から、出入りの動作まですっかり覚えたうえで出かけ、教えられたとおりにやって、先方の用件を書きとめて帰ってくるのです。いってみれば、一種の社会学の修行です。そうして成長した。そのあいだには、ご主人のいわれた用件を逆に聞きちがえたり、命じられたとおりにしなかったりして、大目玉をもらったことも何回かありました。
(松下幸之助『若さに贈る』三十一頁 講談社 昭和四十一年)
 これを読み、幼いころ、家に来客があれば「『いらっしゃいませ』とごあいさつするように」と母にいわれたことなどを思い出しました。今や、来客どころか家族の間でさえ顔をあわせることのない家庭もあり、コミュニケーションのあり方が社会問題となる時代です。
 「家を出ずれば七人の敵あり」ということわざがありますが、男性に限らず、一歩家を出れば、みなそれなりに注意しなければならないことがあるものです。人とぶつかったりいわれのない言いがかりをつけられたりしたさいの対応のしかたや、人間関係で注意すべきことなど家庭でも話し合ったり細かく注意したりは行われているのでしょうか。大学の研究室に来る学生の多くが、私の都合などお構いなしに入ってきます。私は、そのつど「ノックしてね」「『失礼いたします』というのよ」などと注意しています。
 渋谷駅で出会った青年も「不躾なことで申し訳ございませんでした。持ち合わせがなく気持ちばかりですが、洗濯代の足しにでもしてください」などといえば、いまどき珍しいと逆にその青年の株は上がったかもしれません。
 場や相手にふさわしい態度・ことば遣いを身につけるといいますが、「不躾なことで」「何々の足しにでも」というものの言い方を知っている若者にはめったにお目にかかりません。それは、すなわちおとなもそのようなことばの遣い方を教えなくなったということであり、おとなの姿勢も問われていることではないかとわが身を振り返っています。
 
 
 
―速報―
 このたび、「児童福祉法施行規則の一部を改正する省令」が厚生労働省令として公布され、十七年四月から施行されることになりました。その内容としては、(1)「子育て支援事業」の対象事業が示されたこと、(2)保育計画を作成する市町村及び都道府県の要件等が示されたこと、(3)「幼稚園の預かり保育」等についても対象事業に加えられたこと、などです。
 省令の概要は次のとおりです。
 
児童福祉法施行規則の一部を改正する省令(概要)(厚生労働省令)
1 改正内容
(1)児童福祉法第二一条の二七に規定する子育て支援事業
 児童福祉法第二一条の二七に規定する子育て支援事業は、放課後児童健全育成事業、子育て短期支援事業のほか、次の事業に相当するものとすること。
(1)乳幼児健康支援一時預かり事業
(産褥期ヘルパー、訪問型一時保育、病後児保育)
(2)家庭訪問支援事業
(3)家庭的保育事業(保育ママ)
(4)一時保育事業
(5)特定保育事業
(6)ファミリー・サポート・センター事業
(7)つどいの広場事業
(8)地域子育て支援センター事業
(注1)上記のほか、文部科学省との共同省令(省略)により、(1)幼稚園預かり保育、(2)幼稚園における相談・情報提供事業を子育て支援事業に位置付けることとする。
(2)保育計画を作成する市町村及び都道府県の要件等
(1)市町村保育計画を作成する市町村(特定市町村)の要件は、前年度四月一日において待機児童数が五〇人以上あることとすること(計画期間中の市町村を含む。)。
(2)都道府県保育計画を作成する都道府県(特定都道府県)の要件は、前年度四月一日において特定市町村となるべき市町村があることとすること(計画期間中の都道府県を含む。)。
(3)特定市町村及び特定都道府県は、保育所保育のほか、家庭的保育事業(保育ママ)、幼稚園預かり保育(注2)自治体単独施策から必要な供給計画を作成するものとすること。
(注2)幼稚園預かり保育については、文部科学省との共同省令により、保育計画作成の対象に位置付けることとする。
(3)その他
 子育て支援事業者が事業に関し市町村長に届け出る事項を定める等所要の規定の整備を行うこと。
2 公布日
 平成十五年八月二二日
3 施行日
 平成十七年四月一日
 
―訂正について―
 本誌九月号の三七頁「レポート」の標題「・・・禁煙運動の旗振りに」を「・・・旗振りに」。同七一頁二段目の「日本保健福祉学会誌第十九巻・・・」を「・・・第巻」に訂正いたします。
 
平成15年10月23日(木)・24日(金)
日本保育協会創立40周年記念
―記念式典と全国研修大会:本誌7月号付録参照―
 
◇本号66頁に関係記事と写真
 
 
 
子育ては誰がするの?
 
 九月の声を聞くと不思議なもので、蝉の声はトーンダウンし代わって赤トンボの姿が見られるようになった。しかし、残暑は相変わらず厳しく、子どもたちは、プールあそびやどろんこあそび、虫とりにと真夏並みのあそびに夢中になっている。子どもはあそびの天才と言われるけれど、その様子を見ているとなるほどと肯ける。本当によくこれだけ動けるものだと感心してしまうが、それ以上に、子どもたちにあそびを保障し一緒に動いている保育者のパワーにも脱帽する。
 改めていうまでもないが、改訂保育所保育指針Q&A(ひかりのくに版)によれば、「保育所保育の特性とは、(1)家庭養育の補完(2)子どもの情緒の安定と養護・教育の二つが大きな柱と考えられる。保育所(園)は保護者の意見を聴き、それを尊重しつつ協力して保育をしていくことを求め、子どもにとって父母は、この世で最も信頼する特定の大人であると筆者の先生は書いている。さらに、この親子の愛着関係が人間形成に不可欠であり父母は子どものアイデンティティの源泉でもある。子どもにとって父母の養育力は最も高く、他に勝るものはないとも書かれており、我が身を捨ててでも子どもを守る献身性を保持している」と。
 私も父母とは子に対してそうであると思っていた。いろいろ困難な事情があったとしても、親鳥が雛鳥を守るように、父母は協力して子育てをしていくものだと常識的には誰もが考えている。しかし、この頃、一部の子育て中の親たちを見ていると、その常識は非常識と化しているのではないかと思えてくる。子育ての中心は、祖母で母はサブ、家計を支えているのは年若い現役の祖父母、母は自分の親の家で子どもと一緒に生活をエンジョイし、父の影はうすい。保育所(園)への送迎は祖父の車、母親たちは携帯電話やメールで連絡を取り合い、先にお迎えの人から既に園の情報を仕入れ、勝手な情報が飛び交って修正するのに一苦労などという事例は多くの園で経験があるのでは・・・。
 保育者は子育てのエキスパートとして、どの様な事情があろうとも、丸ごと子どもも保護者も受け入れて、共育ちの精神で今日まできたように思う。預かる保育所(園)から、共に育つ保育所(園)へとますます機能強化していかなければならないのがこれからのあり方と思うが、共に育つなどはきれいごと、怪我しないで預かってくれていればそれでいい。家庭での洗濯や食事の世話はできるだけしたくないというのが本心、あそびたい盛りに親になり、大人になりきっていない親たちが、子育ては祖父母だのみという姿を目にするにつけ、子育て環境は、社会一般で考える以上に、一段と大きな渦の中で変化してきているように思う。
 社会に衝撃を与えた十二歳少年の犯罪、青少年犯罪の低年齢化・凶悪化を考えた時、一部の親たちの姿を見るにつけ、子育てとは何かを改めて問わないと取り返しがつかなくなるのではと思う。理想と現実の狭間で、目の前の子どもと保護者の姿を目の当たりにして、人間の土台をつくる乳幼児期の育ちが、危なくなってきている今日、安心して保育に取り組める施策がほしいと思うのは私一人ではあるまい。運営費の一般財源化問題が一段落したと思ったら、今度は「次世代育成支援対策推進法案」の出現、エンゼルプランはあるけれど、父と母の愛情のもとに子どもが安心して保育が受けられる施策の確立を切に願う。
(ふれあいびと)
 
 
 
 
 警察庁のまとめによると、今年度上半期の凶悪犯罪で摘発された十四歳以上二〇歳未満の少年は、昨年度に比べ一〇%増となり、二年連続で一〇〇〇人を超えたそうだ。刑法犯で摘発された少年が六万人を超えている事実と、少子化で子どもの人数が減少していることを考え合わせると、増加の割合は尋常ではない。
 さらに小学生を襲う性犯罪は急増しており、今年上半期で刑法犯の被害者になった小学生以下の子どもは、計一万三千人を超え、中でも性犯罪の被害を受けた小学生は九〇〇人を超え過去最多となっている。
 犯罪を犯してしまう者が低年齢化するだけでなく、犯罪に遭ってしまう者も低年齢化している。加害者にも被害者にもならぬように、防げることなら日頃の努力によって防いで行きたいものである。
 よく学校教育・社会教育・家庭教育の大切さが言われるが、非行に関して言うならば、やはり家庭教育がしっかりしていることが必要であろう。学校教育も社会教育も大切なのだが、その基本的な部分を背負うのはやはり家庭教育なのだ。逆に言えば、この部分をおろそかにしているからこそ、多種多様な問題が噴出して来るのだと思う。
 私の子どもが小学生の頃近所にトラブルをよく起こす子がいたが、その子の母親は我々に対し、その子に対して長い目で見てやってほしい、細かなことをとやかく言うな、その子が悪いのではなくその手が悪いのだ、などと、親同士の会合で発言したのには大変に驚いた。長い目で見るか見ないかは内容次第だが、問題になっているのにとても長い目では見てはいられない、その悪い手はいったい誰とつながっているのか考えたことはあるのかなど、判断と対応を間違えた内容に驚くばかりであった。
 その子の上には中学になる兄がいたが、やはり問題の核となる存在だった。近所のいじめられてる子どもの母親が、教育委員会や学校に訴えても、ことなかれ主義でなかなか改善されないと、泣きつくように私の所に相談に来られたことがあった。
 今では改善されつつあるが、その頃流行のことなかれ主義の対応が裏目に出て、周りが穏便に対処しているとつけ上がり、いじめが一向に止まなかったそうである。母親も近所のことでもありなるべく穏便にすませようとの気持ちから、なかなか相手に対し強く出ることはしなかったそうだ。
 私は事の内容から、もはや強く出るべき段階だとの助言をし、母親も損害賠償や休業保障など裁判に訴える準備を始めたため、相手の親はやっと本気になって、いじめられていた子や家族に対し謝罪をするなどの対処を始めた。当然加害者の子の家庭でも何等かの話し合いがもたれたであろう。事件が次第に沈静化して行った。
 もちろんさまざまなケースが考えられるのでいちがいには言えないが、決して毅然とした態度をとると言う選択肢を忘れてはならない。
 とかく子育てがうまく行かないと言う親は、理性をすぐに失い、感情だけでつっ走ってしまう。理性は教育により培われるものであり、自分で思い付くものではない。教えなければ身に付かないものなのだ。
 理性という、いわゆる我慢する力が育っていない者が親になっているのだから、またその子どもにも我慢する力が欠けていくことになる。
 この悪しき連鎖を断ち切ることが、改善へつながる第一歩だと思う。
(坂田)







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